村の女子たちの攻防
彼女たちは袖をまくり裾をまくり、こちらを洗う気満々である。
桶まで持参しており、臨戦態勢に入っている。
「本当は裸でお流し差し上げたかったのですが、村長に止められちゃってー」
「げげっ……」
「ちょっと、マルク様が引いてるじゃない」
「ふんっ、文句があるっての?」
女子たちは言い争いを始めそうな雰囲気だった。
そのままにしておくわけにもいかず、声をかけることにした。
「あのー、間に合ってるので、ゆっくり浸からせてもらえませんか」
こちらの言葉に三人の視線が集まる。
その鋭さはまるで、獲物を狙う肉食獣のようだ。
……どうして、こんな状況になった?
「まあまあ、遠慮なさらずに」
「そうですよ。村を救ってくれたお礼をさせてください」
「わたしは肩を揉みますよ」
「……うわっ、これはヤバい」
思わず声が出てしまった。
こちらが怯むのに構うことなく、彼女たちは湯船に接近している。
予期せぬかたちでモテ期が到来した感があるものの、日本人風の女子たちに迫られるのは何とも言えない複雑な心境にさせられる。
「まずは落ちつきましょうか……皆さんも風呂に入るとか……あっ、しまった――」
「ええっ、そんな大胆な! マルク様って積極的!」
「服の下に湯浴み着を身につけて正解だったわ。ささっ、着替えてこよ」
早速、一名が脱衣所に向かっていった。
「マルクー? 騒がしいみたいだけれど、何かあった?」
「い、いえ。問題ありません」
「そうー? 私は適当に上がるから、ゆっくり入ってもいいわよ」
アデルの声が女湯から聞こえてきたが、当たり障りのない会話で終わってしまった。
彼女に助けを求めるのも妙な話で、何とかしてくれと頼むわけにもいかない。
「――マルク様、お待たせしました」
「ええっ、早いな!?」
先ほどの一名が湯浴み着姿で戻ってきた。
彼女はごく自然に入浴作法のようにかけ湯をして、湯船に入ろうとしている。
「それでは、失礼します」
「ちょっとー、抜け駆けはずるいわよ」
「よしっ、わたしも着替えてくる」
「もうこうなったら、全裸で――」
「ちょいちょい、それは反則よ」
服を脱ごうとした女子をもう片方の女子が引き止めた。
そして二人は脱衣所に向かった。
「……何だか、緊張しますね」
一難去ってまた一難。
湯船に入った女子が隣でお湯に浸かっている。
まるで恋人同士の会話のようだが、彼女とは初対面だ。
「これって、村長の差しが……頼みとかではなく、あなたたちが進んでやっているんですか?」
ごくりと息を呑み、傍らの女子に目を向ける。
彼女は短めの髪型でおとなしそうな雰囲気だ。
人口の少ない村の村娘にしては、整った顔立ちをしている。
「はい、もちろんです! マルク様のように金色の髪で目鼻立ちの整った方は初めてお会いました。よかったら、あたくしと夫婦に――」
「こらっ、抜け駆けすんなー!」
「おおーい、距離が近いんじゃないの?」
脱衣所から二人が戻ってきた。
彼女たちも湯浴み着姿になっている。
「それじゃあ――」
「失礼しまーす」
俺が止める間もなく、二人はかけ湯をして湯船に入ってきた。
スーッと肉食の水棲生物のように近づいてくる。
「皆さんとは今日出会ったばかりなので、こういうのは早いと思いますけど」
どうにか声を振り絞って口にした。
しかし、彼女たちは意に介すことなく、血走った目でこちらを見ている。
このままでは――色んな意味で――食べられてしまうと思ったところで、脱衣所の方から近づく気配を感じた。
「あら、マルク人気者ね。何だか騒がしいと思ったら、こんな状況だったの」
「これはそのぅ……」
気配の正体は着替えを終えたアデルだった。
女子たちとは異なり、湯浴み着ではなく私服姿だ。
「ああっ、赤髪のエルフ様。誤解なさらないでください。わたしたちはマルク様を手籠めにしようとしたわけでは……」
「そ、そうです。あたくしたちは今日の労をねぎらわせて頂こうとしただけで……」
彼女たちは歯切れの悪い物言いをしつつ、アデルに弁明している。
アデルのことをよく知らない者からすれば、魔法が得意でオーラがあるエルフは恐ろしく見えるのかもしれない。
「ううん、私にはお構いなく。じゃあ、先に戻ってるわ」
「ちょ、ちょっ、おいてかないでー」
無情にもアデルは振り返ることなく、この場から立ち去った。
そして湯船の中に残る男が一人。
アデルがいなくなったことで、女子たちは水を得た魚のごとく襲いかかってきそうな雰囲気だ。
「……とりあえず、背中を流してもらってもいいですか?」
「「「はい、喜んでー!!」」」
血気に盛る彼女たちを御するにはこうするしなかった。
俺はおとなしく従うことにした。
……その後の詳しいことはあえて触れないでおこう。
こうして入浴を済ませた俺は脱衣所を出て、来た道を引き返している。
三人に平等に背中を洗わせたことで、肌が何だかヒリヒリするような。
女子たちはさすがに着替えを覗くようなことはなかったものの、懲りずに帰り道もついてきている。
「マルク様、今夜はあたくしの家に泊まってください」
「いいえ、わたしの家に泊まるのよ」
「宿は村長に勧めてもらったところに……って聞こえてない……」
本人そっちのけで争奪戦を繰り広げている。
今のうちに逃げた方がいいだろうか。
「マルクくん、温泉どうだった?」
女子たちに気を取られていると、正面からミズキとアカネが歩いてきた。
その途端に女子たちは姿勢を正しておとなしくなった。
「あれっ、彼女たちは?」
「いや、その……」
俺が口ごもっていると、アカネがそのまま近づいてきた。
「マルク殿は村のおなごに人気でしたか。なかなか隅におけないところがありますな。感服いたします」
「はっ、えっ?」
「拙者は姫様と水入らずで温泉を満喫する次第。これにて失礼」
「マルクくん、また後でー」
アカネが妙なことを口走った気がするが、こちらが口を挟む前に歩き去っていた。
そして、ミズキが去ってしまうと、女子たちの様子は元通りだった。
「一体、何なんだ、この疲れるハーレム展開は……」
俺はやれやれだぜといった具合で両手を宙でぶらぶらさせた。
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