火山騒動の解決

 ミズキが宝刀を投げこんでから火山の動きが弱まったようで、火口から漏れる溶岩の光が薄れていた。

 俺とアデルはホーリーライトを唱えて周囲の明るさを維持した。


「先ほどの猿人族が首領だと思うが、他の猿人族が襲ってくるかもしれぬ。マルク殿とアデル殿は注意を怠らぬよう」


「分かりました」


「とりあえず、ミズキたちがいれば危険は少なそうね」


 アカネは俺たちに告げた後、ミズキへと向き直った。


「では姫様、ヨツバ村へ戻りましょう」


「うん、そうだね」


 こうして俺たちは火口付近から下山を開始した。 


 人間は社会性が発達することで野生の性質が薄れているが、猿人族にはまだそういった要素が残っているようだ。

 火口にいた猿人族が敗走したことで、群れ自体がどこかへ消え去っていた。

 かがり火はそのまま置かれているが、上がってくるときに垣間見えた彼らの気配がどこにも見当たらない。


「いやー、ここまで見事に退散するとは。もっと早く攻めてもよかったかな」


「当初はゼントク様が宝刀の扱いに苦慮されてましたから、この結果に至るまでに時間がかかったのは仕方のないことかと」


「うーん、そうだね。これで解決したっぽいし、気にしてもしょうがないか」


 下りの道を歩きながら、ミズキとアカネが話している。

 ミズキにしては珍しく、後悔の念をにじませる発言が聞こえた。


「それにしても、猿人族を実際に見ると驚きですね」


 俺は近くを歩くアデルに話しかけた。


「亜人は他にもいるわよ。竜人族、獣人族辺りは書物で見たことがあるから、どこかにいるんじゃないかしら」


「へえ、獣人族ですか。もふもふが好きそうな人にはたまらない種族だな」


「実在するってだけで近隣の国にはいないから、遠くまで探す必要はあるわね」


「興味はありますけど、そこまでして会いたいほどではないかも」


 周囲の警戒を怠ることはないが、猿人族の姿が見えないため、世間話をしながら歩く状態になっている。

 アカネがいることも大きい上に、俺やアデルも迂闊に奇襲されるほど間抜けではない。

 

 結局のところ、一度も戦闘になることはなく、無事に下山することができた。

 火山へ向かう時に通過した林を進もうとすると、道の先に村のかがり火が見えた。

 まるで目印のような明るさで無事に戻ってこれたことを実感する。 


 今はもう猿人族に気づかれても構わないため、ホーリーライトで足元を照らした。

 明るくすることさえできれば、大して時間のかからない距離だと気づく。

 四人で林を通り抜けて村の近くまで来ると、村人たちが出迎えてくれた。


「ミズキ様、ご無事で何よりです」


 一団の中から村長のオウレンが出てきた。

 彼の呼びかけに応じるようにミズキが歩いていく。


「猿人族は追い払ったし、火山はもう大丈夫だから」


「承知しました。村のためにありがとうございました」


 オウレンが地面に膝をついて、深々と頭を下げた。

 彼に続くように村人たちも同じ動きを見せる。


「ああもう、頭を上げてよ。これはあたしや当主の役目だったから。村の人たちが責任を感じる必要はないんだから」


「何とも立派になられて……長生きはしてみるもんですな」


「父さん、そこまで老けてはないだろ」


 リンドウが後ろからオウレンにツッコミを入れると、そこかしこから笑い声が上がった。 

 村人たちの和やかな様子にホッとした気持ちになる。


「ささっ、大したおもてなしはできませんが、今宵はごゆっくりされてください」


「とりあえず、あたしは服を戻したんだけど」


「かしこまりました。村の女衆がすぐに承ります」


 今度は村の女たちが駆け寄ってきた。

 一般人とは思えないほど機敏な反応だった。


「じゃあ、あたしは着替えてくるから。みんなは適当に休んでてー」


 ミズキは陽気に手を振って、女たちとどこかへ離れていった。


「姫様、拙者も参ります」


 アカネはミズキたちを追って、この場を後にした。 


「そろそろ、これは外してもいいですね」


 俺は髪の毛を覆う頭巾のようなものと服を覆っていた布を外した。

 作戦は終わったので、これ以上猿人族の目を気にする必要はない。

 

「お二人はサクラギとは所縁(ゆかり)のない方々でしょう。それにもかかわらず、この度は力を貸して頂き、ありがとうございました」


 俺とアデルのところにオウレンがやってきた。

 人のよさそうな初老の男で、村長を担っているだけあってしっかりしていそうな風格がある。


「いえ、ミズキさんが困っているようだったので」


「成り行きで仕方なく手伝ったかたちだわ。ただ、この村の状況は気の毒だから、無視するわけにもいかないとも思ったのも理由よ」


 アデルは涼しげな表情で笑みを浮かべた。


「左様ですか。ところで、この村には温泉が湧いています。よかったら、汗を流されてはいかがでしょう」


 オウレンから魅力的な提案がなされた。


「それはいいことを聞きました。じゃあ早速入りに行きます」


「私も行くわ。さすがに男女別よね?」


「昔は混浴が普通だったのですが、ミズキ様がこれからは流行らない、男女別にすべしと提言されて……今はしっかり分かれています」


 オウレンは少し困ったような顔を見せた。

 和服を洋服寄りにした件といい、ミズキは近代化を目指すような動きをしているようだ。


「それは安心だわ。混浴じゃあ、ゆっくりくつろげないもの」


 アデルは線が細く、出るべきところは出ているといった体型だが、外見が整っていることで混浴は人目が気になるのだろう。

 以前、モルジュ村で入浴した時は湯浴み着を着用した上に仲間だけだったので、そこまで気にならなかったのかもしれない。

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