野宿の準備と焚き火

 ミズキが野営地と呼んだ場所は街道を逸れた少し奥まったところだった。

 街道は目と鼻の先ではあるものの、草木で牛車を覆い隠すことができる。

 丈の低い茂みに囲まれているため、音を立てずに接近することは難しいだろう。


「はい、到着。今日はここで野宿だよ」


「お疲れ様でした。野営地といっても、何かあるわけではないんですね」


「ここはサクラギを行き来する人が使ってる場所で、何となくそう呼んでる感じかな。牛車があれば中で眠れるし、一晩だけなら水と食料は足りるから」


「なるほど、そうなんですか。冒険者の野営地となると、ちょっとした炊事場があったり、水汲み場があるもので」


 ミズキはこちらの言葉に頷くと、御者台から車内へ入っていく。

 彼女と入れ替わるようにアデルとハンクが出てきた。


「おれは野宿でも全然平気だ。それに温泉があるなんて最高じゃねえか」


「女性陣と一緒に入れないので、後で入りに行きましょうか」


「そうだな。おれは野宿の準備を始める」  


 ハンクはいつものバックパックを手にして、客車から地面に下りた。

 すぐにホーリーライトを唱えたようで光球が彼の近くに浮かび、荷物の中から何かを取り出している。


「ハンクはいつも通りか。……アデルは」


 野宿が決定してから、彼女は意気消沈した様子だった。

 客車から出てこないので中を覗いてみると、隅の方で体育座りをしている。

 ただならぬ気配を察したのか、ミズキは素知らぬ顔で荷物をまとめていた。


 野宿の代替案があるはずもなく、アデルはそっとしておくことにした。


「……温泉に入る時間になれば、少しはマシになるといいけど」


 客車を出てひとりごちると、外で手を動かしているハンクに声をかける。

 

「もしかして、何か設営してます?」 

  

「おう、まずは火を起こそうと思ってな」


「……って、めちゃくちゃ早いですね」


 必要な持ち物を準備していると思いきや、いつの間にか石が並べられている。

 まだ外枠だけとはいえ、すでに炉の原型が完成していることに驚きを隠せない。


「マルク、おれは準備を進めるから、木の枝を拾ってきてもらえるか? 種火の分は近くの枝でいけたんだが、すぐに足らなくなる」


「はい、もちろん」


「じゃあ、頼むな」


 ハンクとの会話を終えた後、牛車が停まった場所から移動して木々が見えている方向に向かって歩いた。

 周囲に緑が増えたとはいえモルネア方面の乾燥した土地が近いこともあり、森と呼べるほどの密度はない。

 頭上に浮かぶホーリーライトを頼りに、丈の低い草をかき分けて進む。 


 冒険者を経験しているからといって、夜の暗闇が怖くないなんてことはない。

 ここが木々の生い茂る場所でないことは幸いだった。

 

「……とりあえず、何かあったらハンクを呼ぼう」


 盗賊にさらわれた時、勇者のように洞窟へと駆けつけてくれた。

 どんな時も自力でどうにかしようという思いはあるものの、心のどこかで彼を頼りにしているところは否めない。

 そんな頼れるSランク冒険者のためにも枝を集めるとしよう。

 

 木の近くまで歩いていくと草の量は少なくなり、足元に折れた枝がいくつか落ちていた。

 夜を明かすには心もとない量のため、さらに範囲を広げていく。


「――おーい、マルク! 戻ってきてくれるか」


「はーい、分かりました!」


 もう少し枝を拾っておこうとしたところで、ハンクの声が聞こえてきた。

 ここまで集められた分を脇に抱えて歩く。 

 

 来た道を引き返すと、牛車の大きなシルエットが見えてきた。

 火を焚くための炉の近くにハンクとミズキが腰を下ろしている。

 すでに火を起こせたようで、揺らめく炎と煙が上がっていた。


「あれっ、だいぶ火力が出てますね」


「探してくれたのに悪いな。ミズキが木炭を持ってるから、使わせてもらうことにした」


「そうなんですか。木炭は高級品だと思いますけど、さすがはサクラギの姫様ですね」


 少しずつ火力の上がる炉の様子を見ていると、ミズキがこちらに向けて手招きをした。


「さあ、夜はこれからだよ、楽しんでいこう!」


「ははっ、朝から移動してるようには見えませんね」


 俺は小さく笑い声を上げた後、ミズキたちの輪に加わった。


 椅子のような気の利いたものはないため、炉を作るのに余ったと思われる大きめの石に腰を下ろす。

 多少座りにくく感じるものの、地面に直接というよりも座り心地がいい気がする。

 

「そろそろ、火の勢いが安定してきたね。あれを焼こうかな」


 ミズキは地面に置いた麻袋の中から、串に刺さった魚を取り出した。


「これはあたしの保存食。サクラギで獲れた魚を干したものなんだけど、よかったら食べる?」


「おっ、美味そうだな。おれは食べるぞ」


「俺もお願いします」


 ミズキは俺とハンクに一本ずつ串を手渡す。

 それから、焼き方の見本を示すと言ってから、彼女は自分で持ったものを火の近くにかざした。

 火に炙られることで表面に脂が浮き出し、細く白い煙が出ている。

   

 串に刺さった魚を見た感じでは、魚種の判別は難しそうだ。

 まずは食べてみてから、この魚についてたずねようと思った。

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