第1章:全ての始まりは東から

 


案内された場所は、建物内の中央にある大広間だった。


青龍はその広間にある最奥にある絢爛豪華(けんらんごうか)な椅子に腰掛けている。



「案ずるな。楽にして構わぬ」



穏やかな表情でそう告げる青龍。



「…先程も言いましたが、実は貴方にお話ししなければならないことがあります」


「・・・名を」


「はい?」


「先ず、名を名乗れ。」


「あ、えっと…失礼しました。オレは…ハルト・ブワールンと申します」


「では、次そこの女だ」


「は、はい…!私は…セイクリッドット王国の王女セイラ・クリドットと申します」


「次、そこの刀を持った野蛮な男だ」


「…あ?野蛮ってのは俺のことか?」


「気に食わぬか?ならば、黒髪。名を名乗れ」


「・・・ズワート・シッドだ」


「次、白髪。名を」


「…ウイット・ワイナミョイネンです」


「・・・長いな。貴様らは黒髪と白髪でいいだろう」


「だったら始めから名乗らすなッ!!」


「あはは、面白い神様だね~」



…なんだか拍子抜けだ。

さっきまであんなに近寄りがたい雰囲気を醸し出していたというのに…意外にも話す分には普通の人間と変わらないものなのだろうか。


とはいえ、油断は出来ない。

あくまでオレ達はお願いする立場なんだ。


せめて、失礼のないように言葉に気をつけながら事の顛末を話すことにした。



「セイラ姫を…助けてください」


「…具体的に申せ」


「はい、実はセイラ姫は女神の恩恵を授かっているのですが、その恩恵が悪しき者の手によって失われると…預言者から御告げを受けたのです」


「確か…セイクリッドット王国と言っていたな。もしやその預言者の名は、プロフェットか?」


「!そうですっ!貴方のこともプロフェットさんからお聞きしました!」


「…他は、何か言っていたか?」


「他は…その、女神の恩恵が失われるとさすれば国は滅び、人は死にゆく定めであると…そう仰っていました。」


「ふむ……っ」



青龍はどこか含みのある様子でセイラ姫をじっと見ていた。



「・・・その娘…名はセイラと言ったか」


「は、はいっ…!」


「その眼…確かに女神に選ばれたことはある。良い眼だ」


「あ、ありがとうございます…っ」


「次は其方だ。名は、ハルトと言ったか。」


「は、はい!」


「其方の眼も悪くない。だが、まだまだ未熟…といったところか」


「未熟…ですか」



青龍の御言葉には重みがあった。


…未熟という言葉。それはあまりにも俺の心に重く伸し掛かる。



「して、次は…クロとシロか」


「……なんだその犬みてーな呼び方は」


「ていうか、僕達は一緒に呼ばれるんだ。どちらかといえばそっちの方が僕は不愉快だな~」



そんなオレとは裏腹に二人は相変わらずだった。


青龍相手に物怖じする素振りもない。



「貴様らにはこれで充分だ。呼びやすい上に覚えやすい、良い名だろう?」



笑みを浮かべる青龍だったが、なんだろう…この醸し出すような妙な違和感は。



「・・・どういう意味だ」


「というより…あからさまに悪意の言い方だよね。これって」



どうやら二人もオレと同じように気付いたようだった。


…何か言いたげな青龍のこの違和感に。



「…確かに実力は申し分ない。仮の姿とはいえ私の剣を防ぐほどの力と預言者プロフェットの遥か上をゆくこの魔力といい…人間にしておくには惜しいとも言える」


「褒めるか貶すかどっちかにしろっての」


「…どちらかというと後者なんじゃない?この場合」



・・・本当にそうなんだろうか。


青龍が意味もなくこんな挑発的な言い方をするなんて思えない。


ウイットさんは悪意のある言い方だって言っていたけれど、オレはむしろその逆のようにさえ思えてしまう。



「シロの方はそれなりに利口なようだな」


「・・・・・それはどうも」


「とはいえ、あくまでそれだけに過ぎぬ。本当のところは何もない。空っぽだ。なにものにも興味がない…興味が持てない。違うか?」



ウイットさんは青龍の問いかけに何も答えようとはしない。


ただ静かに笑みを浮かべて青龍を見ていた。



「それに比べてクロ。貴様はあらゆるものに興味があれど…気に食わない、気に入らないものがあれば容赦なく切り捨てる。違うか?」



ズワートさんも同様に何も答えようとはしなかった。


笑みこそは無かったものの、これもまた同じように青龍を見ていた。



「まさに相反する関係…思想も主義もまるで違う。もしやとは思うが貴様ら相当に仲が悪いではないか?」


「…だったらなんだってんだ。国の危機と俺達のことは関係ねえだろ」


「まさか関係があるなんてこと…言いませんよね?」



ウイットさんの問いかけにその言葉を待っていたと言わんばかりに青龍は目配せした。



「ー当然であろう。」



そして、キッパリと言い切ったのだ。



「貴様ら…私を誰だと思っている?神相手に誠意なくして願いが叶うとでも思っているのか?」



ここに来て、声色が変わる。これは…怒りのような感情だろうか。



「セイラとハルトは真の誠意がある。だが、貴様らには其れが微塵もない。」


「わけわかんねぇ…誠意かなんだか知らねぇが、少なくとも姫とソイツにあるんだろ?なら何も問題はねえだろうが」


「戯け。むしろ問題しかあるまい。誠意なくして何が願いだ。」


「要は…僕達に誠意がないから願いを叶える気はない…そう言いたいんですか?」


「そ、そんな…っ!!」



それは困る…!

セイラ姫のためにも青龍の力は必要だ。


じゃないと、国が…人が…。全てが終わってしまう。



「…そう落ち込むな。ハルト。私は何もそこまでは言っておらんだろう」


「…どういう意味ですか?」


「まぁ聞け。私はこれでも人間という生き物を好いておる。人は変わる…良くも悪くも…どんな形であれ変化してゆくものだと…私はそう思っておる」


「変わる、もの…」


「…そうだ。私はその可能性を少なくとも信じておる。だからこそ、貴様らに一つ試練を与えようと思うが…どうだ?やってみる気はあるか?」


「オレはやります!」


「あ…わ、私も…やります!」


「では…クロとシロ。貴様らはどうだ?」


「チッいまいち納得は出来ねーが…やってやるよ。」


「僕は納得した上でちゃんとやるから大丈夫だよ~」



二人ともしぶしぶであったけど、青龍の提案を受け入れてくれたことにオレはホッと安堵の胸を撫で下ろす。



「ーよろしい。では、貴様らに試練を与える。」



思わず生唾を飲み込んだ。緊張が走るのが分かる。


ー青龍の試練。それは一体……












「皆で、野営をしろ。それが私からの試練だ」

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