30 花山さんと篤の関係


 ゆっくりと花山さんが柚佳を見上げる。緩慢な動きで再び前を向き、机の上に視線を落としている。その表情は意外にも穏やかで微笑むように少しだけ口角が上がったのが見えた。



「知ってたよ? 沼田君が私の事を好きじゃないのも。柚佳ちゃんが沼田君を好きなのも沼田君が……柚佳ちゃんを好きなのも」



 花山さんが小さく笑いながら言う。


「フフフ。あーあ? 振られちゃったぁ」


 立ち上がって背伸びをした彼女は清々しく輝くように破顔した。



「お互い辛いねぇ……桜場君?」



 何故か急に、彼女は篤へ話を振った。


 成り行きを見守るように柚佳と花山さんの方に目を向けていた篤はその双眸を細めた。顎に指を当て口元だけで作られた笑顔がいつもの篤の爽やかなイメージと違い、RPGとかに出てくる敵キャラ……魔王のような強敵の不気味な笑みを彷彿とさせた。



「なるほどね。あの『情報屋』はもしかして花山さんの差し金? 俺が振られて満足?」



 篤が、さも面白そうにクツクツ笑っている。


「まぁ、何の事かしらぁ?」


 とぼけているようなわざとらしい口振りで花山さんが言った。椅子に座り直した彼女は机に右腕で頬杖をついてニコニコしている。花山さん同様篤も微笑みを浮かべ、ゆったりとした動作で歩き出した。


 篤が花山さんの側で立ち止まった。机に片手をついて上半身を屈め……。彼女の頭の近くで声を潜めるように問われた言葉は、けれどよく響いた。



「花山さんって本当に沼田君の事、好きだったの?」



 花山さんはフフッと笑い「あら、嫌いなように見えた?」と答えた。篤は身を起こして首を竦めた。



「いや……。確か二週間後が花山さんの番だったから気になってさ」


「まぁ。覚えててくれたなんて光栄だわ」



 花山さんがパッと花が咲くような笑顔を見せる。



 二人の会話を教室入口で聞いていたオレは少し考えて思い至る。ああ、花山さんは二週間後に篤の一週間限定彼女になる予定だったのか。



「じゃあ何で篤じゃなくてオレに言い寄ってたんだ?」


 疑問が思わず口から漏れた。



「フフフ。桜場君は柚佳ちゃんの事が好きかもって前から女子の間で噂になってたんだ。でも柚佳ちゃんは沼田君が好きっぽかったし沼田君は柚佳ちゃんが大好きみたいだったから大丈夫かなって思ってたんだけど……いつまでも二人がくっつかなかったら桜場君と柚佳ちゃんがくっつくじゃん! って焦ってるところへ沼田君からラブレターもらっちゃったのよね、何でか私が」


「オレは書いてない!」


 花山さんに強く言っておく。花山さんはそんなオレに苦笑いした。


「その時はまさか偽物とは思わなくて悪い考えが浮かんじゃったの。桜場君を柚佳ちゃんに取られるんだったら私は沼田君を取っちゃおうって。でも沼田君の反応見たらラブレターが偽物だって分かった。沼田君誘惑作戦は失敗して怪我の功名で二人がくっついちゃって……桜場君には本当にごめんね?」


 右頬の下に手を合わせて可愛く「ごめん」のポーズをしている花山さんに、女子の恐ろしさを感じずにはいられなかった。



「ああ、大丈夫だよ」


 篤は平然と微笑んだ。



「一井さんへした告白の返事は来週もらう予定だから。それまでに沼田君より俺を好きになってもらえばいい話だよね? ちょうど今日一緒に帰ろうって一井さんに誘われてたところだったんだ」



 悠然と笑う篤の台詞が耳に木霊した。

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