町娘に扮するミズキ

 厩舎の前を離れて村に向かう途中、リンドウがふいに立ち止まった。


「そちらのお二人は髪色がサクラギでは見かけないような色なので、奴らが怪しむ可能性があります」


 彼はそう言って、顔や髪の毛を覆える大きさの手ぬぐいを荷物から取り出した。

 各々の外見が目立つのを避けるため、頭に手ぬぐいを巻いた。

 それに加えて半纏のような上着を貸してもらって羽織った。


「ミズキ様の服装は目立つかもしれませんので、村に入ったら着替えをご用意します」


「この上着やリンドウさんの服と、ミズキさんや城下町で見かけた服では、風合いが異なりますね」


 こちらの世界に和風あるいは洋風という概念はないものの、リンドウのものは前者、ミズキのものは後者に当たる。

 村人たちが和風の衣服ならば、ミズキの服装が目立つというのも納得できる。


「それはあたしが周辺国の服を取り入れたからだよ。昔ながらの着物は動きにくくてね」


「サクラギの城下町では普及しているのですが、ヨツバ村では旧来の衣服が中心です。村の中には流行に敏感な者もいて、手に入れた者もいるものの、村人の大半は変わりありません」


「なるほど、そういうことか」


 リンドウの説明通りなら、俺とアデルは確実に目立ってしまうだろう。


「どうやら猿人族は遠見がいるらしく、村のことを監視しているようです。こちらが策を練っていることを知られないためにも、ミズキ様の来訪は見抜かれない方がよいと思われます」


「猿人族には注意しないといけないし、ここからはリンドウの指示に従うから」


「畏れ多いことですが、務めさせて頂きます」


 リンドウはかしこまって言った。

 彼の一貫した姿勢に思わず感心させられる。


 話がまとまったところで移動を再開した。

 それからリンドウに案内されて、村の正面を避けて中に入った。


 かやぶき屋根の時代がかったように見える民家が間隔を空けて建っており、転生前の自分ならば昔の日本にタイムスリップしたような感覚を覚えそうだ。

 火山と猿人族の件がなければ、牧歌的で心安らぎそうな景色である。


「ささっ、ミズキ様こちらへ。村の女衆に着替えをさせます」


「うん、分かった」


 俺たちは周囲を警戒しながら、一軒の民家へと足を運んだ。

 玄関を抜けて土間に入り、靴を脱いで板張りの廊下に上がる。

 リンドウに続いて進むと、畳の敷かれた広い部屋に出た。


「ミズキ様がお越しになった。村の者が着る服に替えて差し上げてくれ」


 リンドウは部屋にいた数人の女たちに呼びかけた。

 彼女たちはミズキの存在を目に留めると、平身低頭して号令をかけたように声を揃えた。


「「「ミズキ様、ようこそお越しくださいました」」」


「まあまあ、そんなにかしこまらなくていいから。早速着替えを頼むね」


「「「ははっ、承りました」」」


 女たちの様子にミズキは戸惑うような苦笑を浮かべた。

 

「……当主一族の威光ってすごいんですね」


「城下町ではそれほどでもないけれど、よその村に行くとだいだいこんなもんよ」


 俺よりもサクラギの事情に詳しいアデルがぼそりと言った。


「じゃあ、あたしは着替えてくるから、二人は休んでいてよ」


「はい、いってらっしゃい」


 ミズキは女たちに付き添われて、別の部屋へと歩いていった。


「お二人とも、こちらをお使いください」


 リンドウは俺とアデルに座布団を差し出した。


「ありがとうございます」


 畳の上に座布団を置いて、そこに腰を下ろす。

 この家は年季を感じる雰囲気だが、掃除が行き届いていて清潔感がある。

 外観だけでなく内装も和風であり、どこか懐かしい感じを抱かせる。


 しばらくは部屋の空気を味わう時間になったのだが、なかなかミズキが戻ってこない。

 すぐに終わるかと思いきや、想像よりも時間がかかっている。


「女性は身支度に時間がかかるかもしれませんけど、ずいぶん長い気がします」


「さあ、どうかしら。用意された服のサイズが合わないとか」


 俺以上にアデルは退屈そうにしている。

 昼食は済ませているし、作戦実行までにやることがない。

 気だるげに足を伸ばして畳みに手を突くと、視線の先でふわりと人影が着地した。


「――うわっ!?」


「えっ、何ごと?」


 人影の正体はアカネだった。

 火山の潜入から戻ったみたいだが、普通に部屋に入ってきてほしい。  

 

「……姫様の姿が見えないようだが?」


「ミズキ様は村の者に扮して頂くため、別室で着替えをされているところです」


「そうか、拙者もここで待たせてもらおう」


 アカネが畳に腰を下ろすと、リンドウは彼女にも座布団を差し出した。


「……火山の様子はどうでした?」


 俺はおっかなびっくりといった感じでたずねた。

 アカネに慣れるにはもう少し時間が必要だった。


「貴殿を信用していないわけではないが、姫様が戻られたら話す。しばし待たれよ」


「ああっ、大丈夫です。ミズキさんが戻ってからで」


 こちらの返答にアカネは言葉を発せず、小さく頷いた。


 アカネが帰還して少し経ってから、女たちが部屋の扉を開いて戻り、その後にミズキが入ってきた。

 町娘風の服を身につけて、今までは下ろしていた髪の毛は団子にしてまとめてある。

 転生前に和服に詳しくなかったため曖昧だが、浴衣あるいは小袖と呼ばれるものに似ている。


「……どう、変じゃないかな」


 ミズキは照れくさそうな表情で問いかけた。

 アデルとアカネはそれほどでもないが、俺とリンドウは目を見張っていた。


「「とても似合ってます……あっ……」」


 男同士で互いに顔を見合わせる。

 その場に気まずい空気が流れるのだった。

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