幼馴染に彼氏ができて絶望していた俺は、学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberって何それ? 俺困るの?

ただ巻き芳賀

 第1話 愛の告白は脅迫だった

「で? どうするの? 彼氏になってくれるの?」


 校舎裏に呼び出された俺、中村健太は、いきなり難題を吹っかけられ返答に窮していた。


「あの……言ってる意味がよく分からないんだけど」

「だから、健太は私と付き合いなさい!」


 目の前には学校一の美人、姫川菜乃。

 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気を持つ女子だ。


 見た目の美しさと凛とした雰囲気もあって、女子生徒には大人気で取り巻きがいるほど。

 今まで多くの男子生徒が告白し、ことごとく散っていった我が校で最も高嶺の花。


 さっき姫川菜乃に呼び出されてふたりして校舎裏への移動中も、やじ馬が凄くて彼女が解散させていた。


 そんな彼女からの告白。

 普通なら小躍り必死な展開だ。


「姫川さんがなんで俺なんかを⁉」

「決まってるじゃない! あなたを好きだからよ!」


 彼女は俺のことを好きだと言うと、急に恥ずかしくなったのか、頬を染めて顔をそらした。


「好き⁉ 姫川さんが? 俺を⁉」

「菜乃って呼んで」


 この会話だけなら普通に告白されたように見えなくもない。

 ちょっとツンな激カワ美女が、この告白を機に俺だけにデレていく、そんなパターンなら普通にこちらから願ったりなんだけど。


 なにせ俺はついさっき、想いを寄せる幼馴染みの美崎カレンにフラれて絶望したばかりだ。

 いや、フラれたというのは正確じゃない。

 カレンに彼氏ができたと言われたのだ。

 だから、もう一緒に帰れないと。


 ずっと好きだった美崎カレン。

 物心つく幼稚園のころから彼女だけを見てきた。

 なのに彼女は俺以外と付き合うという。


 俺は恋心を伝えてはいなかったが、同じクラスで仲良く過ごしていたし、この先もこんな日々が続くんだろうと思っていた。

 でもそんな未来はもう来ないと今日判明したのだ。


 絶望真っ最中だった俺に、なんと我が校のアイドル、姫川菜乃が救いの手を差し伸べた。

 正直、ずっと好きだったカレンのことをすぐに忘れられやしない。

 が、それでも誰かに好意を向けられると救われる。


 しかも好意を寄せてくるのが、学校一の美人。

 普通なら、こんな素敵な話を逃す手はない。


 だけど、彼女の告白は普通じゃなかった。

 姫川菜乃は俺を脅迫して、恋人同士の付き合いを要求したのだ。


「な、菜乃さんそれって……」

「呼び捨てされたい。お願い、菜乃って呼んで」


 こんな美人に上目遣いで頼まれて断れる訳がない。


「ねえ……菜乃。それ断ったら……どうなるの?」


 まだ少し頬の赤い彼女は俺の顔をじっと見ると、勝ち誇ったように笑った。


「言ったでしょ、健太が困ることになるわよ」

「どう困るのかが分からないよ。もう一度教えて。恋人になるのを断ったら、菜乃はどうするの?」


 俺にはどうしても彼女の主張の意味が分からない。

 なのに菜乃は脅迫してるつもりのようだ。


 俺が改めて問うと、菜乃は最初に脅迫したときと同じようにいたずらっぽく笑った。


「付き合わないと、私、迷惑系Vtuberになるわよ」


 分からない。

 これで俺がどうして困るのか。

 だいたい迷惑系Vtuberってなんだ?


「どう困るの?」

「教えてあげないわ」


「うーん。そもそも菜乃はVtuberなの?」

「それは明かせないわ。身バレの危険がある告白は絶対ダメと事務所から言われてるの」


 そんなのもう明かしてるのと同じじゃないか。

 菜乃は隠しごとができないタイプか?


 それにしても、好きなはずの相手を困らすぞと脅迫するのは怪しすぎる。


 俺はずっと好きだった幼馴染みのカレンに彼氏ができたと知って、ついさっきショックを受けたばかりなんだ。

 この上、変な冗談でカラかわれたら、ダメージが深刻すぎて明日から学校に通う気力が湧かないだろう。


「もしや、なんかの罰ゲームで俺に告白してる?」

「私、相手に悪いからそういうことは絶対しないの」


 罰ゲームでも、ハイそうですと言わないだろう。

 だけど彼女の眼は嘘をついているように見えない。

 人をからかったり、馬鹿にすることが本当に嫌そうに見えた。


 でも迷惑系Vtuberとか、訳の分からないことを言ってくるのも気になるし。


「菜乃みたいな美人と付き合うなんて嬉しいけど、俺まだ君のことをよく知らないし、まず友達から……」


 不審に思った俺がはぐらかそうとすると、菜乃は悲しそうにうつむいた。


「私じゃダメ、なのかな?」

「あ、いや、そういうことじゃ! ほら、俺はまだ菜乃のことをよく知らないし」


「幼馴染みの美崎さんが好きだから?」

「そ、それは……。好きだけど付き合ってる訳じゃないし……関係ないよ!」


 カレンと付き合ってるのが俺じゃない事実にイラついて、ムキになって否定したら菜乃が落ち込む。


「やっぱりそうなんだ……」


 菜乃は俺がカレンを好きだと知っていた?

 いや、好きなんだと推測したんだろう。

 俺とカレンはクラスであれだけ親しくすごしてるんだ、その様子を菜乃が見ていても不思議じゃない。


「カレンには彼氏ができたんだ」

「え? そうなの?」


「だから俺は彼女をすっかり諦めたんだ」


 なぜだか分からないが、カレンに彼氏ができたことを伝えてしまった。

 本当は俺が言いふらすことじゃないのに。

 だけど、誰よりも美しい菜乃が、悲しそうにうつむく姿を俺は見ていられなかった。

 だから、本当はカレンのことを諦めきれないのに、すっかり諦めたと嘘をついた。


 カレンを諦めたという俺の言葉に、菜乃の顔は花が咲いたようにぱあっと明るくなった。

 笑顔の彼女に俺はたじろぐ。

 そして、息が止まるほど緊張した。

 笑った彼女はとんでもなく美しかった。


「じゃ、じゃあ、私のことを知ってもらえたら、健太は付き合ってくれるの?」

「そ、そうなるのかな? とりあえず友達から……」


「なら善は急げよ。今日私の家に来て!」

「ええ⁉ 今日⁉」


「そしたら迷惑系Vtuberのこと、教えてあげる!」


 魅力的な彼女の気になりすぎるセリフのせいで、放課後の俺の予定が決まった。


「なら、カバンを取りに教室に戻ろう」

「一緒に行きましょう」


 教室には掃除当番のカレンがいるはず。

 彼女は帰る相手ができたと俺に言った。


 だから一応、俺も伝えてやるんだ。

 俺にも一緒に帰る相手がいるから気にすんなって。

 誰もが認める学校一の美人と一緒に帰ると!

 まあ、菜乃と一緒に帰るのは今日だけと思うけど。


 大好きなカレンへの精一杯の負け惜しみだ。

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