お気楽姫様の巧みな剣術

「最近、お店のことで忙しかったらから、運動不足だったんだよ。ムルカは発展途上で勢いのある街だし、商売ってのは大変なんだよ」


「えっ、急にどうしました……?」


 ミズキは自分語りを始めたかと思いきや、はいこれと水牛の手綱をこちらに手渡した。

 おずおずと受け取り、彼女の様子を注視する。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ! 道中の野盗攻略もサクラギ往復の必須科目だから覚えておいてね」


「ちょ、大丈夫ですか!? 水牛は!?」


「放っておいても、サクラギ方面に進むようになってるから大丈夫。自分の家を覚えてるなんて、水牛は賢いねー」


 ミズキはそこまで述べた後、軽やかな身のこなしで牛車を下りた。

 彼女は足の運びを早めて、勢いのついた状態で野盗たちに向かっていく。

 

 その一方で、水牛を馬のように扱ってよいのか分からず、俺には手綱を手放す勇気はなかった。

 ひとまず、いつでもミズキに助力できるように魔法を使えるようにしておこう。

  

 こちらの動揺をよそに、前方の彼女は野盗に接近していた。

 まさか徒手空拳で戦うのかと思いかけたが、一本の刀を手にしている。

 アルダンで元刀鍛冶と思われる転生者から刀を譲り受けたことがあるが、ミズキの手にする得物は意匠が異なるように見受けられた。


「あの時の刀の原点が日本なら、彼女の刀はこの世界に由来があるということか……」


 ミズキの刀に注目していると、野盗たちが彼女に襲いかかろうとした。

 相手は総勢で五人、対するミズキは一人。

 数的に不利な状況なのだが、彼女は間合いを見切るのが上手いようで、野盗の攻撃は空を切っている。

 

「動きが見え見えだよ! ほら、もっとしっかり振って!」


 ミズキは物足りなそうに檄を飛ばしている。

 状況次第では剣術の指導者に見えなくもない。

 対する野盗たちは取り囲もうとしたり、死角から打ちこもうとしたり試みているが、攻撃の当たる気配がない。


「回避することだけなら、フラン以上じゃないか……すごい」


 水牛が進み続けているため、徐々に野盗たちのところへ迫っている。

 これ以上距離が縮まるようなら、アデルとハンクを起こさなければ。


「――ふわぁっ、さっきは眠くてな。おっ、あそこにいるのミズキじゃねえか」


「あれっ、いつの間に」


 ハンクがこちらのすぐ近くで、ミズキの戦況を眺めている。

 先ほどは思い至らなかったが、彼ほどの冒険者がこの騒ぎの中で眠ったままでいるはずがなかった。


「あの姉ちゃん、いい動きだ。フランといい勝負か、それ以上かもな」


 彼は感心したような口ぶりで、ミズキの動きを目で追っている。


「タイプ的にはフランに近いものがありますよね。軽くてすばしっこいところとか」


「うんまあ、似てるっちゃ似てるが、フランは槍使いで接近戦はしなさそうだからな。ミズキの武器は片刃の……刀だったか? 得物が短いと間合いを詰めるしかない。ここはお手並み拝見ってところだ」


 博識なハンクであっても、日本刀に近い武器は見慣れない様子だった。

 もっとも、サーベルやシミターなどの違うカテゴリーの刀は存在するため、近い系統の武器であることは予測できたようだ。


「さあ、あたしの番だね!」


 野盗たちの攻撃の手数が減り始めたところで、ミズキが高らかに宣言した。

 最初は罵声を浴びせていた彼らだったが、今は勢いがなくなっている。


 何が始まるのかと目を見張っていると、ミズキが目にも留まらぬ速さで動いた。


「……あれっ?」


 あまりの速度に目で追いきれなかったことに気づく。

 彼女はすでに離れたところに着地しているのだ。


「ふぅ、つまらないものを斬ってしまったよ。やれやれだね」


 ミズキは決まり文句のようなことを口にした後、刀を鞘に収めた。

 カチンと甲高い音を立てて、金属音が鳴り響く。


「何が起きたか分かりました?」


「ああっ、ぎりぎり目で追うことができた」


 ハンクが見てみろと言うように、野盗たちを指先で示した。

 彼らの様子に目を向けると衣服がひらひらと、舞い落ちる葉のように風に運ばれていく。


「ええっ、服だけを斬るなんて、そんな技ありえるんですか?」


「ホント、どうなってんだろな。目で追えただけで、どんな技術なのかはさっぱり分からん」


 ハンクは不思議そうに首を傾けている。

 

「――ひぃっ、覚えてろよ!?」


 捨て台詞を残して、野盗たちは去っていった。

 完膚なきまでに返り討ちにされて、しばらくはおとなしくしているだろう。


 ミズキは踵を返して、こちらへと歩いてきた。

 彼女の表情には笑みが浮かび、撃退に成功したことへの満足感が見て取れる。


「なかなかやるでしょ」


「驚きました。すごい腕前じゃないですか」


「さっきの野盗たち、初めて見る顔ぶれだった。毎回、新勢力が現れて退屈しないんだけど、周辺の治安が心配になっちゃうなあ」


 ミズキは表情にかすかな憂いを覗かせた後、御者台の隣に上がってきた。

 何やら物騒なことを言った気がするが、聞き流すことにした。


「とりあえず、手綱をお願いしてもいいです?」


「うん、いいよ!」


 俺は手綱をミズキに差し出して、入れ替わりで彼女に御者台に戻ってもらった。

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