第31話 ベテランVtuberの実力

 事務所に来た俺は、無人受付機の前で不思議な女性と出会う。

 その後、俺はルリアとナノンの配信を事務所の個室で観ていたのだが、さっきの女性が俺のもとへ訪れたのだった。


「私を推し上げて欲しいのです。あなたの条件は何ですか? エッチ以外ならなんでもいいですよ?」

「え、ちょっと、急に何ですか!? あっ、あなたさっき受付で……」


「あ、ごめんなさい。私はVtuber歌劇アンナをしてます、宝塚杏珠たからづかあんじゅです」


 マジか!

 こんな形で総研のもうひとりの看板V、歌劇アンナに出合うだなんて!

 瑠理演じるVtuberルリア・カスターニャと双璧をなす存在、もうひとりのエースVtuber歌劇アンナ。

 間違いなくこのカワイイ総合研究所を支える、屋台骨といえる存在だ。


「な、中村健太です。先日デビューしたナカムラ・カルロス・ケンタをしてます。よ、よろしくお願いします……」


 こ、声が震える。

 俺にとってそれくらいメジャーでビックな存在だ。

 瑠理だって凄いが、彼女とはいつも会ってるせいか、ルリアの中の人だという事実に緊張はなくて、ただただ驚くばかりだった。

 しかし目の前にいるのは、Vtuber歌劇アンナ。

 お気に入り登録者150万人。

 同時接続は5万人にせまる超人気者!

 ハイテンションな令嬢キャラは知名度抜群で、Vtuberを視聴する人なら誰でも知っている。


「私はもう失敗が許されないのです」

「失敗? 歌劇アンナを演じる宝塚さんがですか?」


 Vとして大成功してる歌劇アンナが失敗だと?


「私はVtuberになるまで、たくさん失敗してきました。だから今のこの場所を大切にしたいのです」

「Vtuberになる前って……前世ですか?」


 前世。

 この業界では、Vtuberになる前の職業を指す。

 多いのは別の動画サイトからの移籍組。

 移籍組はもともと配信者なので、トークのスキルレベルが高い。

 あとは芽が出なかったアイドルなどだ。

 Vtuberならアイドルの下積みで習得した歌やダンスを活かせるので、トークが人並みでも人気が出やすい。


「私の前世は別動画サイトでの配信者。さらにその前世は地下アイドルです」

「両方ともが前世なんですね……」


「だからもう若くないんです。先日アラサーを卒業しました。今が芸能活動として、最後のつもりで挑戦してます」

「え? アラサー卒業ですか!? 見えないです!」


「ありがとう。でも年齢がネックでほかの事務所には断られたのよ。けど、この事務所は拾ってくれました。だから絶対に失敗できないんです!」

「あの、なぜ俺にそこまで話してくれるんですか?」


 歌劇アンナを演じる宝塚さんの必死さが伝わった。

 前世の話なんて本来は秘密事項。

 初対面の相手になど絶対話さない内容だ。


「成功できるなら何でもします! 今の私には中村さんが必要だと思って話しました」

「俺なんてまだ配信1回しかしてない素人ですよ? 宝塚さんのお役にたてそうにないです。逆に俺にとっては、歌劇アンナの人気に便乗すればメリットが多いですけど……」


 俺が疑問を伝えると、宝塚さんは首を横に振る。


「あなたの対応力には、目を見張るものがあります。私はそこに魅力を感じているのです」


 対応力か。

 菜乃にも栗原専務にも言われたな。

 確かに、多少のトラブルなら乗り切る自信がある。

 でも、長年カレンに尽くして身についた能力だと思うと複雑だ。


「評価ありがとうございます。でも、宝塚さんが新人とコラボするのって、周りになんか言われたりしません?」

「節操なく手を出してプライドないのか、なんて言われるかもしれません。でもいいんです」


 そこで言葉を切った彼女は、まっすぐに俺の目を見つめた。


「私が令嬢キャラを選んだのは、単に悪役令嬢がブームだからです。Vtuberで成功すると決めたときから、体裁やプライドなんてどうでもいいのです」


 宝塚さんの覚悟を聞いて、心に衝撃を受けた。

 こんなになりふり構わず、目標へ全力な人なんて自分の周りにはいなかった。

 彼女の瞳は真摯で前向きで真っすぐで。

 最初は初対面でグイグイくるのでちょっと引いたけど、今はそれ以上に感激した。

 というか、すっかり尊敬してしまった。


「あの、栗原専務はなんと? 専務さえOKなら、俺は協力させていただきたいです」

「専務ならさっき説得しました。なので今からここで、ゲリラライブをしましょう」


「え? ええ! い、今ここで⁉」

「今です! 目の前に機材もあります。もともと事務所の機材はコラボ配信用ですし、キャラ素材も全部ありますから」


 エライことになった……。


 宝塚さんがふたりのキャラ素材をどこかから呼び出して、配信アプリを設定する。


 さっきまで視聴で使っていたモニターに「歌劇アンナのゲリラお嬢様ライブ」と書かれたキャラの動く壁紙が表示された。


◇◇◇


『ごきげんよう! 歌劇アンナ、ですの! 久しぶりのゲリラライブ、ですわよ~』


 さっきまでの会話口調とはまるで違うハイテンションで、語尾の「ですの」「ですわよ~」を特に強調している。


《ごきげんよう!》《わーアンナ様》《ご機嫌よう》

《ゲリラライブ見れた!》《運いいぞ》《ツイてる》


『みなさま~! わたくしのゲリラライブを拡散お願い、しますわ~』


 宝塚さん演じる歌劇アンナが可愛く手を振る。


 Vtuber歌劇アンナは、ひと目で貴族令嬢と分かるそれだ。

 ピンクブロンドに縦ロールのいわゆるドリルヘア。

 首筋と肩から胸元までが大胆に露出した、ひらひらのパーティドレスを着ている。

 さらに新婦が身につけるような薄手の白手袋をして、ドレスの裾からちらちらヒールが見えていた。


『今日は特別ゲストを呼んで、ますの~!』


 宝塚さんのセリフと共に背景が、らせん階段のあるロビーから大広間へ変わる。

 さらに俺、カルロスの立ち絵が表示された。


 本当は違うブースから配信すれば、俺も動きのある2Dキャラが可能らしい。

 だが宝塚さんから是非にと言われ、ひとつパソコンからふたりで配信することになったのだ。


『あ、どうも。この前デビューした、ナカムラ・カルロス・ケンタです』

『どうしたのかしら~? 体の動きがない立ち絵で、今日は元気がない、ですわね~!』


『分かるか?』

『もちろん、ですわ~! 妹さんが近くにいないから、ですわね~!』


『アンナは鋭いな! その通り! 妹がこの場にいるかいないかで、俺の体の活性は違うんだ。すべては妹に左右されるッ!』

『ないすシスコン! ですわよ~!!』


 ないすシスコンってなんだよッ!


《なにこれ》《息ぴったりか!》《シスコンwww》

《アンナに負けないキャラとか!》《濃いーなコレ》


『ところで俺は何で呼ばれたんだ?』

『あなたが女性を泣かせるって、ナノンちゃんから聞きましたの! どうなんですの?』


《カルロス女泣かせるらしいぞ》《ナノン言ってた》

《相手に興味あるフリして実はシスコンで女泣かす》

《ゴミだな》《シスゴミ》《シスコンなら仕方ない》

《シスコンに悪人はいない》《シスコンこそ正義!》


 早くもナノンが迷惑配信した効果が出てるな!

 これで俺は、女性Vtuberのファンたちを敵にまわすハズなんだが……。


 どうしてこんなにシスコン派がいるんだよ!

 俺の味方、結構多いじゃないか!

 完全に想定外だぞ……。


『俺は好きな人だけに一途! ただその相手が妹だというだけだ。純愛なんだ!』

『純愛! イイですわ~! わたくしは禁断の恋に憧れますの~。誰か、わたくしの身を焦がしてくださらない~?』


《シスコンて純愛なのか?》《妹に一途は問題なし》

《なんかカルロス悪くない気がする》《妹ひとすじ》

《アンナちゃん私どう?》《女相手ならOKよね?》

《ユリ令嬢とかどうなの?》《ありかもしんない!》


 このゲリラライブ開始時の同時接続は、たったの100程度だった。

 直前に宝塚さんがSNSでゲリラライブを告知しただけで、すぐに配信を始めたので仕方がないだろう。


 だが一瞬で同時接続は1000を超え、ゲリラライブの終了時には1万に届く勢いで爆増していた。



※現在のチャンネル登録者数

聖天使ナノン

 登録者14万人

ルリア・カスターニャ

 登録者104万人

ナカムラ・カルロス・ケンタ

 登録者2.5万人

歌劇アンナ

 登録者151万人

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る