【続】 異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

海産物を開拓する

師匠の事情

「師匠はロゼル王国所属の腕利きの兵士の一人だったんだ。平和な時代が続いてるといっても、全く出番がないわけじゃなかった。野盗の制圧、モンスターの討伐――師匠の戦いの日々は長く続いた。繰り返すような日々の中で師匠は疑問に思った。このまま戦い続けることに意味はあるのかってな」


 セリオはどこか遠くを見るような目をして言った。

 話は続くようなので、引き続き耳を傾ける。


「そんなある日、師匠は作戦中に食料がない状態で孤立した。おいらは戦いに詳しくないが、現地で調達する方法もあるらしいな。ただ、その時はそれができない状態で飢えがきつかったんだと」


「……けっこう詳しい内容みたいですけど、口下手そうなあの人が話したんですか?」


 セリオが弟子という立場にしては、やけに事情を詳しく知っていると思った。

 俺は一時的にジェイクを弟子にすることはあったが、その時に自分のことをそこまで打ち明けるという発想さえなかった。


「いいや、酒の席で師匠の仲間だった人から聞いた。なんつうか、そん時はすでに弟子だったんだが、それを聞いて尊敬の念が深くなったというか……」


「ふむふむ、なるほど。あっ、続きをどうぞ」


 他人の師弟関係は意外と扱いづらいと思ったが、これも何か縁なので、セリオの話を区切りのいいところまで聞くつもりだった。

 旅慣れているアデルも納得したような表情で、エステルに至っては続きを聞きたそうにしている。


「そんで、飢え死にしかけた師匠の懐には一枚の干し肉があった」


 ここで吟遊詩人の語りを聞いているわけでもないのに、何やらもったいぶるように間が空いた。

 早く続きを話してほしいところだが、聞くと言った以上はセリオのやり方に付き合うとしよう。


「――その一枚の干し肉が師匠の命をつないだ。それまで、食に頓着のなかった師匠だったが、運命めいたものを感じたらしい……もちろん、こいつは比喩でおいらや師匠に信仰心があるわけじゃないんであしからず」


「それは大丈夫、そういう誤解はしませんから」


 心配するポイントを聞いて、始まりの三国に含まれる国にいることを実感する。

 おそらく、ランス国内で同じような補足を聞いたとしても不自然だと思わない。


「でまあ、その後は干し肉がコスタ産の牛肉で作られたと知って、師匠は生産者のところに足を運んだ。コスタの牛がこだわりの元で育てられていると知って、そこでまた感銘を受けた」


 ふとエステルを見ると、うるうるしていた。

 意外と涙腺が緩いのかもしれない。

 アデルはいつの間にか飲みもののおかわりを手にしていて、文字通り茶飲み話という形式で聞いているように見えた。


「そこからは続きが読めるんですけど、感銘を受けた後は食材を活かす方法を模索して、あの一枚焼きにたどり着いたというところですか」


「その通りだ。もっとも、おいらが出会った時には完成形に近かった。師匠はすでに店を開いていたしな。そんなわけで、あの人はコスタの牛肉に対する愛情が並々ならぬものになったというわけさ」


 俺が受けたことに関してはとばっちりにしか思えないが、セリオの話は納得できる面もあった。

 それと二人が固い絆で結ばれているということも。


「事情はだいたい分かりました。誤解することはないと思うので安心してください」


「うんうん、とってもいい話だったよー」


 エステルがこらえきれないといった様子で感想を述べた。

 鼻水を垂らすというほどではないものの、大粒の涙を浮かべている。


「お嬢さん、分かってくれるんだな」


 二人はなぜか意気投合していた。

 俺はどう反応していいか分からず、アデルは我関せずといった様子だった。


「今日の宿も探さないといけないので、この辺で俺たちは失礼します」


「そういえば、地元じゃなかったんだな。紹介できるほどじゃないが、宿屋が集中する辺りになら案内できるぜ」


「まあ、せっかくなのでお願いします」


 アデルの方をちらりと見ると、小さく頷いた。

 エステルはまだ余韻冷めやらぬといった様子なのでそっとしておこう。

 俺たちはセリオの案内で、市場から宿屋のある辺りへ移動することになった。 


 食堂があるのは奥まった場所なのだが、セリオに教えてもらった近道を通ると町の方へ早く出ることができた。


 夕食の時間に加えて、セリオの話もあったので、日は落ちて暗くなっている。

 通りには魔力灯が点灯しており、周囲に淡い光を放っていた。

 昼間のコスタもいい雰囲気だったが、これはこれで情緒があるものだと思った。

 

「そういえば、あんたらはどこから来たんだい?」


 町並みを眺めながら歩いていると、セリオが思いついたようにたずねてきた。


「ランス王国のバラムという町です」


「へぇ、隣の国からか。ランス王国は少しだけ行ったことがあるが、バラムって町は名前を聞いたことがある程度だな」


「バラムは辺境なので、そんなに知名度は高くないですね」


 セリオの反応は特に驚くようなことではなかった。

 これまでにも何度か経験している。


「おっ、もうそろそろ、宿屋が多い一角だ」


 途中までは食堂や商店などが続いていたが、彼の言うように宿屋が目立つようになってきた。

 一人だけなら宿の質はそこまで気にする必要はないものの、アデルが一緒なので安宿に泊まるわけにはいかないだろう。

 セリオの案内を受けつつ、品定めをするように周囲に目を向けた。


「案内はここまでで大丈夫ですよ。あとは三人で決めるので」


「そっか、それじゃあな!」


「宿の案内、ありがとうございました」


 セリオは陽気な様子で去っていった。

 仕事終わりにもかかわらず、ずいぶん元気だった。


「……というわけで、今晩の宿を決めないといけません」


「わたしはどこでもいいよ」


「ええと、まず手前の宿は却下。あそこもなし……もう少しマシなところはないものかしら」


「ははっ、周りは庶民的な宿屋が多いですね」 


「もう笑いごとじゃないわ。町を歩きながら探すわよ」


「はい、了解です」


 アデルは少しばかりご機嫌斜めになったが、そんな彼女の様子をエステルはいたずらっぽい笑みを浮かべて見ていた。


「姉さんが一緒だとマルクもたいへんだねー」


「いや、そこそこ付き合いも長いので、そうでもないですよ」


 エステルの発言はアデルに聞かれたら逆鱗に触れそうだが、実の妹というだけあってそんなことはわきまえているようだ。

 アデルに聞かれないように小さな声だった。


「にしても、高級そうな宿なんてあるんですかね」


「コスタの町の規模なら必ずあるはずよ」


 アデルは何かのスイッチが入ったように、ぐんぐんと前に進んでいった。

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