第39話 【ハイネ視点】半熟騎士の意地
ぶつかり合う剣と剣。
周りの魔族達はパルメノン卿の命令で手出ししてこないから、一対一のまま。
けどさっきとは逆に、俺がパルメノン卿を押している。
「はあっ!」
「ぬうっ!?」
俺の一撃を受け止めきれずに、ついにパルメノン卿が片膝をつく。
よし、行ける。
戦いは、気持ち一つで勝てるほど甘くはない。けど動揺した相手に遅れを取るほど、俺もやわな鍛え方はしていないさ!
何度も剣と剣をぶつけ合い、守りに入ったパルメノン卿を攻め続ける。
「パルメノン卿、覚悟!」
両手でしっかりと剣を握り、追い詰める。後一息。後少しで、決着がつく。
しかしこのままでは不利と悟ったのか、パルメノン卿が叫んだ。
「お前達、こ奴を始末しろ!」
「はっ!」
途端に、戦いを見守っていた牛頭や、キャットウーマンといった魔族達が、俺の周りを囲んだ。
ちぃっ! さっきは手を出すなって言ってたのに、なりふり構ってられないってか!
「死ねぇ!」
俺は後ろへ下がって、牛頭が叩きつけてきた大剣をかわす。
マズイ。もう一歩と言うところで、あっという間に形勢逆転だ。
何とか押しきれるかと思ったけど、この人数はヤバいぞ。
だけどその時──
「パルメノン卿! パルメノン卿おられますか!」
不意に玄関の扉が、ドンドンと叩かれた。
こんな時間に来客? するとさらに信じられない言葉が、扉の向こうから聞こえてくる。
「騎士団でございます! 赤い月がこちらを襲撃するとの情報が入りました故、参上いたしました。ここを開けてください!」
騎士団だって?
しかも赤い月が襲撃って、どう言うことだ?
何せこの屋敷こそが、その赤い月の本拠地。襲撃なんて、されるはずがない。
そしてこれは敵にとっても予想外だったのか、パルメノン卿が叫ぶ。
「来るな! 当屋敷は、襲撃など受けておらん。早々に引き上げて──」
「赤い月の連中はここにいる! 俺はラピス学園のハイネ・マスカル! 騙されるな!」
パルメノン卿の言葉に被せて、俺も叫ぶ。
この場には、赤い月の奴らがわんさかいる。今騎士団が踏み込んだら、全てを露見させられるんだ。
このチャンス、逃すものか!
すると騎士団は俺の言葉を信じたのだろう。玄関の扉は力ずくで破られ、団長と思しき男を先頭に、団員達が雪崩れ込んで来る。
「赤い月を確認! 全員確保!」
「く、なんだコイツら!」
魔族は人間より強いと言うのが常識。だけど騎士団の数は、この場にいる魔族の数を上回っている。
多勢に無勢。しかも不意を突いたのが功を奏した。
牛頭が、キャットウーマンが、次々と捕らえられていく。
「くそ、お前ら放せ!」
「ちっ、何だってこんな……」
再度形勢逆転。いや、もう決着はついたと言って良い。
赤い月の奴らは捕らえられ、こうなった以上、屋敷も調べられるだろう。
そうなるとパルメノン卿の行ってきた事も、もう誤魔化しようがなくなる。どう転んでも、もう終わりだ。
「バカな、どうしてこんな……」
次々と捕らえられる仲間を見て、パルメノン卿は愕然とする。
どうして騎士団が来たのかは分からないけど、これで勝敗は決した。後は……。
「パルメノン卿、もう終わりにしましょう。大人しく捕まって、罪を償ってください」
「黙れぇっ!」
今更俺をどうにかしたところで、既に詰んでいるというのに。
それすら分からないのか、斬りかかってくる。
振り下ろされる斬撃を、こっちも剣で受け止めた。
やっぱり重い。けど、それだけだ。
パルメノン卿は心身ともに立派な、誇り高い騎士だったはず。
それが心を蝕まれ、過去にすがるだけの存在になってしまったことが悲しい。
「終わりです、パルメノン卿!」
一閃。
払われた俺の剣が、みぞおちを襲った。
「がっ!?」
崩れ落ちるパルメノン卿。だけど斬ってはいない。剣の腹で、殴ったんだ。
さっき俺は、祖父は剣術はほとんど教えてくれなかったって言ったけど、この技だけは別。
これは祖父が生前教えてくれた、相手を殺さずに倒すための技だった。
骨は折れ、与えるダメージは大きいけれど、命までは奪わない活人技。そしてこれを、祖父に授けたのは……。
「これは相手を殺さないための技。アナタは、忘れてしまいましたか?」
横たわる彼を見下ろしながら呟くと、パルメノン卿は倒れたまま、頭だけをこっちに向けてくる。
「……思い出したよ。操られ、無理矢理戦わされている魔族達が哀れで、どうにか殺さずにすむ方法はないか。考え編み出した技だったな」
「ええ。殺すではなく生かす。それがあなた達が、闇を照らす光、太陽の騎士と呼ばれた理由でしたね」
「ふっ……ははっ。それが今や、この体たらくか。ハイネ・マスカルよ。お前こそが真の騎士なのかもしれんな……」
パルメノン卿は最後、笑ったような顔をして、意識を失った。
――終わった。過去に取り憑かれた亡霊は、倒れたんだ。
けど、俺が騎士?
冗談もいいとこ。俺はまだ何もかもが中途半端な、半熟騎士だ。
けど、そんな半熟騎士でも、意地だけはあった。だからこそ、パルメノン卿を倒すことができたんだ……。
するとそんな俺の背後に、近づく影があった。
「ハイネさん!」
「エミリィ?」
声をかけてきたのは、学園で別れたはずのエミリィ。
その格好は、この場に似つかわしくないドレス姿。きっと着替える間を惜しんで駆けつけてくれたんだろうけど。
「騎士団は、お前が呼んでくれたのか? けど、どうして」
「見くびらないでください。アナタがパルメノン卿のお屋敷に行くと言って出て行って、それで考えて気づきましたの。舞踏会を襲撃した赤い月、仮面の男の違和感に」
切なそうに、目を伏せるエミリィ。どうやら俺と同じ結論を導き出したらしい。
「できれば、思い過ごしであってほしかったですけど……」
そう言ったエミリィは、いつになく悲しい目をしている。
無理もない。ずっと一緒にガーディアンをやっていたトワ先輩や、パルメノン卿が関わっていたんだもんな。
きっとエミリィだって、辛い気持ちで騎士団を呼んだに違いないか。
「それにしても、よく騎士団が来れたな。相手はパルメノン家。捜査礼状を取るのは、簡単じゃないだろ」
「はい。ですから騎士団には、こう伝えましたわ。赤い月が、次はパルメノン家への襲撃を企てていると。これなら、放ってはおけませんもの」
嘘を言って、騎士団を来させたってことか。
確かに捜査なら礼状は下りないかもしれない。けど赤い月が襲撃してくるってなったら話は別。もし本当なら事態は一刻を争うから、すぐにパルメノン家の屋敷に駆けつけるってわけか。
やっぱりコイツ、頭良いな。
「少々門番に、足止めされていましたけど。異常はない、帰ってくれって言われて、騎士団も困っていましたわ」
「当然だな。屋敷の中には見られたらまずいものが、山ほどあるからな」
「けどその時丁度、お屋敷の中から遠吠えが聞こえてきて、ルゥさんだと確信しましたの。それで騎士団の方々に言いましたわ。これは舞踏会の時と同じ手口。赤い月は既に、中に潜り込んでいるかもしれないと」
それで騎士団は、強行突破してきたわけか。
「つい先ほど出し抜かれたばかりですから、騎士団も躊躇してられませんた。赤い月にとっては舞踏会での潜入が、裏目に出たわけですわ」
「それはなんとも、皮肉な結果だな。何がどう転ぶか分からないな」
「ええ。ですがルゥさんが中にいると確信が持てなかったら、きっと門前払いを食らっていたでしょう。けど、あの品の無い遠吠えが聞こえてきて、助かりましたわ。あんな声を上げるのは、ルゥさん以外に考えられませんでしたけど、赤い月に連れて行かれたはずの彼女が中にいるってなったから、強行突破に踏み切れましたの」
エミリィは真顔で語っているけど、品のない遠吠えって。
まあ、おかげ突入できたのだから良かったけど、ルゥが聞いたら怒るだろうなあ……。
「そうだ、ルゥ! アイツは無事か!」
慌てて二階に目をやったけど、ルゥも、それにトワ先輩も姿が見えない。
どうやらパルメノン卿と戦ってる間に、どこかに移動したらしい。
こうしちゃいられない。俺も行かなきゃ。
「ハイネさん、その怪我でどこに行くおつもりですの?」
驚くエミリィの声。
勝ったとはいえ、たくさんの魔族やパルメノン卿と戦ったんだ。当然俺も傷だらけで、もうボロボロ。だけど、そんなことを気にしてる場合じゃなかった。
ルゥ、ちゃんと無事でいてくれよ。
止めるエミリィを振り切り、痛む体に鞭をうちながら、俺は階段を上って行った。
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