第三話 クソ親父

 不思議生物との激闘を終え、俺は泥の様な眠りについた。

 目覚めた時もお母様の体温が俺を包み込み、健闘を称えてくれているようだった。

「あぁ、ひじり。ようやく目を覚ましたのですね。うぅ、良かった……生きていてくれて本当に良かった……!」

 俺が眠りに着く直前、今世における新たな名前が与えられた。

 本来生まれる前に名前を考えておいて、生まれたらすぐに付けるはずなのだが、お母様もずっと俺のことを坊やと呼んでいた。

 最初からこの儀式を乗り越えた時に与えると決まっていたのだろう。

 これはあくまで予想だが、あの儀式によって子供が死んでしまう可能性を考慮して、生き残った子供にのみ名前を与えるのではないだろうか。

 本当に負けなくてよかった。

 さて、そんな俺に着けられた名前は“峡部きょうぶ 聖宗陣大栄神郎せいしゅうじんだいえいしんろう”である。どこの神職名だろうか。というか名前に神が入っているのですが。

 ひじりというのは愛称のようなものだ。

 あの後儀式がどうなったのかは分からないが、無事終わったのだろう。

 祭具と思しき装飾が全て片付けられているし、俺のおむつも換えられている。

 お母様の温もりに微睡んでいると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

 この家にいる人間など限られている。

 予想通りクソ親父が部屋に入って来た。

「聖は目を覚ましたようだな」

「はい、貴方。この子はきっと貴方に似て強い子に育ちますよ。さぁ、貴方も抱いてあげてくださいな」

 お母様からパスされて俺の身柄がクソ親父に渡る。

「あぎゃぁぁぁぁ(こっち来んなクソ親父、子供に嫌われて傷つけ)」

「む……」

 老け顔な父親が泣きわめく俺をどうしたら良いのか分からず固まった。

 ふっ、既に泣きわめくことに羞恥心を感じない俺はノーダメージだ。

「あらあら、貴方のことを知らない人だと思っているのでしょうか。大丈夫ですよ、その人は貴方のお父さんです」

「あんぎゃぁぁぁあぁぁぁ」

「んん……頼む」

 とうとう対処に困った父親が俺をお母様の腕に返した。

 すると途端に泣き止む俺。

「やはり、いきなり儀式をしたから怖い人だと思われているのでは? 少しくらい親子対面の時間を取ってもよろしかったかと」

「いや、出来る限り生まれてすぐ行うべきだった。任務で遅れてしまった分、急がなければならなかったし、覚醒の御魂も時間を置きすぎた。これ以上は待てなかったのだ」

 おーーーい、俺が言葉の意味を理解していないと思ってとんでもないこと暴露してませんかね?!

 生まれてすぐって、だいぶ経ってますが。ご飯放置しすぎたってそりゃあ腐るよ。子供より仕事優先とかやっぱりこいつクソ親父だわ。絶対にお父様とは呼んでやらない。

「もしかしたら、私がお前の命を犠牲にしようとしていたのを理解しているのかもしれん。母親を奪おうとしたのだ、嫌われて当然だろう」

 おう、気づいてるよ。

 そしてお前が嫌いなのも当たりだよ。

「それは、私が峡部と聖の未来のためにと考えて───」

「いいや、もとより私に力があればそんなことをしなくてすんだのだ。ご先祖様を悪く言いたくないが、峡部家にかつての力があれば、こんなことには」

 うん、やっぱり我が家は没落気味のご様子。

 何を生業としているのかは分からないが、だいぶ衰退しているようだ。

 力っていうと、霊力とか呼んでいたあれのことか?

 となれば職業もガチの陰陽師だったりするのだろうか。

「でも、この子は儀式を乗り越えました。きっと、峡部家始まって以来の天才陰陽師になってくれるでしょう」

「そうだな、私が赤子の頃は三倍で死にかけたと聞く。この子は十倍量でも耐えたのだ。間違いなく強くなるだろう」

 おいコラァァァ!

 三倍からの十倍って、どういう基準で跳ね上げやがった。

 どう考えても普通の赤子なら死んでるだろ!

 そして、さらっと明かされる我が家の家業。

 陰陽師って……ここは俺の生きていた日本じゃないのかもしれない。

 訳が分からぬまま儀式が行われたり、不思議生物との生存競争をしたり、何が何だか全く以て理解できない。

 将来は陰陽師で確定みたいだし、臆さずいろいろなことに挑戦しようという俺の覚悟が早々に潰えてしまった。

 父親はクズだし、仕事優先で俺が割を食う始末。

 端的に言ってろくでもない転生先だ。

 けど……。

「あぁぁ(ついに、見つけたよ。俺が人生を賭してやりたいことが)」

 陰陽師、なんて心躍る言葉!

 魂が震え、直感的にこれが運命の出会いなのだと理解した。

 昔、陰陽師が活躍する漫画を読んだことがある。人を襲う妖怪を陰陽師が退治するという物語で、大昔に実在した陰陽師役人とは似ても似つかないものだった。そんな世界存在するはずがないと、俺の冷静な部分が告げていた。

 だが、不思議生物が存在した。クソ親父はバカ真面目な顔で儀式を執り行った。

 ──陰陽師は、実在した。

 陰陽師、これこそ、俺が探し求めていたものだ。

 転生早々探すべき道が見つかるなんて、俺は本当に───運がいい。

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