会心のチャンチャン焼き

 ――脂の乗ったサケ。

 ――味のしっかりしたミソ。


 自分自身のどこにそんなレシピが眠っていたのか分からないが、遠い記憶を思い出すような感覚で一つの調理法を閃いた。

 そのきっかけとなったのは厨房にある食材だった。


「――よしっ、これだ!」


「うん、いい顔だ。お兄さんは生粋の料理人だね」


「ミソ、ありがとうございます。おかげで料理を思いつきました」


「それはよかった。仕事の続きがあるから、自分はこの辺で」


 こちらにミソの保管場所を伝えると、男は持ち場に戻っていった。


 俺はボールを一つ手に取ると、早速ミソを取りに向かう。

 厨房奥に置かれた壺の中にミソは入っていた。

 貯蔵された量はたっぷりで、必要になりそうな分だけボールに移した。


 続いてタマネギとキャペツを野菜置き場から持ってくる。

 ムルカ周辺の気候ではこれらの野菜は仕入れ値が高くなると思うが、今回の料理に必要なため、使わせてもらうことにした。


 タイゾウたちの妨げにならないよう、彼らが使っていない包丁やまな板などを拝借して、野菜を切る作業を進める。

 野菜の準備ができたところで、冷蔵庫からサケを取り出して必要な分の切り身を用意した。

 今回は数枚あれば十分なので、残りはすぐに冷蔵庫に戻しておく。


 材料はこれでほぼ揃ったように思うが、何かが足りない気がした。

 それを確かめるために頭の中で工程をイメージすると、バターが必要だと閃いた。

 冷蔵庫からバターを取り出したところで必要な材料が揃った。


 続いて、かまどを借りるためにタイゾウに声をかける。


「炒めものをしたいので、火を借りてもいいですか?」


「我々が調理に使う方は難しいが、空いた方なら問題なかろう。おい、彼にかまどを使わせてやってくれるか」


「へい、ただいま」


「忙しいところ、すいません」


 地元民風の男はタイゾウから指示を受けて、調理に使っているのとは別のかまどを使えるようにしてくれた。


「ありがとうございます」


「料理、頑張って」


「はい」


 俺はかまどの火力を調整してから、その上にフライパンを乗せた。

 適温に温まったところで、バターとなじませるように野菜を炒める。 

 野菜がしんなりしたら、別の皿によけて今度はサケを焼いていく。


 焦げつかないようにバターを少し追加して、一切れずつ等間隔に並べる。

 加熱したフライパンで焼いていると、切り身の鮮やかなオレンジがピンクへと色を変化していった。

   

 サケの身に火が通ったところで、先に炒めた野菜を投入する。

 二つをフライパンの上でなじませて、仕上げにミソと料理酒を合わせて味つけ。

 ミソが塊で残らないよう木べらで溶かすようにかき混ぜて完成だ。


「だいたいこんなところか。最後に味見をしておこう」


 切り身は崩れてしまうので、タマネギとキャペツを小皿によそって食べてみる。

 ミソとバターの風味が合わさって、とても濃厚な味わいになっている。


「アデルとミズキ……ハンクも食べたいだろうから、三人分用意しよう」


 厨房の皿を三枚借りて、サケの身と野菜を盛りつける。

 熱々の湯気と食欲をそそるような香りがのぼってくる。

 フォアグラを食べた後でなければ、俺もがっつり食べたいところだ。


 料理の用意ができたため、空いているトレーに人数分の皿を乗せた。

 厨房を出て運ぼうとすると、タイゾウたちが「完成したか」と親しげに声をかけてくれた。

 彼らに笑顔で応じつつ店の中を通過して、アデルたちの待つ外に出る。


「お待たせしました。料理が完成しました」


 俺が呼びかけると、ミズキが真っ先に近づいてきた。

 琥珀色の瞳を輝かせて皿を覗きこんでいる。


「うわぁ、すごくいい香りー。これはミソだね!」


「厨房の人に紹介してもらって、使ってみました」


「マルクはこんな料理が作れるのね」


 彼女の後にアデルとハンクもやってきた。

 二人とも見たことがない料理のはずであり、不思議そうな表情をしている。


「さあさあ、食べようよ」


「そうだな。早速いただくぜ」


 ミズキとハンクは皿を手に取ると、足早に着席して食べ始めた。

 アデルは興味深げに観察した後、いただくわねと言って持っていった。


 三人の反応を気にしつつ、近くの椅子に腰を下ろした。

 料理を作るのに集中しっぱなしだったので、少し疲れを感じる。


「お疲れ様でした。よろしければ、どうぞ」


「あっ、どうも」


 店員の一人がグラスに入った水を出してくれた。

 のどが渇いていたので、すぐに手に取って口に含む。

 冷えた水は身体に染み渡るようなのどごしだった。   

 

 グラスをテーブルに置いて、一番反応が気になるミズキに視線を向ける。

 じっくりと味わっているようで、今いる位置からは表情を読むことができない。

 さすがに不作法に当たるため、顔を覗きこむわけにもいかないだろう。


 姫様に無礼を働いたら、タイゾウに雷を落とされそうだ。

 ……さすがにそれは恐ろしい。

 

 椅子の背もたれに背中を預けて待っていると、トコトコと音を立ててミズキが歩いてきた。

 

「どうでした、お口に合いましたか?」


「――最高だよ、すごく美味しかった!」


 ミズキは感極まった様子で口にした後、こちらに飛びついてきた。


「うわっ、危ない――」


「むふぅ」


 どうしたものかと思うが、回避したらミズキがケガをしてしまうため、ひとまずキャッチした。


「……あの、離れてもらっても」


 タイゾウの穏やかな顔立ちと鋭い眼光が脳裏に浮かぶ。

 こんな状況は見せられない。


「あっ、ごめんごめん」


 ミズキは正気に戻ったように上体を起こした。

 そして、何事もなかったかのように立ち上がる。


「肉料理を作ることになっていたのに、斜め上の魚料理を出すなんてやるね!」


「いい食材が見つかって、こちらの方が満足してもらえるかと思いまして」


「ところであの料理、何て名前かな?」


「……チャンチャン焼きですね」


 今回の料理に名などあっただろうかと思いかけたが、自然とその名が思い浮かんだ。

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