第三九話 挟撃は有効だが、やられると腹も立つ

 牢獄内部への入口を強襲にて確保した直後、中庭の外壁付近で防御系の魔法を駆使して、防衛塔からの弓矢を耐えていた後続も転がり込んでくる。


 彼らの数名は聖別… もとい、亜人側の認識では “呪術” が籠められた銀製のやじりを身体に受けて、傷口を焼けただれさせていた。


「負傷者は下がってなさいッ、動ける者で道を切り開く!」


「お供致しますよ、あねさん!」

「「「すべては純血たる我らが姫のために!!」」」


 もはや聞き慣れた御約束の誓句せいくを呟いて、赤毛の騎士令嬢アリエルと共に駆け出した吸血鬼らの後塵を拝していれば、迎え撃つように通路の角より十数名の敵増援が姿を現す。


「くそがッ、侵入されてるじゃねぇか! 二階の機械室には上がらせるな!!」

「「うぉおおぉおぉ―――ッ!!」」


 怒鳴るような指揮に従い、突撃してきた連中は白兵戦を仕掛けてきそうな雰囲気だが、先頭の四名は手に弦引きコッキングした小型のクロスボウを把持はじしており、途中で弩矢を弓座ゆみざの溝上に乗せた。


「支給されたばかりの聖銀製クォレル、喰らいやがれ!」

「これなら、屍鬼や吸血鬼でも仕留められる!!」


「勘弁してくれ……」


 遭遇する敵がことごとく、こちらの主力に対応した武装を持っているあたり、牢獄襲撃は予測の範疇はんちゅうだったのかと辟易へきえきしつつ、陣頭に立つ血気盛んな騎士令嬢や麾下きかの精鋭達に心の片隅で失策をびる。


 躱しがたい距離での射撃に備えて歩速を緩めた彼女らに向け、内部の結界により “偽装” など内循環系以外の魔法は扱えない状況下で、敵方の前列にいる守備兵達が太くて短い弩矢を放った。


 その初動に反応していた副長モヒカンのマーカスが戦斧を割り込ませ、飛来した弩矢から敬愛する指揮官のアリエルをかばえども、最前列にいた他二名の吸血鬼と同じく軽装鎧ごと腹部を貫かれてしまう。


「止まるなッ、吶喊とっかんする!!」


 低い苦鳴が聞こえる中、戦慣いくさなれしている騎士令嬢はかざされた無骨な腕を除けて、健在な麾下きか共々に連射できないクロスボウを投げ捨てた相手まで迫り、鈴なりの小刃で形成される連接剣を鞭のように振り廻した。


「うおッ!?」

「ちッ、面妖な…」


 剣戟が届く範囲外からの斬撃に対して、二人の守備兵がしゃに構えた鉄剣をまとめて弾き、素早く引き戻しつつも一本の剣身に組み替えて片方の心臓を穿うがつ。


 僅差で追随してきた吸血鬼も、刹那の攻防が生じさせた隙に便乗して、残る一人の急所を白刃で刺し貫いた。


「ぐぶッ、あぁ……」

「ッ、うぅ…ッ」


 得物を引き抜かれてくずおれる二人の両隣では、後続の同輩どうはいらも果敢に斬り込んでおり、人外の膂力りょりょくに任せて鍔迫り合いの状態から対峙者の首筋を押し切っていく。


 陰惨な光景に増援分隊の次列は及び腰となるが、それを目ざとい騎士令嬢が見逃すはずもなく、先ほど斃した相手を踏みつけながら、鋭い銀閃を袈裟に走らせる。


 慌てた守備兵は鉄剣で受けようとするも、途中で連接剣の結合が解かれ、ばらけた小刃が慣性のまま顔面へ直撃した。


「なッ、ぐわぁあッ!?」


 思わずひるんだ隙に乗じて、剣柄から離した左手で腰元の鞘より鎧通しの短剣メイルブレイカーを抜き、心臓目掛けて鋭利な突端を叩き込む。


「がッ、う、嘘だ…ッ」

「ふふっ、だと良いね」


 耳元で囁いたアリエルは後ろに退きつつも、戦闘用バトルドレスの短い裾から蠱惑的な太腿をのぞかせ、致命傷を負って唖然とする哀れな弱卒を蹴り飛ばした。


 その周囲では北西領軍の精鋭たる飛兵隊の吸血鬼らも猛威を振るい、此処ここがベルクスとの戦争にける分水嶺ぶんすいれいと心得ているゆえか、負傷を恐れずに増援分隊を押し込んでいく。


「…… 俺の出る幕が無いな」


 仕留めた相手で悪くなる足場など枷は幾つかあれども、カストルム牢獄の攻略は順調に進んでいると油断したところで、通路の反対側から雑多な足音が聞こえてきた。


「クラウド卿、新手です!」

狼狽うろたえるな、既に奴らの余力も少ないはずだ」


 先に潜伏していた狐娘ペトラが人狼猟兵や娼婦を使い、食料搬入の時刻を特定して半月ほど監視した際の分量や、懐柔した下働きの証言を総括すれば牢獄のは二個小隊のおよそ八十名だろう。


(襲撃前に増員されたとの報告も無いが、読み間違えてたらむな)


 内心あせりながら、後衛の吸血鬼らに手甲と一体化した腕盾を構えさせ、新規に参陣してきた連中のクロスボウ射撃をしのいだ後、即座に突撃の指示を出す。


 低い姿勢で先駆けた数名が片腕を振り抜き、飛兵隊で制式採用されている黒塗りのスローイングナイフを投げて、次列に入れ代わろうと動く守備兵達を止める。


「うぉ、あぶなッ!?」

「うぐッ、痛ぇ… ふざけやがって!」


「いいから退け、次が撃てねぇだろ!!」


 時間稼ぎの動揺を誘うため、顔面を狙った一本が的中して不運なやからの頬に刺さるも、後方からの敵増援は彼我ひがの距離を一定に保っており、間合いを詰める前に次射の体勢を整えていた。

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