第21話 無礼な奴ら

 迎えにきた大蛇の部下を名乗る女に連れられターミナルのエレベーターで地下に行き、用意されていた車に乗り込んだ。そしてそこから車でどちらがきたかわからなくなるようなグニャグニャな地下道を進み約30分。カモメを乗せた車に大きな鋼鉄の扉が立ち塞がった。


 運転をしていた迎えの女は、そこでカモメがあらかじめ渡しておいた荷物を持って車を降り、そのままどこかへ消えて行った。カモメも降りようとしたがカモメが座っている後部座席の扉は両方開かない。カモメは「出るな」と暗に言われているのだろうと思い、そのまま待機していた。


 そして、それから約30秒後のことだった。


 カモメは車内から車の外を見つめており、いきなり車が地面に沈み出したことに気がついた。車内からは角度的に車に何が起こっているのか地面を見ることは叶わない。だが、カモメはどんどん下に行くにつれ、何かに通されて行っていることに気がついた。


 しばらくするとそうやって沈むのも止まり、車からはコンクリートの壁しか見えなくなった。すると今度はカモメが乗っている進行方向から見て左側の後部座席のすぐ横に穴がが開いた。奥には通路が見える。


 きっと来いと言われているのだろう、カモメはそう思い扉を開ける。車の中から出ていき、そしてその開いたコンクリートの壁の中に入る。


 少し歩き、通路にまでたどり着いた時、カモメは今まで通ってきた道を振り返った。だがそこにはコンクリートの壁があるのみで、先ほどまでカモメが通った穴は塞がっていた。ひらけているのは唯一前のみ。前に進むしかないのだろう。


 カモメはここで妖刀を抜いて感知能力を使うか少し迷った。これも8番隊の設備なのだろう思って先ほどまで普通に進んでいたが、もしかしたらそれとは別の何かかもわからない。


 だが、おそらくカモメの予測が正しければ、きっとそれはしない方がいいだろう。というか、何なら嵐鼬すらまだ見せない方がいいかもしれない。カモメはそう結論づけ前へと進む。


 カモメはあくまで妖刀に呪われることで強い力を発揮する。つまり、妖刀を持ち、抜刀することで初めて戦闘に耐えうるほどの力を手に入れることができる。だがそれは嵐鼬という非日常的な見た目をしたものを持っていないと力を満足に発揮できないということだった。


 嵐鼬を収納している時のカモメができることはそう多くない。優れた勘とかの刀仕込みの身体能力、自分から1.5メートルほどの簡易的な索敵と少々の非科学物への耐性があるだけだ。


 カモメが刀を取り出さないということ、それ即ちカモメはまともに戦う気がないということ。そして、カモメの力を測ることができないということでもある 


 だが、しばらく何も考えずにこの通路を歩いているが、本当に何もないな。カモメは今まで自分が通ってきた道を振り返ってみる。だが、そこにあるのはコンクリートの無機質な壁と、青白い照明のみである。そんなときだった。


「お待たせいたしました、案内をいたしますのでついてきて下さい」


 声が聞こえた方へ振り返ると、そこにはカモメが乗ってきた車を運転していた女だった。確か名前は犬飼アカリだったはず。メガネをかけたショートカットの女だ。


 女は特にカモメの返答をまったりせずに歩き始めた。カモメは少し驚いたが同じく特に何も言わずに着いていく。無機質な通路を、2人は淡々と歩いている。犬飼の歩調は少しゆっくりなようにも感じたが特にそこには感情は含まれていないようだった。


 カモメは目の前の女性を観察しながら周囲への注意を怠らない。というのも、この女が話しかけてきた途端にこの建物から感じる雰囲気が変わったのだ。先ほどまでのこの建物からは見た目に沿った人工物の、乾いており何も有機的なものが含まれていない雰囲気がしていた。だが今は様々な人の気配が混じり合った生活感のある気配がする。


 わかりやすく言うのなら、以前は無人の監獄の中、今は人で賑わっているオフィスの一角といった所だろう。つまり気配が完全に変わってしまった。場所が変わったのか、偽装がはげたのか、はたまた別の何かなのか、よくわからない。それゆえにカモメは注意せざるを得なかった。


 だからカモメはこの今歩いている通路の雰囲気が少しずつ変化していることに気がついた。最初にここにきた時、見えていたのはコンクリートでできた四面と照明だけだった。だがいつの間にかところどころに調度品が見えるようになり、照明の色も目にきそうな青白い色から少し温かみのある色に変わっている。


 そしてカモメは気がついた。そして嵐鼬をどこからか瞬く間に取り出してそれを構える。嵐鼬を握った瞬間、カモメが自力でやっていた気配感知よりも数段広く、詳しく、密度の高い感知領域が展開された。そしてその結果から、自分のたてた予想が間違っていないことを理解した。


 犬飼は驚いたようにこちらを見る。だがカモメは気にしない。カモメの妄想が正しければ彼女は何も教えられていないからだ。


 カモメは大きく嵐鼬を振りかぶり、そして振り下ろされた頭身の先端で、広く、長く、すぐ横のコンクリートの壁を切断する。嵐鼬はコンクリートすらも断つ鋭剣、確かにきちんと腕のあるものが切れば真っ二つにできる。だが、今回壁が切れたのはそんな理由ではなかった。


 切断面は一瞬ゆらんだのち、まるで糸が解けるように消え去っていく。そして切断面の先に見えたのは自慢げにこちらを見つめる大蛇と色黒スキンヘッドの不満そうな大男だった。どちらも和服のような意匠を持った独自の服を着ている。カモメはそれを見つけた瞬間勝利を確信しもう一度壁を切る。今度はより大きくだ。

 

 すっかり空いてしまった穴を通りカモメはこの小さな迷宮を脱出する。そこはかなり広いが扉と照明以外ほとんど何もない殺風景な部屋だった。後ろを振り返ると銀色の球体に穴が開き、そこには少し驚いた顔をした犬飼が立ち尽くしていた。


「説明してもらえますよね?」


「ええもちろんです」


 カモメと大蛇は一瞬目を合わせてお互いに頷いた。カモメはなんとなくどうしてこうなったが妄想はしているものの正解は知らない。彼は答え合わせがしたいのだ。


 大蛇は顎で横にいる色黒スキンヘッドの大男に合図をする。すると嫌そうな顔をしてからその大男は話し始めた。


「今のはこの八番隊中央基地に備わっている防衛システムの一つ、迷い通路。なんの変哲もない通路を抜け出すことができないようにさせる術だ。我々はお前の実力を試すためにそれをお前に使用した。そしてお前は術を見破り今ここにいる」


「私に無礼だとは思わなかったんですか?」


「思わんさ。この程度の術を突破できないものが増援としてきても精々弾除けになって死ぬのが妥当なところだ。つまりこれは我の慈悲だ」


 別にカモメは頭に血が上っているというわけではなかったが、多少不快感を抱いていたのは事実だった。大蛇はこれを理解し話を変える。


「さて、では桜井さんもいらっしゃったことですし、8番隊の桜井さんと一緒に行動してもらう隊員を紹介します。鳴釜、あいつらをここに」


「わかりました」


 鳴釜と呼ばれた大男はまたもや嫌そうな顔をしつつ、ベルトにかけていたトランシーバを手に持って少し言葉を発した。すると後ろからその鳴釜の声が聞こえ、そのまま立ち尽くしていた犬飼が球体から出てくる。


 また、少し経つとカモメから見える位置にある扉から大蛇と似たような格好をした人間が3人入ってきた。そのうちの1人はカモメと一瞬目が合うが、鼻で笑ったのちにすぐ目を逸らす。


 カツカツという4人が歩く音が部屋に響いた。そしてその音が鳴り終わった時には4人は鳴釜の横に並んでいた。一見綺麗に並んでいるが、4人中1人だけがこちらを見ていて、残り3人の視線はバラバラ。特に犬飼は気の抜けた顔でずっとどこかを眺めている。


「よしこれで全員揃ったようだな。ではあとは鳴釜に任せる。では」


 大蛇はそう言って隊員たちと入れ替わるように部屋を出ていった。


 しばらくの間、このだだっ広い殺風景な部屋に、人が中にいるとは思えないような静寂が走る。そんな中、鳴釜は一度ため息をついた。カモメの全身を舐めた目で一瞥したのちに、嫌そうな顔で口を動かす。


「司令官を圧倒したと言うことでここに来たらしいが、調子には乗らないことだ。ここにいる全員が同じことを最も容易くできる」


 鳴釜がそう言うと、周りの隊員からくすくす笑う声が聞こえた。ここにあるのはカモメが嫌いな雰囲気だった。


「今日からお前をこの8番隊の精鋭集団である“青組”に入れる。最低限の実力はあるようだが、その程度ならここではカスも同然だ。まずは先輩にしごいてもらうといい」

「木虎、お前が相手をしろ」


「了解です」


 特にカモメが口を挟む隙もないまま、話が進んだ。流れから見るに、今からカモメは木虎と呼ばれた隊員と戦うのだろう。木虎は鳴釜ほどではないが筋骨隆々のガタイのいい男。相変わらず舐めきった無礼な目でカモメを見つめていた。


 木虎を除いた3人の隊員と鳴釜は少し後ろへ下がり、こちらを見ていた。鳴釜はあくまで見ているだけ、他の隊員たちは口には出さないものの、内心カモメが木虎になす術も無く倒されることに期待しているようだった。つまり、本当に舐められている。


 カモメの実力が過小評価されているのか、それともそれほどの実力者なのか。嵐鼬を通して感じる彼らの強さは、十文字黒子に遠く及ばない。なんなら大蛇より普通に弱いかもしれない。


 だが、カモメの経験則的に、強くて油断のならない相手ほど実力を隠すのが上手い。カモメだってそうだ。嵐鼬を抜かない限り、カモメを強者だと見抜くのは難しい。カモメ的にはただ調子に乗っているようにしか見えない。ただ、そうやって油断させ足を掬うことが目的かもわからない。警戒は怠るべきではなかった。


「全然仕掛けてこねえじゃねえかよ、俺の実力の前にビビってんのか?」


「どうでしょうね」


「そうかよ、ならこっちから行かせてもらうぜ、金剛術式起動!」


 木虎は全身に青い紋章を浮かべながら常人では捉えきれないようなスピードで迫ってくる。


 終わったな、犬飼はそう思った。木虎の金剛術式は名前の通り、体をダイヤモンドのように固くし、さらに身体能力を超強化する。つまりこの術式が起動された瞬間、木虎の体には生半可な攻撃は通じなくなる。事前に大蛇からもらった資料によると、あの少年は妖刀使い。妖刀程度の切れ味では、木虎を切ることはできない。


 近接キラーとも称される木虎を初っ端に持ってくるとか、鳴釜隊長は容赦ないなと思いながら、犬飼はあくびをした。あくびのため無意識に目を閉じた瞬間、ゴンという鈍い音が聞こえた。それを終了の合図だと受け取った犬飼は木虎の方に目を向ける。


 少年の抵抗なのか煙が立っていてよく見えないが、うっすらと誰かが立っている姿が見えた。木虎やりすぎてないといいな、と犬飼は思ったが、次の瞬間には違和感に気づいた。影で見える人間のシルエットが華奢なのだ。

 

 煙の中から手が出てきて、その手が大きく空気をかき、煙を切る。するとそこにはカモメが立っていた。犬飼は自分の目を疑った。だがそれは事実だった。


 そしてカモメは言った。


「すいません、担架ってありますか」


 カモメの足元には、泡を吹いた筋骨隆々な男が転がっていた。

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