第8話 助言、それと調練

天文二十四年(一五五五年)九月 若狭国 熊川


 沼田から使者が到着した。椎茸の栽培が出来たのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。話を聞くと上野之助は行き詰まっているようだ。俺はすぐに出る用意をして熊川へと向かう。勿論伝左も一緒だ。


 俺が行って助言することで打破できれば良いが。何としてでも、是が非でも椎茸の栽培は成功させたい。

 椎茸の可否が今後の俺の運命を変えると言っても過言ではないのだ。


 椎茸が手に入れば北は蝦夷から昆布を持って来ることが出来る。今は隣の敦賀に昆布の中継地を取られている。しかし、椎茸があれば物々交換で小浜に昆布を持って来るのも夢ではない。


 昆布と椎茸はどちらも出汁を取るのに欠かせない食物。この二つを牛耳ることが出来れば巨万の富を得ることが出来るというもの。


 今、瑪瑙の細工も奨励しているが、成果が出るのはまだまだ先のようだ。そもそも、俺はまだ嫡男を宣言されている訳ではない。影響力が小さ過ぎるのだ。出来ることと言えば源四郎を使って普及させることだけである。


 他にも漆塗りを奨励したいと思っている。俗に言う若狭塗だ。しかし、これはまだまだ普及していない。というか、普及させる人物が生まれていないと言う方が正しいか。どちらにせよ、無理筋である。


「はぁ。空から銭でも降って来ないだろうか」

「何を仰います。若様は十分にお持ちではないですか」

「そうだが、そうではないのだ」


 大名の孫ではあるのだ。そこらの百姓よりは裕福な暮らしをしている。しかし、国を富ませるための金が無い。


 何かを成すには先立つものが必要なのだ。そこいらに天下五剣でも落ちてないだろうか。そんなことを考えながら熊川に向かうため馬に揺られる。


 久しぶりに会った上野之助の顔は更に具合が悪そうであった。察するに椎茸の栽培に熱を入れ込んでいるらしい。このままではお前が倒れてしまうぞ。そんな上野之助は申し訳なさそうに頭を下げていた。


「申し訳ございませぬ。未だ、椎茸の栽培に至っておりませぬ」

「構わん。そうすぐに栽培できるとは思っておらなんだ。如何したのだ?」


 そう述べると上野之助が俺を屋敷の中へと案内した。隙間風が多く、冬は寒そうな屋敷である。上野之助の部屋はその屋敷の奥にあった。散乱した木々に椎茸。どうやら相当悩んだようだ。


 上野之助が俺に器を見せる。その中には椎茸が入っていた。そして器の中に白い菌が付着しているではないか。


 どうやら、椎茸の菌を採取、培養するところまでは上手くいったようである。


「おお、素晴らしいではないか! ようやったぞ、上野之助」

「勿体なきお言葉にございます。しかし、そこから先が上手く行かぬのです」


 確か、ほだ木に椎茸を定着させるんだったよな。えーと、少しだけ記憶がある。駒と呼ばれる小さな木塊に菌糸を付着させ、それを打ち込むことで定着させていたはず。その情報を俺は上野之助に伝える。


「なんと! そのような方法があったとは。若様はそれをどこでお知りになったのか」

「あー、そのー、み、明の高僧が! 叔父上をお尋ねした高僧がそのようなことを申しておったのだ」


 俺は捻り出した。征夷大将軍に明帰りの高僧が出入りしていてもおかしくはない筈。これで納得してくれれば良いのだが。あと、この情報は秘中の秘であるから、無暗に口外してはならない旨を念押ししておこう。


「左様でございましたか! さっそく試してみ申す」


 上野之助は良いことを聞いたと言わんばかりに机に向かい、小さな木塊を用意するため小刀で木を削り始めた。


 もう、こうなってしまっては聞く耳を持ってくれんだろう。熱中すると周囲に気を配れない人間で良かったと思う。ただ、その癖は治してくれなければ危なっかしくて兵を任せられんがな。


 俺達の言葉はもう上野之助には届かない。これで椎茸が出来ることを願うばかりだ。


 しかし、俺はまだ大切なことを伝えきれていない。困惑していると上野之助の父である上野介光兼が俺の前に座った。彼の娘、上野之助の妹が白湯を注いでくれる。


「そそっかしい息子で申し訳ございませぬ」

「いや、助かっておる。何も恩返しできずに申し訳無いくらいだ」

「そう仰っていただけますと心が軽くなり申す。して、未だご用向きがあったのでは?」

「そうなのだ。あー、実はな、若狭の商人に頼んで熊川に兵糧と武具を送ってもらう手筈を整えた」


 本当は本人に伝えたかったのだが、致し方ない。父君に伝えておくとしよう。あとは上野之助に上手く主導権を握ってもらい、誤魔化してもらう。


 源四郎にも言伝を頼んでいるが、自分で伝えられるのであればそれに越したことはないだろう。その方がはっきりと真意を伝えることができる。


「左様にございますか!」

「うむ。内密に人を集め、兵を鍛えて欲しい。上野之助であれば百は容易く率いることが出来よう」

「ははっ。息子に確と伝えまする」


 別に全てを上野之助が行わなければならないと言う訳ではない。親子で分担してもらえればそれで良い。その旨を伝え、俺は熊川の屋敷を立ち去った。


 これで少しは自前で動かせる兵が増える筈である。たかが百だが、然れど百である。熊川は五百石程の領地。恒久的に兵を百も集めるのは無理だ。椎茸栽培を行わない限り。


 となると武者もあと六人は欲しいところである。それは頑張って上野之助に見繕ってもらおう。


 俺は上野之助を信じてお金を投資し続ける。そうするしか、他に方法が無いから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る