52 和馬と花山さん
「そんなに好きなら何で別れたんだよ? 一度は付き合ってたんだろ?」
花山さんとの事を聞いてみる。
一旦落ち着いたオレたち。オレは気が抜けて階段に腰を下ろしていた。右手にある壁の側に置いていたコンビニのレジ袋から紙パックのカフェオレを取り出し、振り向いてドア横の壁に背を預けて立つ和馬へと投げる。キャッチした和馬は奥のロッカーの方へ視線を逸らし、ボソッと何か言った。多分、礼だろう。オレもストローを刺して一息つく。
「別れる気はなかったさ。でも、気持ちが揺らいでた事もあった」
神妙な声の後にズゾゾ……とストローを啜る音が聞こえた。
「もう飲んだのか? はえーよ」
呆れた目で後方を向くと、空になって握り潰された紙パックが放り投げられてついキャッチしてしまった。仕方なく袋に戻す。背中に和馬の声が届いた。
「ほら、美南ちゃんって可愛いだろ? 俺なんかで釣り合うのか不安になってた時期があって。俺が一方的に好きなだけで、美南ちゃんは本当は俺に合わせてくれてるだけなんじゃないかって。それで試すような事しちまったんだ」
足元の階段を見つめながら和馬の話を聞いた。……その気持ちは何となくだが分かる気もした。
以前、柚佳と篤がオレの知らない関係だと嫉妬していた時に柚佳を追い詰めて泣かせたいと思った事があった。冷たい態度を取ったり不機嫌になったりして、それでも柚佳はオレの事を好きでいてくれるのか知りたかった。
「他の女の子と仲良さそうに喋ってたら妬いてくれるかなって、教室で決行して美南ちゃんの様子を見てた。美南ちゃんが少しイライラしてきてよしっ! 俺も好かれてるぞ! と実感したのはよかったんだ……」
「いや、よくないと思うけどな」
オレのツッコミには応えず、和馬は話を続ける。
「喋ってたクラスの女子が勘違いしちゃってさ。俺がその子の事を好きだって噂が流れちまって。あの頃、美南ちゃんと付き合ってるの秘密にしてたから余計に拗れて。美南ちゃんに愛想尽かされた。ははっ」
笑っている和馬を横目に睨む。全然笑えない。
「でも、好きなんだよな? 花山さんの事。今でも。オレと柚佳の仲を妨害しても篤と付き合わせたくなかったんだろ?」
「……ああ。きっと死ぬまで好きだよ」
「それ、花山さんに直接言えばいいのに」
「美南ちゃんは俺が本気じゃないと思ってる」
美少女姿の和馬は下を向いて自嘲するように微笑した。
赤みを帯びた光がドアの上にある窓から差し込む。少し俯いた親友の、陰になった場所にいても光を宿す意志の強そうな瞳が印象的だった。
「それでもいい。何度でも言うから。いつかちょこっとでも伝わるだろ。あっでも、美南ちゃんが他の奴と付き合うのは我慢できないから妨害しまくるけどな!」
余計な事を付け足してきた。オレは自分の頭を押さえ下を向いた。
「か~ず~ま~」
低く、くぐもった声が響いた。
「ひえっ?」
少しビクついた和馬は横に目を移す。奥のロッカー側面にある悪霊の顔に似た錆が不気味に唸ったようにも感じられる。
「ま、まさか?」
何かに気付いた様子で、泡を食った顔をしてロッカーに近付き扉を開けている。
「うわあっ!」
叫んで床に置いてあったバケツに足をぶつけている親友を見守った。
ロッカーの中から悪霊にも劣らない顔をした花山さんが出て来た。
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