爆破事件、連続する6

 ピピー、と電子音が鳴る。


「ド、ドクターシノブ」

「あのカウントダウンはフェイクだ。画面そのものが光センサーになっていて、ダンボールを開けると爆破装置が起動する仕組みになっていたんだ!」

「あの」

「おそらくあの爆発物を起動装置として他のものも爆発させる仕組み……これは誘い込むための罠だった! 私としたことが、浮かれていてそんなことにすら気付かないとは!!」

「ドクター」

「このスーツは特殊超硬質繊維で作られている。建物ごと崩れればどれほど保つかわからないが……その前に君に言っておきたいことがある」


 衝撃から私の頭を守るためなのか、ドクターシノブは痛いほど私の頭を胸元に抱え込んでいた。片手は背中へ回り、もう片手が腕に沿って頬まで辿り着く。


「私はずっと、君の」

「ドクターシノブ、爆発は終わりました」

「……何だと?」

「爆発、終わりましたよ」


 それからたっぷり1分間ほど、ドクターシノブは硬直していた。


「うわあああああ!!」


 耳がきーんとする。私は間近で大声を出された耳を両手で塞ぎ、ドクターシノブは3メートル離れたところで頭を抱えている。一瞬で距離をとったので、トレードマークであるメガネが床に落ちていた。

 ドクターシノブは何やらブツブツと呟いていたようだけれど、私の耳が回復するのと同時に精神状態が回復したらしく。拾って渡そうとした眼鏡を勢いよくひったくって掛け直す。


「き、き、貴様……謀るとは……おのれ魔法少女め!!」

「何もしてませんけど」

「やかましい!」


 しばらくウロウロと楕円を描いていたドクターシノブは、咳払いをして、眼鏡を中指で押し上げたところでようやく落ち着いたようだ。


「こんなことをしている場合ではない。私は爆発物を見に行く。危険だから貴様はここにいてもいい」

「もう爆発し終わったから大丈夫ですよ」

「なんだと? それを早く言え」


 混乱による記憶喪失を引き起こしているドクターシノブを刺激しないように、私は黙ってドクターシノブの後ろを付いていく。警備室の中央、先程までダンボール箱に入った爆発物が置かれていたところには、円形に黒い灰のようなものが残されているだけだった。いきなりだったし見えない状態だったのでちょっと不安だったけれど上手くいったようだ。

 ドクターシノブはしゃがみ込み、指でその灰を擦って観察している。


「これは……貴様がやったのか」

「いや、やったのは爆発物ですけど」

「誤魔化すな、どうやって最小限の被害に留めたんだ。……床にもヒビひとつ入ってない」


 危険物探査機であちこちを探りながらドクターシノブが驚いたようにこちらを見てきた。

 どうやったも何も、もちろんドクターシノブもご存知の能力である。特に説明することもない。


 じっと見つめてくるドクターシノブを、じっと見つめ返す。

 慌てて動いたからか、髪が乱れていた。ネクタイは緩み、表情もいつもより豊かになっている気がする。床に座り込んだりしていたためか、黒いスーツには僅かに汚れがついていた。しっとりと黒いスーツは意外と肌触りが良かった。腕は思っていたより力強く、私の額に当たっていたシャツ越しの体温は温かかった。


 抱きしめることによって、人はホルモンが出るとテレビでやっていたことがある。ずっと一人暮らしで他人の体温に触れることが滅多になかったからか、いつもより手足が温かいような気がする。

 なんだか少し恥ずかしい気がして視線をそらすと、ドクターシノブもビクッと動いた。


「なっ何を見つめている!! 私を尋問するつもりかッ!!」

「いえ、別に。あの、それよりも残りの爆発物も探しに行きませんか? まだあるんですよね」

「何をこんなときに……いや、そうだな、そうすべきだ」


 ドクターシノブは過剰に頷くと、ぎこちなく警備室を出た。無言で歩き出す。先程までも会話のない時間があったはずなのに、なんだか沈黙が気まずく感じる。といっても、特に話題は浮かんでこなかった。どさくさで落としてしまっていた、ビニールバッグに入った爆発物を拾ってドクターシノブを追いかける。


「この階ではこれが最後だ」

「他のものと同じものですね」

「ああ、他に設置されていたものと成分も大体同じもののようだ。エントランスに仕掛けられていたもの、それにけ、警備室のものは少し違っていたが……警備室のものは詳細な解析には少し時間が足りなかった」


 警備室のあれが起爆していれば、衝撃波が他の爆発物にも伝わり、連動して全ての爆発物が爆発してビルを倒壊させていたのだろう。爆発は瞬時に伝播していただろうから、見つけると起爆する仕組みになっていたのはある意味幸運だった。流石に見つける前に防ぐのは難しい。


「とりあえず、これらが爆発する危険はないんですね」

「いや、極小信管が埋め込まれているので、起動するリモコンがあればいつでも爆発する可能性はある」

「えー……じゃあ他のやつも片付けておきますか」

「面倒そうな声を出しているが、あっさりと言い切ったな。三科ヒカリ、この爆発物をひとりで片付けるというのか」


 爆発物の近くに座る私を、ドクターシノブがじっと見下ろしている。


「まあ、他に出来る人もいないし、買い物もやってもらってますし」


 長方形に作られた爆発物に手を触れる。指先に集中させると、そこから意識が伸びていくように長方体の輪郭を把握した。膜の中に空気を入れるイメージでその輪郭を膨らませる。フロアの床をその輪郭に入れないように、他の物質が中途半端に入らないように気を付ける。大きなシャボン玉を作るように作るときは少し集中が必要だけれど、出来てしまえば楽なものだ。

 見た目にも変化はなく、能力を使えない人間が触れても何を感じることもない。

 けれど、そこに能力の跡が付いている。それが私には感じられるのだ。


「よいしょ」

「な、いきなり?!」


 どん、と鈍い音が響いて、空気が一瞬震えた。作り出した透明な輪郭の中で爆発物が一瞬明るくなり、そして黒い煙が半球形の輪郭に広がる。

 ピピー、とまた電子音が鳴った。





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