第12話 狼少女と密売人
突然の出来事に、事態が吞み込めない。
ハイネが売り子の仲間って、そんなバカな。アイツはガーディアンだぞ。
まさか、裏で売り子と繋がっていたって言うのかよ?
そんなこと、信じられない。いや、信じたくなかった。
いい奴だって思ってた。ガーディアンのメンバーで、トワとも仲良かったのに、裏切ったってのか?
頼むから、何かの間違いであってくれ。
するとどうやら、ハイネの言葉を疑っているのはアタシだけではないみたい。
サキュバスは疑わしそうに、ハイネを見る。
「ふーん、可愛い顔して、呪薬の常習犯ってわけ? けど、本当なんだろうねえ? 騙してたら、ただじゃおかないよ」
怪しき手つきで、自らのスカートのポケットに手を入れる。
そこから覗かせたのは、ナイフ。手入れされた鋭い刃が、キラリと光っている。
アイツ、ハイネを殺る気じゃないだろうな!
相手は犯罪者。そうだったとしても不思議はない。
だけど焦るアタシとは違って、ハイネは動揺することなく静かに答える。
「本当だ。現に俺の体は、骨の髄まで呪薬に犯されている。これがその証拠だ」
次の瞬間、アタシは息を呑んだ。
青く済んだ、サファイアのようなハイネの目。それがたちまち、血のように赤く染まっていったのだ。
おい、これはモシアン先輩の時と同じじゃねーか。
てことは、本当に? ハイネの奴、呪薬をやってたってことか!?
「その目。どうやら呪薬をやってるのは本当にみたいだね」
「これで分かってくれたか? 俺はオーレンの代わりに、売上を渡しに来ただけだ。けどできることなら、これからアンタ達と繋がりを持ちたい。俺に直接、呪薬を売ってほしいんだ」
「ほう、それまたどうして? 欲しいならオーレンを通せば良いだろ?」
「それだと高すぎる。俺はもっと、呪薬が必要なんだ。何ならオーレンに代わって、俺が売り子になってもいい。なあ頼む! なんでもするから、呪薬をくれ!」
必死になって懇願するハイネに、普段のクールな姿の面影はない。
ひたすら呪薬を求める様は、まるで中毒者のようで、胸の奥がズキズキしてくる。
止めろよハイネ。お前のそんな姿、見たくねーよ。
すると、サキュバスはニヤリと口角を上げた。
「へえ、そこまでして呪薬が欲しいか。それならアンタ、何でもするかい?」
「ああ、だから呪薬を……」
「いいさ、くれてやる。今ここで、コイツを使いな」
すると女は小さな袋を取りだし、さらに中から、焦げ茶色の葉っぱを出してくる。
「ご所望の呪薬だよ。今回はタダにしておいてやるよから、今すぐ使いな」
取り出した葉っぱをハイネに差し出し、目の前でヒラヒラさせる女。
だけど、ん? あれって、前に見た呪薬と色が違うような。
「待て、俺が欲しいのはそれじゃない。欲しいのはヒガーの葉に呪いを込めた、力の呪薬だ」
「慌てなくても、ソイツもくれてやるよ。ただしその前に、これを使いな。これはアタシ達の仲間になるための、儀式みたいなもんだ」
「こいつも呪薬だよな。これには、どういう効果があるんだ?」
「なあに、別に毒じゃないよ。コイツを使えば、アンタは決して裏切れなくなる、アタシ達の組織に、服従させるための呪薬だ」
服従?
そういえば呪薬の中には使用者を催眠状態にして、言うことをきかせる物もあったっけ。
ハイネにそれを使えって言うのか?
「それを使って、俺を意のままに操るつもりか?」
「そう警戒するなって。なにも奴隷としてこき使おうってわけじゃないんだ。これはアンタが、裏切らないための保険さ。妙な気さえ起こさなければ、何もしないさ。アタシ達の仲間になりたいって言うなら、これくらいできるだろう?」
「……分かった」
言われるがままハイネは、葉っぱを受け取る。
あの女、呪薬を使って裏切れなくさせてから、仲間に引き込むつもりなのか。
止めろハイネ! そんな奴の言いなりになんてなるんじゃない!
頭に血が上って、心臓がドクドクと音を立てる。
ハイネをここで止めなくちゃ。
アタシは無我夢中で、考えるよりも先に飛び出した。
「やめろハイネ!」
「──っ! ルゥ!?」
「お前、自分が何やってるのか分かってるのか!」
アタシは声を上げながら、ハイネに駆け寄る。
ハイネもサキュバスも突然の乱入者に、呆気に取られていた。
「おい、コイツはアンタの知り合いかい?」
「あ、いや、これは」
なんと答えていいか分からないといった様子だけど、アタシはそんなハイネの持っていた呪薬を引ったくって、地面に叩きつけた。
「何するんだよ」
「それはこっちのセリフだ! お前、ガーディアンだろ。なのに何やってるんだよ!」
「あ、バカ!」
その瞬間、女の眉がピクリと動いた。
「ガーディアン? おい、それはどういう……いや、そういう事か……」
ん、そういう事って、どういう事だ?
だけど疑問に思う暇なんてなかった。女は目を見開いたかと思うと、ポケットに忍ばせていたナイフで、ハイネを切りつけて来た。
「なめた真似してくれるじゃないか!」
するどい刃が、ハイネを襲う。
だけど間一髪。当たろうというギリギリのところでハイネは身を逸らし、ナイフが空をかすめた。
「──っ! これまでか」
「ははははっ! アタシを騙そうとした報い、受けてもらうよ!」
何とか避けたけど、女は尚もナイフを振り回し続ける。
一方アタシは、状況が掴めなくて、戸惑うばかり。
いったい何がどうなってるんだ?
全然分からないけど、でもやるべき事は分わかった。
まずはこの女を、何とかしねーと。
サキュバスはナイフを振り回しながらハイネを追いかけているけど、アタシはその背中に狙いを定め、足を振り上げた。
「この暴力サキュバスがーっ!」
「なっ──あうっ!?」
放った蹴りがサキュバスの背中に命中し、勢いよく地面に転がる。
とにかく、まずはハイネを助けないと。
するとそのハイネ。横たわるサキュバスを見て、ナイフを握る手を掴み、締め上げた。
「観念しろ。お前はもう終わりだ」
「お前……やっぱり最初から、アタシを捕まえるつもりだったのか!」
女が、怨めしそうにハイネを見る。けど、アタシはどういうことか全然分からない。
ハイネは呪薬をやってて、コイツの仲間になろうとしてたんじゃないのか?
「全然予定通りにいかなかったけどな。だがお前を捉えると言う目的は達成した」
「はん、バカ言ってんじゃないよ。ひ弱な人間ごときが、アタシに勝てるとでも……イイイッ!?」
言ってることとは裏腹に、締め上げられた手がよほど痛いのか、苦痛で顔を歪めている。
だけど何かに気づいたみたいに、サキュバスはニッと口角を上げた。
「この力……そうか、呪薬を使ってるってのは本当だったみたいだね。ははっ、ガーディアンって言えば、生徒を守る正義の味方なんだろ。それが呪薬に手を出してるなんて、驚きだね」
「──っ! お前はもう何も喋るな!」
「イギィィィィッ!?!?」
さらに強く締め上げて、女の手からナイフが落ちる。
アタシは状況が掴めないままその様子を見ていたけど、その時不意に、後ろからドカドカと足音が近づいてきた。
「ハイネ、ルゥ、無事!?」
「えっ、トワ?」
現れたのは、なんとトワ。
そしてトワの他にもおそろいの服を着た数人の男達が、路地の前後両方から近づいてくる。
そして彼らが着ているのは、この街の警備隊の制服だった。
「ご協力感謝します。おい、すぐに女を縛り上げろ」
「はい!」
リーダーと思われる小太りの男が部下に指示を出し、サキュバスはハイネから警備隊へと渡される。
えーと、だからどういう状況?
頭がついていけずにポカンとしていたけど、そしたら不意にサキュバスが笑いだした。
「ははははっ! まんまとやられたよ。まさか学生を囮に使って接触してくるとはね」
「え、囮?」
驚いてハイネに目を向けると、向こうもジトッとした目でアタシを見る。
「囮捜査だったんだよ。呪薬を買おうとしているふりを装って、コイツを捕まえる手はずずだったんだ」
「そ、そうだったの? でも、どうしてここが分かったんだ?」
「校内にいた売り子を、探し出して吐かせた。けど末端の売人を捕まえただけじゃダメだから、組織の大元を突き止めるため一芝居売ったんだけど……お前こそ、どうしてこんな所にいるんだよ?」
「そうだね。しっかり説明してもらわないと」
ハイネと違って、トワはニッコリ笑っている。それはもう、この状況では不自然なくらい、ニッコリと。
そして顔は笑っているのに、目は全然笑っていなくてメチャメチャ怖い。
けど、怒るのも当然だよな。
くそ、何でよりによって売人を見つけたその日に、こんな囮捜査なんてしてたんだ。タイミング悪すぎだろ!
するとその時、捕まったサキュバスの叫ぶ声が聞こえてきた。
「ふざけんじゃないよ! あんたらの思い通りになんてなるもんか!」
「コイツ、暴れだしたぞ」
「早く取り押さえろ!」
見ればサキュバスは警備隊に取り押さえられたまま、ジタバタと抵抗していた。
けど、いくら魔族が人間より強いからって、この人数差じゃ勝てやしない。所詮は無駄なあがき……そう思ったけど。
女は不意に、不可解な行動に出る。
手を口元に持っていったかと思うと、何かを飲み込むようにゴクリと喉を鳴らした。
そして。
「──っ! ぁぁっ!」
「何だ……おい、コイツ急に倒れたぞ!」
警備隊の人達が騒ぎ出す。
さっきまで暴れていたサキュバスは、まるで糸の切れた人形のようにぐったりしていた。
けど、なんで? いったい何をしたんだ?
するとハイネが。
「やられた。アイツ、毒を飲んだんだ」
「毒? 何で!?」
「決まってるだろ。情報を漏らさないためだ!」
はあっ!? マジかよ。
驚きながらサキュバスを見ると、横になったまま白目をむいていて、ぐったりとしている。
まさか死んでないよな? いや、毒を飲んだのなら、最悪それとあり得る!
サキュバスの行動は、アタシの常識の範囲を遥かに超えていた。
いくら秘密を守るためとはいえ、躊躇いなく自分の命を犠牲にするなんて、普通じゃねー。
唖然としていると、不意にポンと肩を叩かれる。
トワだ。
「とにかく、ここにいてもしょうがない。彼女のことは警備隊に任せて、俺達は学園に戻ろう。ルゥも、来てくれるよね」
「あ、ああ……」
トワがそう言うなら、もちろん従う。
ここにいた理由を説明しなきゃいけないのはちょっと憂鬱だけど、それ以上に気になるのは、毒を飲んだサキュバス。
白目をむいて気を失っている顔が、頭から離れない。
アタシはどんよりした気持ちを抱えながら、ラピス学園に向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます