第25話 初配信が完璧な訳ない

 先週の金曜は、配信用のパソコン設定やデビューに向けた打ち合わせなどで、Vtuber事務所のみんなが俺の家へ来てくれた。

 ところが、女性は3人以上集まると暴走する。

 俺の部屋は女子に荒らされて、ベッドで寝られるわ、エロ漫画は発掘されるわで、ろくなことがなかった。

 あ、ちゃんとパソコン設定と打ち合わせはできた。


 昼休みに校舎の屋上で待っていると、菜乃と瑠理がやって来た。


「健太のデビュー、今日よね?」


 菜乃はいつ頃からか、瑠理がいても俺を名前で呼び捨てするようになった。

 俺の方も、瑠理の前で菜乃を呼び捨てしている。

 ほら、瑠理も呼び捨てだしね。


 瑠理が俺の右側に座るとお弁当を広げた。

 すると、菜乃が俺の左側に座ってお弁当を広げる。

 最近、屋上で彼女らと昼飯を食べている。


 俺は待ちくたびれたので、すぐに焼きそばパンを食べ始めると、瑠理に背中を叩かれた。


「私がばっちりフォローしてあげるから平気よ。ちゃんと決めた通り進行するし」


 デビュー配信は普通ひとりでやるもの。

 なのに、瑠理が好意でコラボしてくれるのだ。

 もちろん菜乃も一緒にやりたいと言ったが、さすがにそれはナシにした。

 確執のある聖天使ナノンが一緒にコラボするのは変だし、デビュー配信なので視聴者も混乱する。


「ねえ、菜乃。最近、取り巻き女子とごはん食べてないけど、彼女たちはいいの?」

「平気。お昼だけ瑠理ちゃんと食べるって言ってあるから。他はいつも彼女たちと一緒にいるのよ」


 そのお昼が一緒の理由は、瑠理が俺との距離を詰めるかららしい。

 そんな馬鹿な。

 でも昨日、電話で菜乃にハッキリそう言われた。


「それよりも健太。美崎さんはあれからどう?」

「今までと変わらないかな。普通に会話するし」


 俺が菜乃の問いに答えると、瑠理が補足する。


「彼女、今まで通り健ちゃんに話しかけてるよね。私はカレンちゃんを挑発したくないから、彼女の前では健ちゃんに話しかけるのを控えてるんだ」


 カレンは確実に俺の行動を意識してると思う。

 俺はカレンをよく知っている。

 この前は相当モメたけど、あれくらいで彼女の考え方が変わったりはしない。


「健ちゃん、今日はデビュー配信に集中して!」


 瑠理がまた俺の背中を叩いた。

 こらこら、牛乳を飲んでるときに叩くなよ。


「私も健太の初配信、見るからね! 瑠理ちゃん、健太を頼んだわよ!」


 菜乃が大真面目で言った。

 菜乃演じる聖天使ナノンは、俺演じるナカムラ・カルロス・ケンタと確執がある設定。

 今日のカルロスのVtuberデビューを受けて、早速菜乃が迷惑配信を計画するのだ。



 家に帰った俺は、配信の2時間も前から準備する。

 初配信で失敗とか、俺は絶対したくない。

 自宅にいる瑠理ともやり取りして、コラボでスタートできるようにスタンバイした。

 今は、しばらく待て、と書かれた1枚絵が表示されている。


 いよいよだ。

 いよいよ、デビュー配信だ。

 これは緊張する。

 菜乃もこの緊張じゃ、放送事故くらいするよ。

 デビュー配信は、大半の人が失敗したりでグダグダになるらしい。

 いや、俺は絶対何事もなく無難に終わらすぞ!


 えーと?

 直前の同時接続は、ろ、6000だとッ!

 チャンネル登録数は……10000?

 登録数に対して同時接続が多すぎるだろ!

 大多数は興味あるけどファンじゃないってこと?

 それでも多いよな、これ。

 俺はSNSでまったくPRしてないんだから!

 これは事務所の力??

 いや、ナノンとの確執の影響の方か……。


◇◇◇


『えーと、これでいいのかな? どもカルロスです』


《生ケンタ》《ちゃんと名前教えて》《ケンタだろ》

《ル、ルリアがいる!》《なんで?》《ケンタ説明》


 俺、カルロスのキャラ絵は、黒髪で少しホリの深いスパニッシュ系。

 白いシャツを着ており、胸元が少し見える。

 笑うと見える歯は芸能人のように白い。

 自分でも思うが、かなりの男前である。

 俺を描いてくれたママ、ありがとう!


『あ、ナカムラ・カルロス・ケンタです。この人は先輩のルリア・カスターニャ』


《待ってたぞケンタ》《カルロス男前》《精悍だな》

《ルリアー!》《なぜにルリア》《意味がわからん》


『まさか我輩を知らん奴はおるまいな。軍人ルリア・カスターニャだ。まあ、こやつの先輩だな。しかしだ。なぜ我輩が呼ばれた?』

『おいおい、ルリア先輩。今日は俺のデビュー配信だよ? ちゃんと説明したでしょ? 先輩は俺のサポート!』


『バカモノ。何をやるかは参謀本部から聞いておるわ! なぜ我輩なのかと言っている!』

『暇だからじゃない?』


 うーん、流れを打ち合わせて本当によかった。

 ルリアとカルロスの関係性ってまだ曖昧だしな。

 導入くらいは決めとかないとやりにくい。


《早速もめてる》《マジでなぜにルリア?》《謎》

《ルリアお守り》《ルリア激おこ》《ルリア可愛い》

《カルロスくず臭》《ひとりでデビューむりでちゅ》


 ルリアは登録者100万人を超える人気者で、知名度抜群。

 デビューも2年以上前なのでカルロスにとって先輩中の先輩だ。

 そんな相手に対して俺は、無礼にも偉そうな口をきいて対等に振る舞う。

 でもこれでいい。

 カルロスはナノンに対立するヒール役。

 ほかのVからも嫌われるくらいでちょうどいい。


『普通はみんな、ひとりでデビュー配信するのだぞ。せっかく先輩が助けてやろうというのに、貴様のその態度はなんだ!』

『言っただろ。俺は誰にも媚びないんだよ。好きになっても無駄だぞ?』


『お、お前なぁ! 我輩がいつお前を好きだと言った? 先輩としてだと言ったではないかっ! 同期がいないから気遣ってやってるのに!』

『色仕掛けは通じない。俺は硬派なんだ!』


《会話通じない》《日本語でおk》《ルリアが不憫》

《カルロス硬派なんだ》《ルリアには興味なし?》


 事務所のVに手を出さないと視聴者に思ってもらえるように、カルロスは硬派キャラでいく。

 これならほかの女性Vtuberに迷惑をかけない。


『分かった分かった。もういいから、さっさと自己紹介してくれ』


 ルリアが打ち合わせ通りに、自己紹介をうながしたときだった。


 俺の部屋の扉がノックされた。

 いやノックされても困る、返事ができない。

 おかしいな。

 母さんには配信するって言ったのに。

 考える間もなく部屋の戸が開けられてしまった。

 ああ、カギがないんだよ、俺の部屋の戸は!


 制服姿で登場した真利が、パソコンに向かう俺を見つけた。


「もう、健太にい。いつの間に帰ってたのよ」


 わああああーーーー!!

 真利ィィイイ!!!!

 今しゃべっちゃダメだろう!!





※現在のチャンネル登録者数

聖天使ナノン        登録者13万人

ルリア・カスターニャ    登録者105万人

ナカムラ・カルロス・ケンタ 登録者1万人

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