第42話 ラブコメ禁止令
「勢いで決闘することになったんだけど、よく考えたらあたし、もうあいつと婚姻関係を続ける理由がないのよね……だからなんか……逃げてきちゃって……」
「それで?」
「何かない? あたしが戦うほどの理由」
「相談相手間違えているのでは???」
アリエスは早朝からエリカに呼び出された。
朝ご飯をおごってくれるというので学園クエストの前に合流したわけである。
アリエスの期待した通り、エリカが選んだ店は個室つきの喫茶店であり、値段帯はかなり高い。
というのもこの店はよく磨かれた艶のある木材でできた調度品やら、椅子やテーブル、それに宮廷音楽を録音したBGMなど一見して『よくある高級志向風の店』にしか見えないが、その中身が『本物』なのだ。
すなわち、ここで店員をつとめる、メイド服やら執事服を着た生徒たちは、故郷の方で行儀見習いをしていた本物貴族たちなのだ。
男爵位や伯爵位といった貴族の中では低位に分類される人たちではあるが、彼らは中位から上位の貴族の屋敷で幼いころから行儀見習いをやらされているため、その所作は本物なのである。
というか平民羊飼い出身のアリエスからすると、周囲全部本物貴族なのでクソほど居心地が悪い。
個室なのでテーブルマナーは気にしなくていいということだが、なんで『高級なご飯をおごってもらおう』というノリで来て意識に『テーブルマナー』という言葉がのぼる羽目になるのか。何もかもおかしい。
そして対面でフレンチトーストなどほおばるエリカはさすが公爵令嬢だけあって動作が様になっているのだ。
こんなところで格差社会を見せつけられる。アリエスはエリカを恨んだ。おごりであることを差し引いても恨みが勝る。
そして何より相談内容が恨んでも恨んでも足りないときている。
アリエスは平静を保つために深呼吸をしてから、口を開く。
「あの、エリカ、話を整理しますね」
「ええ、そうしてちょうだい」
「明らかにナギ先生と深い関係のありそうな女が出てきて、エリカとの結婚を認められないという文脈で決闘を挑んできて、あなたはそれを受けた」
「ええ」
「しかしあとから考えると受ける理由がなかったので、何か決闘に挑む口実を探している」
「口実って……まあ口実だけど……それで? 何か思いついた?」
「今すぐ自害すればいいのでは?」
「なんでよ!?」
「いや、だって、ねぇ。もうエリカの問題は片付いて、先生の嫁をやってる必要がなくなったっていうのは、あなた自身、わかってることなんでしょう?」
「そうなのよ」
「だったら別れちゃってもいいのでは?」
「いや、だから、その……決闘を承諾しておいてやっぱり理由がないからやめますっていうのはマナーが悪いからどうにかして決闘を受ける理由を捻出する必要があってそれはあくまでも礼儀作法に基づいた」
「つまり、別れたくないんでしょう?」
「いやそうは言ってないでしょ!? 侯爵様に対する礼儀で、どうにかこう、決闘を受ける理由を捻出しなきゃいけないっていうか……」
「今、私が考えていること、わかります?」
「……何よ」
「『クソめんどうくせぇなコイツ』って思ってます」
「なんでよ!?」
「『なんで』!? 『なんで』って聞いたかこの女!? それはなァ! どう聞いても! あんたが『別れたくないけど別れたくないって言うの恥ずかしいからどうにか本心を隠したまま問題だけ解決できないかなぁ』っていう態度だからだよ!」
「うぐ……」
「しかもその相談を私にするか!? 私だって狙ってんのに! っていうか私が決闘を仕掛けるわ! 今すぐ私と殺し合えエリカァッ!」
「お、落ち着いて。耳が出てるわよ……」
「フー……! フー……!」
知らずに浮いていた腰を椅子に下ろしてから、両手を頭上に乗せる。
そこにはオオカミの耳がある。
呼吸を繰り返して精神を落ち着かせると、【獣化】の弊害である『感情の昂りによる獣化現象』は次第に落ち着いてきた。
アリエスは栗色の髪をなでつけて頭上の獣耳が完全になくなったのを確認してから、笑った。
「エリカ」
「はい……」
「お前は死後に魂を火炎に焼かれ続けるだろう」
「呪いの言葉!?」
「正直に答えてくださいね。あなたは、先生を横から出てきた女にとられたくない。そうでしょう? 嘘をついたら針を千本になるまで一本一本飲ましますけど」
「拷問宣言!?」
「いいから答えてくださいね。私が笑ってるうちにな……」
「は、はい。ごめんなさい。……あのね、あたし……自分でもよくわかってないのよ。なんか……先生にやたら距離感が近い女が出てきて、すごく……ムカついて……だってそうでしょ? 最初は利害関係での婚姻契約で、あたしたちは……その当時、出会って一日も経ってないぐらいだったし……そんな、ほだされるようなことなんか、何もなかったっていうか……」
「ピピー! 次に無許可でラブコメをしたら縛り首にしまーす」
「してないでしょ!? ラブコメなんか!」
「いや私も先生を狙ってるって言ってるでしょ!? どうして私の前でのろけて許されると思ったんだ? それとも決闘前に私に殺してほしいのか?」
「で、でも、アリエスの『それ』はなんか、そういう冗談なんじゃないの?」
「将来設計だって言ってんだろ!? あんたらの誰よりも真剣だわ! それとも先生と結ばれなかった方が私を嫁にもらってくれるの!? それなら真剣に応援するけど!?」
「いえ、ごめんなさい。私たちたぶん、どっちも女同士は無理な方だわ」
「私はねぇ……! 卒業後に、あんな! 何もない村に戻って! 狩人として生きていくなんて、嫌なんですよ! 若くて顔がいい安定した職業に就いた旦那様に養われて暮らしたいの! そしてその出会いは学園にいるうちしかないの! わかります!? 社交界に行く貴族様にわかりますか!?」
「あんた社交界のこと『出会い系』のサークルと勘違いしてない?」
「すいませんねぇ! 平民なもんで! 知らないんですよ社交界!」
「いやその、ごめんなさい。……けど! 別にあたしはのろけてないけど!?」
「よしわかった。とりあえず殺し合ってから話をしよう」
「もしかして、あたしが一方的に悪かったりするのかしら……」
「そうですね」
「そっか……ごめんなさい」
「謝った程度で許される段階はもう過ぎてるんですよ」
「じゃあどうすればいいのよ!」
「先生と別れたくない理由を、言い訳せず正直に言いなさい。そうしたら、許すかどうか前向きに検討します」
「そう言われても……よくわかんないのよ。たしかにピンチを救ってもらったし、いろいろサポートしてもらってるし……ちょっと押しが謎に強いところもあるけど、それだって今までいろんな人の助けを遠ざけてきたあたしを助けてくれた理由だから、ちょっと嬉しかったっていうか……」
「よし殺そう」
「理由を正直に言うためにがんばって考えてるんだけど!?」
「努力は認めるがそれはそれとして死ねって感じなんですよね」
「どうしたらいいのよ!?」
「……で、その先生は今、どこにいるんですか?」
「なんか学園の案内とかでその女といっしょにいるわよ?」
「バカ!」
「なんでよ!?」
アリエスは頭を抱えた。
どこから説明せねばならないのだろうか。まさか『先生に懸想してることが明らかな女と先生を二人きりにしてはいけない』とかいうところから? マジかよ。
アリエスは悲しくなってきた。
なんでこんな女が現在のところ
「こいつ……マジで……情緒の発達が赤ちゃん……」
「あたしのこと!?」
他にいねぇだろ。
アリエスはため息をついて、そしてもう、徹底的に付き合うことに決めた。
今日中にこの、恋愛耐性赤ちゃんを五歳児ぐらいまで育てよう。
この面倒見のよさのせいでアリエスのところにいろんな問題が集まってくるのだが、彼女本人はいまいちそのことに気づいていないのだった。
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