第五十話 戦略家たる者、常に二段構えで臨むべし

 なお、牢獄襲撃により衆目を集めて兵員を割かせた後、首都門の一角を少数精鋭の遊撃部隊に突破させた上で、攻城戦まで仕掛けさせたのは総じてベルクス王国軍の本営を強襲するための布石である。


 もっと言えば北西領軍の再編から始まり、中核都市の奪還及び黒曜公への支援、首都近郊に於ける三領軍との睨み合いまで…… すべて迂遠な一手だが、それらは首尾よく現状に繋がったようだ。


 硝子を散乱させて謁見の間に突入した吸血鬼らは刃を抜き、騎士令嬢の別動隊が付近の回廊を押さえている機に乗じて、其々それぞれ獲物と定めた護衛兵に斬り込んでいく。


「「シャァアアッ!!」」


「ぐぅう」

「ッ、一撃が重いな……」


 慌てずに初撃を鉄剣で受け止めた手練れの連中と強襲隊の面々が睨み合い、組討も交えた激しい攻防に興じ始めるかたわらで、俺は一方的な面識があるコルヴィス将軍の下に足を運んだ。


 その背後には情けなく狼狽する文官達や、玉座に坐した痩躯そうくの貴人が垣間見える。


「殿下ッ、此処ここは危険です!」

く、退避しましょう!!」


 寧ろ、自分が逃げたくても主君を放置することはできず、にわかに騒ぎ立てる御付きの者達が鬱陶しいのか、不遜な態度の貴人は片眉を顰めた。


「…… 任せて構わないのだな、将軍」

手筈てはず通りに退いてください、間違いがあっては陛下に申し訳が立ちません」


「そうか、貴様の忠義はきもめいじておこう」


 振り向かずに応えた臣下をねぎらい、颯爽と立ち上がった標的目掛けて黒塗りのスローイングナイフを投擲とうてきするも、魔法が使えるらしい将軍は自己相似的フラクタルな小型の浮遊障壁を並べて弾いた。


 高く跳ねた短剣が落ちるのに合わせて、右掌に携えた赫刃せきじんの剣先を左肩越しに後方へ、左掌で抜いた黒刃こくじんの剣腹を右脇腹に添えるような構えの前傾姿勢となり、音が響いた瞬間に吶喊とっかんする。


「シッ!!」

拙速せっそくだな!」


 短く息を吐き、ひねらせた上半身の発条ばねも生かして赫刃を袈裟に振り下ろせば、わめいたコルヴィス将軍が重厚な腕盾をかざす。


 それ自体は想定済みの動きだが、表面の意匠に斬撃が食い込んだ刹那、内側に仕込まれていたと思しき多量の火薬が爆ぜた。


「なッ!?」


 あかい剣身が衝撃で弾かれて、柄を握り締めていた手指や右腕がきしみを上げる。


 何とか得物は取り落さずに済んだものの、こちらの体勢が崩れた隙を突き、容易ならざる将軍はまとの大きい腹部に刺突を繰り出してきた。


「せいぁああッ!!」

「ぐうぅッ」


 紙一重で左足を斜めに退いた半身となり、布鎧の下に着込んだ鎖帷子くさりかたびらと薄皮を裂かれるだけで済ませて、盾縁たてふちによる顎先あごさき狙いの追撃も背中をらせて躱す。


 その際に右膝を掲げて割り込ませ、間髪入れず渾身の中段蹴りを相手の鳩尾みぞおちに喰らわせてから、靴の裏側より初級の属性魔法である “風撃” を放った。


「ぬぅッ!?」


 球形に圧縮された高密度の空気が指向性を持って弾け飛び、頑丈そうな板金鎧を壊せないまでも、屈強な体格のコルヴィス将軍を 1~2m ほど後退させる。


 さらに間合いを取った後、足元より広域展開させている希薄な魔力の網で大まかな戦況を感じ取りながら、改めて整然としている特殊な盾を視界に収めた。


「…… 炸薬反応リアクティブ装甲か、初見殺しだな」

「所詮、剣の一本すら砕けぬ粗末なものに過ぎんよ」


 不機嫌な色をのぞかせてうそぶくが、心配性な姫君が持たせてくれた彼女自身の血液で錬成されている赫刃せきじんでなければ、欠損で済まずに折れていた可能性は高い。


 随分とこぼれてしまった刃の腹側を眼前に寄せ、軽く口付けてエルザへの感謝を捧げたのが好機に見えたようで……


 左腕を突き出した将軍は言葉のりに隠れて、気づかれないように組み上げていた魔弾を盾先へ顕現けんげんさせる。


(ッ、抜け目が無い!)


 内心で毒づきつつも斜めに飛び退いて初弾を避け、続けざまの次弾は振り抜いた赫刃せきじんの剣腹で払う。


 それだけに留まらず、魔法由来の旋風をまとわせた左手の黒刃も振るい、試金石となる風の斬撃を飛ばした。


「小手先の児戯じぎなどッ!!」


 えた相手が腕盾で防御する様子を見遣みやり、勝機ありと判断した上で念のため黒刃こくじんを逆手に持ち替えて、筋力強化の魔法も掛けてから距離をめる。


 低い姿勢で踏み入り、脇構えから遠心力を載せた赫刃せきじんを横一文字に振り抜けば、迎え撃つ将軍は仕込み火薬を使い果たしたであろう盾の表面で受け止めたが、一切構わず両脚の筋肉をたわめて前方に高く跳躍した。


「ッ!?」


 虚を突かれ、僅かに反応が遅れた相手を宙返りして飛び越える最中、身体の上下が逆となった瞬間に延髄えんずい赫刃せきじんを叩き込む。


 てらった必殺の斬撃なれども、首筋を隠すように将軍の左腕が動き、迷惑きわまりない盾に弾かれてしまう。


「まだだッ!!」


 咄嗟とっさに空中で赫刃せきじんの剣柄を手放し、回転運動にひねりを加えて若干ずれた位置へ背中合わせで着地すると同時、逆手持ちした黒刃の柄頭つかがしらに右掌も添えて、脇側から後ろへ刺突を放った。


 既に強化されている膂力りょりょくあいまって、板金鎧を貫通した確かな手応えが両掌へ伝わり、くぐもった呻き声が聞こえてくる。


「ぐぶッ… ぬ、ぬかったわ」


 少し斜めに刺した剣身を抜き、前方に踏み出してきびすを返せば、振り向く途中で心臓のあたりを貫かれ、こらえ切れずに吐血するコルヴィス将軍の姿があった。

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