第3話 妹とASMR
「えー、すずえむあーる? 知ってるよー! でも急にどうしたの、にいに?」
午後八時半、家につき、リビングに行く。すると早速、助けになりそうな人が目の前にいた――それは、僕の妹、まるだ。
今は小四で、くりっとした目と、猫っ毛の髪。かわいい声と、思わず抱きしめたくなるフィギュア。かわいすぎる、僕の自慢の妹だ!
僕は早速まるに、えむさんについて知っているかを聞いたのだが……。
「チャンネル登録者も多くって、寝るときにわーって聞くの! もしかして、にいにもファンなの?」
「いや……はは、それは」
僕の妹――まるは、嬉しそうに僕の膝に乗っかってくる。予想通り、えむさんについてよく知っていそうだ。これなら、えむさんについて詳しく聞けるだろう。
「で、えむさ……すずえむあーるのえむとやらは、どんな感じなんだ?」
「えっとね、いつも、しょしゃ……しょ……そ、咀嚼音が、めっちゃえーえすえむあーるなの!」
「うーんかわいい」
頭を撫でてやると、肩下まである髪がふわふわと揺れる。小学校上学年だが、あどけさがぬけないところが、とにかくかわいい。
「それとね、すごくかわいいから、憧れちゃうんだっ」
「それは……まあそうだな」
まるに同意しながらも、僕は更に質問を重ねて見ることにする。
「じゃあ、さ……なにか雑談とかで、悩みとかを話してなかったか? 例えば……お金のこと、とか」
「えーっと……してないと思うっ」
「そうか」
なら、やっぱり、人に言えない事情があるのだろうか……と頭を悩ませていると、まるが僕の顔を掴み、ぐいっと持ち上げる。
「んむ」
「ねえ、にいに、もしかして、えーえすえむあーるが好きなの?!」
「……ま、まあそうだな」
いや、一応仕事なんだが……とは言えず、僕は愛想笑いを浮かべる。
「そっかあ! じゃあ、癒のえさんとか、アマテラスさんとかも知ってるんだ!」
「へっ……?」
いきなり知らない名前が飛び出してき、僕は目をぱちぱちとさせる。
「知らないのーっ!? 癒のえさんは雑談するASMR配信者で、アマテラスさんは登録者400万人の、超人気ASMR配信者じゃんっ!」
「はぁ……ははは、そういや知っているような知らないような」
ASMRの世界は深いようだ……とりあえず、まるが口にした名前をメモしておく。もしかしたら、なにかアルバイトに役立つかもしれない。
と、口ごもる僕のことを疑ってか、まるが頬を膨らませながらも迫ってくる。
「そういやえむちゃんが今日、新しい動画投稿してけど、それは見た?」
「……あ、揚げ物のやつか?」
「わっ、本当にファンだったんだ! 疑ってごめんね、にいに」
か細い声で口に出すと、まるは満足したようににこっと笑った。騙してごめんよまる、これにはいろいろ事情があって、他言無用なんだ……。
「じゃあ、まる、寝てくるねー! 今日はえむちゃんのえーえすえむあーるにしようかなあ」
「ああ、おやすみ」
まるが去るとリビングが静かになり、僕は今日起こったことを回想する。
途端、がたたっと階段付近で音が鳴り、
「薫、どうだったのー? 初めてのアルバイトは」
「ふあうっ!?」
いきなりお母さんが現れ、僕は悲鳴とともにソファーから転げ落ちた。
「ちょっ、ばっ……」
「あれ、珍しくスマホ触ってないじゃない。素晴らしい、素晴らしい」
「……言いたいことが山ほどあるんだけど!」
今日のこともありいらいらしていると、お母さんは冷蔵庫から水を取り出し、さっさと二階に上がっていってしまう。
「ちょっと!」
「あーそういや、マヤさんの娘さんに、薫の連絡先上げといたからね―」
「はっ!?」
言うことだけ言い、お母さんは逃げるようにして二階に上がってしまった。
「どういう……!!」
――ピコン、と通知音が鳴ったのはその時だ。
えむ〈こんにちはー、司馬くんの連絡先、もらっちゃった!〉
〈今日はごめんねー、隣人さんが来ちゃって〉
「ひあうっ!?」
あまりにもタイミング良くスマホが鳴り、僕は再度びびる。全く、さっきからホラーだ。やめてほしい。
「……返事、返したほうがいいんだろうな……」
僕は仕方なくメッセージアプリを開き、〈よろしくお願いします〉と打ち込む。一応先輩だから、敬語を使うようにしている。
えむ〈わ、返事はやい! お姉さん感激だあ〉
〈それで、明日のことなんだけど、同じ時間で大丈夫?〉
〈明日は、動画を撮ってるとことを見てもらおうと思ってる〉
〈最近流行ってるムーングミを食べたいなって! どう思うー?〉
早い早い早い!!!
ぱっ、ぱっとメッセージが届き、僕は慌てて返事をする。
《同じ時間で大丈夫です。ムーングミ、流行っているようですね、いいと思いますよ。明日も、よろしくお願いします》
えむ 〈堅苦しいなあ、心通わせた中でしょー? もっとラフにいこ?〉
いや、まだ出会って一日も経ちませんけど!? それに、心通わせたあ!? 何の話だ!
僕が返事をしないのを見計らってか、えむさんは更にメッセージを重ねてきた。
えむ 〈まあいいや、とにかくまた明日ね、司馬くん!〉
《よろしくお願いします》
色々と聞きたいことがあったが、それらを胸にしまい、僕は簡単にメッセージを送る。そして、チャット画面を閉じた。
「……僕も寝るか」
そして、いつもはだらだらと触るスマホをしまい、明日に備えて早く寝ることにした。
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