第18話 幼馴染みの焦りと予告

 ナカムラ・カルロス・ケンタとして、Vtuberデビューすることになった俺は、週末にパソコンを買いがてら菜乃との秋葉原デートを堪能した。

 金曜日には、いよいよパソコンが届く。

 Vtuberデビューはその後だ。


 週明けの月曜、俺は駅からの道をひとりで学校まで歩く。

 菜乃と付き合い始めてもうすぐ一週間。

 どうやら学校一の美人からの脅迫は、夢でもまぼろしでもなかったようだ。

 昨夜も今朝も《おやすみ》《おはよう》のやり取りをしてしまった。


 菜乃のことを考えてニマニマしながら歩くが、ふと昨夜にカレンから来たメッセージを思い出す。


《ひとりなら迎えに来てよ》


 俺はやんわりと断りの返事をした。


 みんなに秘密とはいえ、俺は菜乃と付き合っているのだ。

 彼女がいるのに、別の女子と待ち合わせして登校するのはよくないだろう。

 それがたとえ、幼馴染みといえどもだ。

 それにカレンには前田がいるはず。

 俺は普通の対応をしたつもりだったが、カレンからの返事はなかった。


「よう、カルロス」

「ナノンとの確執って何?」

「カルロス殿の調子はいかがでござるか?」


 教室に着くと、瑠理の席に集まっていたゲーム好き男子どもが、俺に向かって声をかける。

 瑠理がそれを見てゲラゲラ笑った。


「ぼちぼちだよ」


 変に否定するとおかしくなるので、調子を合わせて返事をする。


「お、健太が認めた!」

「やっぱ、おまえがカルロスだったか!」

「中村氏、ルリア様の紹介を頼むでござる!」


「いやいや。俺だってルリアを紹介して欲しいから」


 俺が邪魔くさそうにすると、みんな口々に「だよなー」と声を揃えて散っていった。


 おーい。

 おまえらは今の今まで、ルリア・カスターニャの真ん前にいたんだぞー。


 瑠理と目が合ったので互いに笑いをこらえる。

 そこへカレンが教室に入って来た。

 彼女は俺のことをちらりと見て不機嫌そうにすると、目をそらして席に座った。


 ま、仕方ないよな。

 だいたい彼女が俺と距離を置きたいと言ったんだ。

 俺の方はもう次のステップに進んでいる。

 今さら全て元通りというのはできない。


 すると、瑠理が近くにきて小声でたずねた。


「準備は進んでる?」

「日曜に秋葉原へパソコンを買いに行ったよ」


 俺も小声で返すと、瑠理はカレンのことを横目で見てから、俺の肩を人差し指で突いた。


「なんだぁ。誘ってくれればよかったのに。秋葉原なら私と一緒に回れば絶対楽しいのに」

「詳しくないから、菜乃に付き合ってもらったよ」


 菜乃と付き合っているのは秘密だが、パソコンを買うという大義名分があったので、正直にふたりで行ったと伝える。


 すると、瑠理は驚いた後に頬をふくらませた。

 瑠理よ、なぜおまえがふくれる?


「ねぇねぇ、パソコンはいつ届くの?」

「金曜日だな」


 それを聞いた瑠理が目つきを鋭くする。


「じゃあ、セッティング手伝いに行ったげるね!」

「え!? 瑠理がか? 俺の家に?」


「そうだよ。OSのアプデとかウィルス対策ソフトとか、当然今度使う配信アプリも入れないと。メールサーバーとリンクさせたりとかもあるね。それともパソコンを自力で設定する自信あるの?」

「……ないけど」


「じゃあ、決まりだね!」


 彼女は強引に話を決めると、始業のチャイムと同時に自席へ戻って行った。

 なんとなくだが、カレンがこっちを気にしているように感じた。



 今日は菜乃と顔を合わす機会がなく、下校の時間を迎える。


 彼女の顔を見れなくて残念に思いながらも、メッセージで明日の放課後にお茶する約束をした。

 毎日でも逢いたいが、一日くらいは我慢しよう。

 ウザがられても困るし。


「健太ー、今帰りー?」


 帰り際、下駄箱で靴を履き替えていると、お馴染みの声で話しかけられた。

 カレンだ。


「ああ、そうだよ」


 駅へ向かって歩き始めた俺にカレンが歩調を合わせてくるので、そのまま一緒に歩く。


 別にカレンと絶交した訳じゃない。

 ただ、彼女から距離を置きたいと言われたのが切っかけで、一緒に登校しなくなっただけ。

 内緒で菜乃と付き合ってるけど、別にカレンと仲悪くすることもない。


「最近さー、健太は付き合い悪いよねー」

「そ、そうか? 別に普通だよ」


「ホントにー?」

「ああ、一緒に登校しなくなっただけだし」


「じゃあー、今からファミレス付き合ってくれる?」

「え、えーと……いいよ。うん」


 ふたりして駅前のファミレスに入る。


 カレンは俺といるところを、前田に見られてもいいんだろうか。

 俺は菜乃に見られたら気まずいというか。

 ま、幼馴染みとお茶するだけだけど……。


「最近何かー、健太に女っ気増えてなーい?」


 カレンが俺をじろりとにらんできた。

 それはたまたま菜乃がそばにいたり、瑠理が話しかけてくるからだと思う。

 でも切っかけは、カレンが俺と距離を置きたいと言ったからなんだけど。


 それからカレンはしばらく黙ってジュースを飲んでいたが、唐突に口を開いた。


「あのねー。私ー、前田と付き合ってないよー」

「そうなんだ。付き合ってるのかと思ったよ」


 カレンは急に前田との関係を否定してきた。

 確かに気になってたけど、自分からどうしたんだ?


「もう前田との登下校もないんだー」

「そうか。まあ、付き合ってないんだもんな」


 何と答えていいか分からず、適当に相づちを打つと不機嫌になったカレンが声を強める。


「だからさー健太ー。また一緒に帰ってやってもいいって言ってんの! どうせ前田に遠慮してたんでしょー?」

「いや、別に遠慮してないよ。いいよ、ひとりで通うよ」


 俺が手を振ってなるべくソフトに断ると、俺の返事が気に入らなかったのか、カレンが大声をあげた。


「はあ? こっちが譲歩してやってんの! あんたいい加減にしなよ? 返信すら偉そうに拒否ってさ! さっさと、今までみたいに従いなさいよッ!」

「……ごめん。俺帰るわ」


 もう……うんざりだ。

 カレンは幼馴染みの俺なら、言うことを聞かせやすいとでも思ってるのか?

 正直、俺は女性に振り回されるのが嫌いじゃない。

 だからこれまでカレンに振り回されつつも、何とかやってこれてたと思う。

 だけど気づいたんだ。

 同じ男を振り回すにしても、相手を気遣い、思いやる人もいるんだということを。

 菜乃は愛情を持って、優しく俺のことを振り回してくれる。

 菜乃とカレンじゃ、天と地ほどの違いがあるんだ。


 さっさと席を立ち、会計をする俺にカレンが歩み寄ると指をさして大声をあげる。


「あんた、何イキってんの!? 姫川とか栗原に優しくされて、その気になってんじゃないわよッ!!」

「……」


「誰にも見向きされなくなって、またすり寄ってきても相手してやんないわよ!」

「……カレン」


「何よ? やっと謝る気になった?」

「……もう……いいだろ」


 俺は、カレンの大声と他の客の視線を浴びながら、外へ出るため扉を開ける。


「私にとったその態度、覚えてなよッ! 健太に手を出すアイツらをぜーったい酷い目に合わせてやるからね!」


 俺が店を出るときに、菜乃や瑠理への報復予告ともとれるカレンの罵声が響いた。

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