【続】 異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

海産物を開拓する

侵入者との対峙

 渡り廊下を忍び足で引き返した後、足早に部屋へと戻る。

 急いで扉の取っ手を引くと、鍵はかかっていなかった。

 中に入るとエステルがくつろいでいるところだった。


 彼女は部屋に用意されていた寝間着に着替え済みだったので、助力を頼むのは少しばかり申し訳ない気持ちがした。


「怪しい連中を見かけてしまって、一緒に見にきてもらえますか?」


「えっ、今から?」


「はい、ごめんなさい」


「まあ、マルクの頼みならしょうがないよね。さあ、一緒に行くから案内して」


「エステル……ありがとうございます」


 彼女は何かの布で髪を束ねて、寝間着のまま出ようとした。

 なお、足元は普段の靴を履いている。


「呼んでおいてあれですけど、その格好だと動きにくくないですか?」


「ううーん、急いでるでしょ。それに着替えるの面倒かなって」


「そうか、そうですよね」


「それにわたしも女子なんだから、着替えには時間がかかるんだよ」


「いや、何かすいません……」


 俺は深々と頭を下げた。

 普段の服装が動きやすそうな格好で、女性らしさが控えめだったとはいえ、女性扱いをしていなかったところは否めない。

 エステルは怒りを露わにするほどではないものの、ちょっとだけ不機嫌だった。


「いいよ。とにかく、行くよ!」


「はい」


 すぐに部屋を出て、扉の施錠はエステルに任せた。

 不審人物たちが屋根伝いに移動していたので、進んだ方向が把握できていない。

 まずは渡り廊下の付近を調べてみるべきだと思う。


 二人で速やかに移動して、人影を目撃した場所に至る。

 庭園であり渡り廊下でもあるここはまだ明かりが点いている。

 しかし、屋根の上となると視界が十分ではなかった。


「あの辺りで息を潜めながら、どこかに向かって行きました」


「うーん、こんな時間に怪しいよね」


「壁が障害になって、どこまで行ったか目で追えませんでした」


「分かった。ちょっと屋根に上がってみるよ」


「……えっ!?」


 戸惑うこちらを気にすることなく、エステルは軽やかな跳躍を見せた。

 彼女は屋根の上に着地してから、素早く周囲を見渡した。


「誰もいないよ。方向はどっちだった?」


「ええと、あっちです」


 俺は頭上に見えるエステルに手の動きを交えて説明した。

 寝間着から彼女の白くすらりと伸びた足が覗いているが、全身全霊をもってできる限り見ないように努力した――角度次第で下着が見えてしまいそうなのはここだけの話である。


「――マルク、聞こえてる?」


「は、はい。何でしょう」


「上から追いかけたら鉢合わせになりそうだから、通路を歩いて探しに行くよ」


「そうですね。エステル一人だと何があるか分かりませんし」


「ふふっ、心配してくれてるの?」


「そりゃ、当たり前ですよ」


 エステルのからかうような質問に照れくさくなった。

 俺が狼狽(うろた)えている間に、彼女はひらりと舞うように屋根から地面に着地した。


「悪事を働いてるかもしれないから、急ぐよ」


「はい!」


 俺たちだけならまだしも、他の宿泊客や受付の従業員もいる。

 何か起きてしまう前に防ぎたいと思った。

 二人で騒がしくならない程度に小走りで館内の通路を移動した。

 

 怪しい人影の進行方向をたどった先はロビーの辺りだった。

 一見すると異変があるようには感じられず、拍子抜けするようだ。

 しかし、消灯前の時間に受付に誰もいないことに違和感を覚える。


「マルク、あっち」


「……はい」


 エステルの声は控えめで、それに合わせて小声で応じた。


 受付奥にある扉が開きかけの状態で、その向こうから不審な気配がしている。

 お互いに顔を見合わせた後、息を合わせて慎重に近づいていく。


「この感じは中で揉めてるようですね」


「突入する?」

 

「まだこちらに気づいてないみたいなので、もう少し様子を見ましょう」


「うん、分かった」


 周囲に注意しながら、扉の中をそっと覗く。

 立派なホテルだけあって、中は広々とした空間だった。

 おそらく、雰囲気からして事務室だろう。


 部屋の奥に数人の男たちがいて、従業員らしき人たちが二人ほど。

 怪しい人影を発見してから時間はそれほど経っていないはずだが、二人は縄で拘束されて何やら脅されているようだ。


 男たちはホテルに兵士や冒険者がいるとは考えていないのか、あるいは衝動的な行いなのかは分からないが、無警戒な様子が目につく。

 周囲への警戒を怠っているため、中の様子を見ているこちらに気づかない。


「マルク、中の会話はわたしの方が聞き取れるから、任せて」


「……お願いします」


 エステルが集中しやすいように俺は扉の近くから下がる。

 それから不意打ちを防ぐため、後方を素早く見回した。

 特に人影はなく、他の宿泊客も見当たらなかった。

 とそこで、身体をつつかれて振り向いた。


「ここのお金を渡すように言われてるみたいだけど、ホテルの人は粘ってるみたい。脅しがきつくなってるから、早く助けないと」


「タイミングを見計らいましょう。下手をすると人質に取られて身動きが取れなくなります」


 冒険者時代にごくわずかだが、野盗を討伐する依頼に参加したことがある。

 ここにいる者たちが同じかは分からないものの、あいつらは不利になると人質を確保しがちなので、巻き添えを出さないためには注意が必要だ。


 エステルと二人で中の様子を見守っていると、後ろから肩を叩かれた。

 声は出なかったものの、警戒を怠ったのかと思い、心臓が止まりそうになった。

 俺の肩を叩いたのはアデルだった。


「こんなところで何をしてるの?」


 ただならぬ気配を感じ取ったのか、彼女は声を潜めてたずねてきた。

 

「強盗です、強盗。ほらっ」


「どれどれ」


 アデルはさりげなくエステルを押しやって、中の様子を眺めた。

 俺の位置からも目に入るのだが、そろそろ助けに入るかどうかを決断する時が近づいているように見えた。

 

「そういうことね、お金目当てっと」


 アデルは納得したように頷くと部屋のある方へ引き返していった。

 状況が状況なだけに、エステルはアデルのことは流しているようだ。


「まずいですね」


「もう少し距離が近かったら、奇襲をかけれるのに」


 俺とエステルの攻撃手段――魔法での攻撃、物理的に奇襲を仕かける――では、事務室の中を移動する間に気づかれる可能性が高い。

 無茶な突撃で二人の従業員に何かあれば寝覚めが悪くなりそうで、危険な賭けに出るわけにはいかなかった。


「――ここは私に任せなさい」


 後ろを振り向くとアデルが堂々とした様子で立っていた。


「えっ、何をするつもりです?」


「まあ、任せておきなさい」


 アデルは自信ありげに男たちに向かって歩いていった。

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