第29話 取り押さえられる狼少女
アタシは奥歯を咬みしめながら、トワが消えた扉を見つめる。
トワを見殺しになんてしたくなかったけど、下手に動いたらアタシ達だけでなく、下にいる生徒だって危険になる。
結局、どうすることもできなかった。
「くそ、トワ……」
「落ち着け。間違っても、軽率な行動を取るんじゃないぞ」
「分かってる。けどこれじゃあ……」
「俺だって同じ気持ちだ。けど、今は耐えるんだ」
そう言ったハイネの表情は苦痛に満ちていた。
辛いのは、アタシだけじゃないよな。もどかしいし悔しいけど、ここはハイネの言う通り、じっとしているしかなさそうだ。
すると残された生徒に、警備兵に化けていたディアボロスの1人が言う。
「お前達は大人しくしていろ。勇敢な騎士様の行動を、無駄にしたくなかったらな」
逆らえば斬りつけると言わんばかりに剣をふって見せると、生徒から悲鳴が漏れた。
効果は抜群。これじゃあみんな、動くこともできない。
そしてそれは、アタシ達も同じ。
幸いまだ見つかってないけど、これじゃあ意味ないじゃねーか。
戦おうにも、捕まってる生徒を人質にされたら、手も足も出ない。
外に助けを呼びに行こうにも、ここは二階だしなあ。
それとも、テラスから飛び降りるか?
いやダメだ。よく考えたら、外に奴らの仲間がいないとも限らない。見つかったらアタシはもちろん、捕まっている生徒に危害が及ぶ恐れがある。やっぱこれは無しだ。
「くそ、どうする事もできねーのかよ。これじゃあ捕まってるのと変わんねーじゃん」
「気持ちはわかる。けど今はじっとして、チャンスを待つんだ」
分かってる。けど、やっぱりもどかしい。
いっ
下にいる皆にしたって、この状況がどれだけ辛いか。
アタシは見つからないよう、一階の様子を見ていたけど。不意に一人の生徒が赤い月の奴らの前に出た。
「少しよろしいでしょうか」
「ん、何だお前は?」
それは金髪に黒いドレスの女子生徒、エミリィだった。
そして彼女の後ろからもう一人、白いドレスを着た、金髪でショートカットの女の子がおずおずと付いてくる。
「この子が、気分が悪いと訴えています。どこかで休ませてもらえませんか?」
見れば後ろの女の子、顔色が悪い。
足もふらふらしていて、立っているのがやっとって感じ。確かにこれは、休ませてあげないと可哀想だ。
だけど。
「ダメだ。誰も部屋から出すなと言われている。例外は認めない」
黒い服を着た、豊満な体つきの魔族の女。キャットウーマンが無慈悲に答える。
するとさらに牛の頭をした筋肉ムキムキの獣人も、それに続いた。
「気分が悪いのなら、その辺で吐け。お前達人間には、それがお似合いだ」
「そんな……」
女子生徒の顔色が、さらに悪くなる。
おいおい、年頃の女の子に言うような事じゃねーぞ。
するとこれに、エミリィが反発した。
「アナタ達ねえ、こんなに苦しそうにしているのに、何とも思いませんの? 赤い月と言えばもっと誇りを持った方々だと聞いていましたけど、とんだ見込み違いだったようですわね」
「何だと。もういっぺん言ってみろ!」
牛頭は凄むも、エミリィは腕を組ながら、強気な態度を崩さない。
アイツ、この状況で度胸あるなあ。
だけど、後ろの女子生徒はそうはいかなかった。
すぐ近くで怒鳴る声を聞いたのが拍車を掛けたのか、ガタガタと震え出す。そして。
「い、いやぁぁぁぁっ!」
一気に恐怖が襲ってきたのだろう。少女は悲鳴を上げ、逃げようとしたのか、玄関に向かって走り出す。
けど、それを見逃すほど奴らは甘くない。
「ちっ、ソイツを捕まえろ!」
キャットウーマンが叫ぶ。
少女が駆けてきたのは、丁度アタシ達が隠れている真下辺り。
けど、動きにくいドレスを着ていた事もあり、牛頭の獣人にすぐに取り押さえられた。
「コイツ、大人しくしろ!」
「嫌っ! 放して!」
「この、暴れるな。コイツ、手足をへし折ってやろうか!」
「ヒィッ!」
牛頭の手が、彼女の腕に伸びる。
エミリィが「やめなさい!」と叫ぶも、牛頭は構うことなく、彼女の腕を乱暴に掴んだ。
──っ!
悪いハイネ。今は耐えろって言ってたけどさ。これは我慢できねーわ。
アタシは立ち上がって、柵に足をかけた。
「待てルゥ! 今お前まで出て行ったら──」
「ゴメン、放ってはおけねえ! そこのクソ牛、待ったぁぁぁぁっ!」
柵を蹴り、真っ赤なスカートを翻しながら、一階へと跳んだ。
丁度真下に来ていたのが幸いした。落下で勢いをつけたまま、牛頭めがけて足を振り下ろした!
「ん? ──ぐあああっ!?」
牛頭の角の間の脳天をめがけて、踵を振り下ろす。
直撃を受けた牛頭は声を上げたけど、痛がる暇も与えない。アタシは更に、無防備になった牛頭の足を、蹴り払った。
「うおおっ!?」
スッ転ぶ牛頭。けど、用があるのはコイツじゃないんだ。
牛頭をどかして、襲われていた女子生徒を見る。
平気か? 怪我してないよな。だけど心配しながら覗き込むと……。
「おい、大丈──」
「ひぃっ! ま、魔族!」
パーン!
大丈夫かと言い終わらないうちに、頬を激しい痛みが襲った。
一瞬、何が起きたのか分からなかったけど、平手打ちをされたのだと、遅れて理解した。
コイツ、助けてやったってのに何するんだ。
「嫌、魔族……お願い、殺さないで!」
「待て、確かにアタシは魔族だけど、奴らの仲間じゃ……ええーい、落ち着け!」
パニックになって、アタシを赤い月の仲間と勘違いしているのだろう。
だけどアタシはその女子生徒の体を、思いっきり抱き締めた。
「落ち着け、落ち着くんだ。大丈夫、大丈夫だから、な」
「あっ……ああ……」
「安心しろ。アタシは敵じゃねーよ」
女子生徒は腕の中でもがいていたけど、それもだんだんと収まってくる。
まるで小さい子供をなだめるように、優しくぽんぽんと背中を叩く。
小さい頃、トワにこれをやってもらったら、不思議と落ち着いたんだよ。
すると彼女も、まるで小さな子猫のように、大人しくなっていく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「そのまま、ゆっくり深呼吸するんだ。どうだ、落ち着いたか?」
「は、はい……ごめんなさい。わ、私、アナタを……」
「良いってことよ。それより……がっ!?」
後ろから、頭を殴られた。
強い衝撃に頭がくらくらして、視界が揺らぐ。女子生徒に気を取られていて、誰かが背後に迫っていたことに気付いていなかったんだ。
そして痛いと思う間も無く、今度は背中を押さえつけられ、地面に組伏せられる。
何とか首だけ動かして後ろを振り向いたけど、そこにはさっき蹴飛ばした牛頭が、怒りの形相でアタシを押さえつけていた。
「コイツ、さっきはよくもやってくれたな!」
「放せ! 触んな!」
ジタバタもがいてみたけど、押さえつける力は強くてビクともしない。
ヤバッ、コイツメチャクチャ力強えー!
アタシは人狼。人間よりも身体能力は優れているし、森にいた頃は獣人の男子相手でも、ケンカで負けることはなかった。
けど、相手は同じ魔族。しかも大人相手となるとさすがにキツい。
暴れてみても、押さえられる力が増すばかりで、頬を嫌な汗が流れる。
ヤバイヤバイヤバイ! ビクともしねえ!
どうする? どうする……。
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