突然の呼び出し
ミズキとの会話が終わったところで、温かい湯呑みに手を伸ばす。
ほどよい温度の緑茶が口の中に入ると、ホッと息を吐きたくなるような心地よさを感じた。
肩の力が抜けた状態で、椅子に腰かけたまま景色を眺める。
川沿いの茶屋にいると心が穏やかになるようで、いつまでもいたいと思わせるような場所だった。
俺とハンクはサクラギ初訪問ということもあり、この空間に心洗われるような状態にあるのだが、過去に訪れたことがあるアデルと出身者のミズキはにぎやかな雰囲気で話している。
ミズキは常にマイペースに見えるのだが、地元にいることで今まで以上に羽を伸ばしているように見える。
彼女は口にしていた団子を完食したところで、元気よく立ち上がった。
「さあ、次は土産物屋に行くよ!」
「おれはもう少しここにいてもいいんだがな……」
ハンクは名残惜しそうに口にしたが、我らが姫様には届いていないようだった。
彼女はこちらを振り返らずに歩き去ろうとしている。
「お代はけっこうですんで、里帰りした時にはまたいらしてください」
そんなミズキの背中に茶屋の主人が親しげに声をかけた。
すると、彼女はくるりと反転して見せる。
「ありがとね、おじちゃん! また来るよ」
ミズキは満面の笑みを浮かべて、手を大きく振った。
きっと、裏表のない性格が好かれる理由の一つなのだろう。
彼女の振る舞いに感心しつつ、茶屋を離れて歩き出した。
それからご機嫌なミズキに案内されて、土産物屋にたどり着いた。
茶屋は城下町の中心から外れたところにあったが、この店は町の中ほどに位置している。
店の敷地はなかなかに広く、色んな種類の商品が置かれているようだ。
「サクラギでしか買えないものがほとんどだから、ゆっくり見ていってよ」
ミズキは陽気な声で店の売り子のように言った。
そんな彼女に適当に相づちを打ってから、店の中を回り始めた。
入り口を入ってからほどなくして気づいたが、俺たち以外にもよそから来訪したと思われる人たちがいるようだ。
明らかに日本人風の外見ではなく、物珍しそうに土産物を見ている。
あまり見すぎても失礼なので、彼らから商品へと視線を戻す。
「おっ、これは面白いな」
最初に目についたのは、共通文字でサクラギと書かれた手ぬぐいだ。
すぐに用途は思いつきそうにないが、旅の記念に買うのはありな気がする。
「荷物が増えると重くなるから、もう少し見てからにしよう」
一旦、手ぬぐいコーナーを通りすぎて、店内散策を続ける。
広い店内を歩いていると、次に気になったのはお茶セットだ。
緑茶が飲み比べできるように、数種類の茶葉が入っている。
感心するような心遣いであることは間違いないのだが、のどかで素朴な国という第一印象から商魂たくましい国というものに変わりそうだった。
観光に力を入れるとまではいかなくとも、他国の民を受け入れて土産物でお金を得る。
「ガルフールほど観光地化されてないし、元の環境はそのままっぽいから、そこまで商売っ気があるわけではないか」
海辺の観光地であるため、あの町は飲食店、宿泊施設、名産品のラインナップがすごいことになっている。
それを思えば、サクラギの姿勢はかわいいものだ。
そんなことを考えながら店内を眺めていると、ミズキに見知らぬ女が話しかけるところが目に入った。
その女をどこかで見たことがある気がしたが、そのことよりも女から何かを聞いたミズキが表情を一変させたことが気にかかった。
これまでに見せたことのない張りつめた表情は、何かが起きたことを物語っている。
「――マルクくん、ごめん! 事情は説明するから、また後で!」
ミズキは小走りでこちらに近づき、それだけ伝えると土産物屋を出ていった。
どうしたものかと戸惑っていると、先ほどの女が話しかけてきた。
「ミズキ様は火急のご用があり、とある場所へ向かわれました。サクラギに関する重要事項故(ゆえ)、姫様からお話があるまで詮索はご遠慮願います」
「……は、はぁっ、分かりました」
女の有無を言わさぬ迫力に気圧されるような感覚がしている。
その一方で、彼女の豊満な身体つきに見覚えがあるような……。
「それと今晩の宿ですが、この近くのモミジ屋にお泊りください」
彼女は事務的に説明を終えると、いつの間にか姿を消していた。
「……詮索するなと言われた上に宿まで決まってるなら、言われた通りにするか」
俺は買い物中のアデルとハンクに声をかけて、起きたばかりの出来事について説明することにした。
土産物屋では話しにくいため、二人を伴って店の外に出る。
「ミズキさんが何やら急用みたいで、どこかに行ってしまいました」
「私は見ていたけれど、何やらただならぬ雰囲気だったわね」
「……そうだったのか、緑茶探しに夢中で気づかなかったぜ」
とりあえず、アデルは様子を見ていたようだ。
その方が説明がしやすくて助かる。
状況説明を済ませると、二人は理解を示してくれた。
「――というわけなんですけど、これからどうしますか?」
「私たちにできることはなさそうだから、土産物屋をもう少し見たいわ」
「アデルに賛成だ。見たことのない品の数々、十分に確かめるには時間が足りねえ」
ハンクが執着を見せることは滅多にないので、買い物を続けてもらうことにした。
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