11 答え
篤と柚佳が教室の端と端から意味深な視線を交わしているところを目撃したのはオレだけではなかったようで、放課後には噂や憶測がそこかしこで囁かれている気配がしていた。
「一井さん」
テスト週間が始まり部活が休みなので帰り支度をしていた柚佳にクラスの女子三人が声をかけている。
「ちょっと来てほしいんだけど」
彼女たちはそう言って柚佳を教室から連れ出そうとしている。篤との事を聞く為だろう。オレは柚佳が心配になった。
篤はモテる。奴を好きなのは今日振られていた子以外にも期間限定彼女の順番待ちをしていた彼女予定だった子たちや元彼女等、大勢いる。篤の想い人である柚佳は、その全員を敵に回してしまう可能性がある。
柚佳は三人に従って教室前方の戸口へと歩いて行く。やはり何か危険があるかもしれないと思い、立ち上がって「オレも行く」と声をかけようとした。
「沼田君。私が行くわ」
オレより先に席を立った花山さんと目が合ってニコッと微笑まれた。
彼女は柚佳と女子三人の間に入って何か話している。小さめの声だったから少し離れたオレの席からでは内容が聞き取りにくい。やがて三人の女子たちは泣き出した。
啜り泣く三人に教室が静まり返る。嗚咽だけが響く。
一体何を言ったんだ、花山さん。
柚佳は泣き出した三人を見つめて固まったように動きがない。顔色が蒼白だ。
柚佳を連れて帰ろう。そう思い立ち上がった。だけどまた先を越されてしまった。今度は今、最も憎いアイツに。
「もしかして、俺の事で揉めてる?」
桜場篤は自然な動作で柚佳の隣へやって来て、有ろう事か彼女の肩を抱いた。教室のあちこちから「キャー」という悲鳴が聞こえる。
「ごめんね? 俺……、一井さんの事が好きなんだ。だから他の誰とも付き合えない。まぁ、まだ告白の返事はもらってないんだけど。皆には応援してほしいな」
とんでもない事を言ってのけた篤はニコリと屈託なく微笑む。啜り泣いていた三人の内、真ん中にいた一人がその場に頽れた。他の二人もしゃがみ込んで三人、肩を抱き合って泣いている。
「……という訳で、一緒に帰ろう? 一井さん」
好きな人へと奴の視線が注がれている。彼女の手を取られた。オレはもう限界だった。
「ダメだ。柚佳はオレと帰るんだ!」
言い放つ。篤の前まで進んで柚佳の手を奪った。柚佳が驚いたようにオレを見た。
……彼女が誰を好きでも、もう遠慮しない。オレにはできない。他の奴が柚佳に触れるのが、はらわたが煮えくり返るように嫌だ。
そのまま彼女の手を引いて教室を出る。柚佳が不安げに後ろを振り返っているのを、オレは見なかった事にした。柚佳の心が篤にある……その事実を見せ付けられているようで、大切にしていたものをズタズタにされた気分だった。
彼女の手を掴んだまま下駄箱の前まで来た。
「海里」
呼ばれたけど返事をしなかった。
彼女が靴を履き替え終わってから再び手を引いた。
鞄を教室に忘れた。それに気付いていたけど無言で坂を下る。
オレたちの通う学校は山の上の方にあって行き帰りには坂や階段が多い。普段バスで通学しているオレたちだけど今日はバス停を通り過ぎる。忘れた鞄の中に財布や定期券が入っていた。後で取りに戻らないといけないかもしれない。……柚佳は何も言わない。
学校からオレたちの家までは歩いて帰れない事はない距離にある。バス通りから少し外れて、細い階段を下る。歩きだとこの道の方が早い。
「柚佳ごめん。鞄は後でオレが取りに行くから」
下りながらやっとそれだけ言えた。先に歩くオレは彼女を振り返る勇気がない。篤から柚佳を引き離して連れて来た。オレの独りよがりな感情の命令するまま。
不意に、引いていた手を強く握り返され足を止める。
「行かないで」
後方から届いた言葉。意味を探る為、ゆっくり振り向いてその顔を見上げた。
「何で?」
瞳を合わせたまま問いかけた。柚佳は視線を下へ逸らして答える。
「分からない」
「本当に?」
オレは一歩、彼女に近付く。
「本当に分からないの?」
目線が、同じ高さになった。
「海里は分かってるの?」
頑なに目線を合わせようとしない幼馴染。
「今、分かった」
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