第五四話 冬将軍の到来と終戦

 なお、糖度の高い酒は口当たりが良くて飲み過ぎてしまい、翌朝に目覚めたら王城に間借りした寝室だという始末で、しかも両手に花ならぬ下着姿の双子魔女リアナ&レミリが寄り添いながら、柔らかい胸など押し付けていた。


「………… 微妙な既視感デジャヴがある光景だ」


 先日にカストルム牢獄を落としたおり、飛兵隊の吸血鬼らと仮眠を取っていたら、悪戯好きなアリエルに寝床へ潜り込まれたのを思い出す。


 今度は一人増えた上、毛布の中で直接触れ合う人肌のぬくもりが伝わり、初冬の時期としては抗いがたい魅惑があれども、二度寝の誘いに屈してはいられない。


(近隣のベルクス王国軍が三日きざみの連絡要員を送ってくるのは今日だったな。実質、こちらに越冬用の軍需物資を押さえられた現状も伝わる筈だが……)


 思わぬ手違いで部族国の各領軍と対峙している連中が先走り、軍勢の一部をつかわせてくる可能性も否定できない。


 不測の事態が生じた場合、中央広場を狙える位置に潜ませた魔人兵らに命じて、容赦なく焼き打ちを敢行させるべきかと思案しつつ、自然な動作で上半身を起こせば両腕に抱き付いていたリアナとレミリが身動みじろぎした。


「ん、うぅ」

「うぁ…」


 小さく呻いた二人の眠りをさまたげないよう慎重に寝床から抜けだして、脱ぎ捨てられていた複数人分の衣類から黒を基調とした三騎士の軍服を掴み取る。


 ざっと身なりを整えた頃合いで遠慮がちにドアがノックされ、体裁の悪さで躊躇ちゅうちょしている内に扉が開き、隙間よりのぞき込んでくる黄金こがね色の瞳と視線が交わった。


「何をしている、シア?」


「はぇ!? か、鍵が無施錠だったので、そろそろ起こした方が良いかと… 興味本位では無いんです、信じてください、あぅ~」


 勝手に自爆する蒼魔人族の娘に向け、口元に人差し指を添えて “静かに” と言い含め、外套片手に扉を押し開いて廊下側へと出る。


「おはよう、昨夜は世話になった」

「あ、いえ、気にしないで下さいね」


 おもむろに謝意を伝えれば予想とたがわず、帰城後に執務室で寝落ちしていた俺を見つけ、寝室まで運んでくれたのは彼女達らしい。


 その際にリアナがベッドへ飛び込み、“姉さんが同衾どうきんするつもりなら” と何故かミリアも追随ついずいしたようだ。


「うぅ、私だけ仲間外れだったのです」

「物理的に無理があるからな……」


 王城内にしつらえられた豪奢な寝具でも、流石に三人が限界だろう。


 こちらとしては年若い娘の添い寝など褒められないが、何やらしょんぼりとしているので瑠璃るり色の髪を軽く撫ぜてやった。


「ふわっ、えっと… 朝食の準備ができてますけど、食べますか?」

「あぁ、シアの手料理は美味いからな、有難く頂こう」


 柔らかく微笑んだ青白い肌の娘と一緒に朝食を済ませた後、午前中は臨戦態勢の各部隊に足を運んでいたものの、午後にはベルクスの首都駐留軍より届いた書類束を巡って慌ただしさが増していく。


 事前の取り決めに従い、複数枚の羊皮紙で提供された内容は師団単位の備蓄状況や、配給予定の品目及び分量などである。


 本日の定期連絡で再調整されたという数字をかんがみて、相手方の全軍を国境沿いの都市ラズベルまで帰還させるにあたり、必要な最低限度の物資を確かめる作業は半刻ほどで早々につまずいた。


「何処まで… 信じて良いか、一抹の疑問あり」

「ん、あいつらが作った資料だから当てにならない」


 会議室にめた人員の内、最も計算高い我が大隊の主計係しゅけいががりレミリと、細かい事にはこだわらない主義の狐娘ペトラの見識が無情にも一致する。


 前者はざっと数字を検証した上の判断であり、後者は野性的な本能に根差した直観によるものだろう。


「まぁ、俺もジグルの立場なら、馬鹿正直な情報は出さない」

「じゃあ、これに何の意味があんのさ、クラウド」


「色々と誤魔化すにしても限度がある。駐留軍の奴らも、全部を持ち出したいなど言える立場ではないからな、いちじるしく整合性を欠いた数字に着目すれば良い」


 さらりと疑問を受け流すと、軽装鎧をまとわない動きやすさ重視のきわどい戦闘用ドレス姿で、気怠けだるげな騎士令嬢が会議机へ頬杖を突いた。


「アリエル様、真面目にやりましょうよ」

「肩肘張っても疲れるだけ、手慣れてないわね」


 先代吸血公の治世から補佐を務める才女の余裕か、ジト目のリアナに動じることなく、緩い雰囲気のまま羊皮紙の記載項目を精査する。


 何気に招集した二領各隊の主計係より鋭い指摘をしてくるので、段々と理不尽に思えてきた。


「むぅ、部隊の指揮以外もできないと後塵こうじんを拝するってこと?」

「姉さん、姫様の騎士に張り合うのは… どうかと……」


 おずおずと横合いからいさめたレミリの言葉通り、一部例外を除いて優秀な吸血鬼が歴任する西は特別な地位にある。


 最大三名しか叙任されず、伝統的に領内の貴族階級を飛び越えて吸血公に次ぐ権限を有しているため、ディガル部族国の内部では相当の扱いだ。


「戦時は良いが、平時だと元傭兵には身に余る立場だな」

「そこは私達が姉妹で支えますから、御心配なく♪」


「微力ですけど… 尽くします」

「あぁ、遠慮なく頼らせて貰おう」


 参謀や軍師の真似事ならまだしも、割り当てられた地区に属する都市や町村の管理等々、未体験の部分が多過ぎて泥沼に嵌りかねない。


 一抹の不安を胸に抱きつつ、書類の吟味ぎんみを終わらせた上で、次の日を第二王子のレブラントも含めた先方との折衝せっしょうついやした。その甲斐あって、王国軍の各師団から輜重しちょう隊が続々と首都イグニッツへ到着する。


 越冬用の物資が集積された中央広場を半包囲する手勢の監視下にて、遠征先でのとなる配給が可及的速やかに実行され、兵站を押さえられたベルクスの全軍は帰国の途に就いた。


 その際、不燃焼気味な指揮官と嬉しそうな一般兵の間に、浅からぬ齟齬そごがあったことも言及しておこう。

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