27 明るみに出る
誤解を解くなら早い方がいい。これ以上事態がややこしくなる前に。
昼食を手早く済ませた。ちょうど柚佳たちの女子グループも移動させていた机を元の位置に戻しているところだった。運び終わって椅子に座ろうとしていた柚佳の横に立った。
彼女がオレを見る。その顔にどのような感情が浮かんでいるのか怖くて思わず右下に視線を逸らした。
「少し話がしたい。……いいか?」
聞いてみたけど柚佳が黙っているので恐る恐るその顔を目に映す。
「……っ」
言葉を失った。心臓が痛くなる。憎悪の籠もったような目で睨まれていた。想像以上に彼女を傷付けていたんだと知る。
「ちょうどよかった。私も話があるの。――来て」
柚佳は左手でオレの右手首を掴み歩き出した。
「え、あ、う、うん……」
戸惑いながらも引っ張られるままそれに続いた。
教室の前の方の席の子と喋っていたらしい花山さんがこちらを見ている。柚佳を。柚佳も彼女たちの横を通る時、花山さんを見ていた。けれど言葉を交わす事はなくオレたちは教室を出た。
柚佳に手を引かれる格好で廊下を進む。廊下にいた他のクラスの奴らが何事かとこっちを見ていたが彼女は気にする素振りもなく、らしくない少し荒っぽい足取りで廊下を抜ける。
普段学校であまり感情を表に出さず目立たないよう振る舞っている様子だった柚佳の、この変化は何を意味しているのだろう。
階段を一番上まで上った。屋上への扉の前に踊り場くらいのスペースがある。ドアの上にある明り取りの窓と下の踊り場にある大きめの窓からの外光でそんなに暗くない場所だ。
そこまで来て一つの可能性に思い至ってしまう。
もしかしてオレ愛想つかされた? 振られる?
柚佳が手を放した。だけど胸の内を不安で渦巻かせていたオレは離れたばかりの彼女の手を掴む。
もう一度、柚佳の顔を見た。さっきまで見えていた湧き出す怒りのような表情は隠されていた。少し不快そうに繋がれた手へ視線を落としている様子に事の重大さを痛感する。
……嫌われた。そう思った。
でもオレには掴んだ手を離す事ができなかった。もう、柚佳を手放すなんて事考えられる筈ない。やっと手に入れた、オレのものになったと思っていた彼女の心。嫌われても「別れよう」と言われても絶対に別れない。彼女が留まってくれるなら惨めに縋っても、何をしても。
覚悟を決めた時、掴んでいた手を振り払われた。まさか柚佳がそこまでするとは思っていなかったので驚きで目を見開いた。呆然と払われた右手を見る。
「海里、私に言う事はある?」
穏やかな口調だった。怒りを堪えているような暗い瞳で彼女が聞く。その迫力と極度の緊張でオレは唾を飲み込む。
何て言うのが正解なんだろう。彼女を繋ぎ止めるには。
迷ったけど率直に言った。
「別れたくない」
目を大きくした後、柚佳はフフッと微笑んだ。
その時オレの背中に今までに感じた事のない悪寒が走った。すぐに『間違えた』事を悟った。
「自分がした事は分かってるんだ?」
笑って細めた目でオレを見ている。
「えっ……と、花山さんの事だろ? 今日一緒に帰れなくてごめん。今日だけだから。次は絶対ことわ……」
「跪いて」
オレが喋る途中で、柚佳が声を荒げた。
「え……」
「今すぐ、ここに。跪いて」
困惑していたけど、彼女の指示に従いその場に膝を突く。壁を背に膝立ちで彼女を見上げる。
柚佳は微笑んでいた。さっきまでの怒りを隠すような笑顔とは違い、泣くのを我慢しているようにも見えるその笑みは澄んでいて慈悲深い女神のような美しさがあった。
「足りなかった?」
「え?」
「キス」
柚佳の言っている事への理解が及ばず首を小さく傾げた。
彼女は自らの制服の左ポケットから何かを取り出した。それをオレの近くの床へ落とした。くしゃっと握り潰されたような紙。
……写真。
見なくても分かる。あの写真だ。頭の中が真っ白になる感覚。何か言わないと。否定しないと。でも何て言えばいい?
ポニーテールを解いた柚佳と眼差しが合わさる。その髪がオレの顔に掛かったと知った時には彼女の唇を感じていた。
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