第20話「寒村の蛇女房 その9」
「へ、蛇じゃんっ!! めちゃくちゃ普通に蛇じゃんっ!!」
先ほどまでとは打って代わって、ネルはすぐにでも脱出しようともがく。だが、きつく結ばれた荒縄はほどけるどころか緩む気配さえ見せない。
やっぱり、あの人型の樹木のような怪物は蛇だったのか。
……それじゃ、人型ってもしかして、あのとき、誰か飲み込まれてた?
「アミメニシキヘビがなんでいるんだよっ!!」
「神原先生よく分かりますね。アミメニシキヘビってあのアナコンダに並んで世界最長の蛇ですよね。たしか全長10メートルにもなる個体がいるという」
いや、2人とも詳し過ぎ。俺なんて分かるのはせいぜいニシキヘビくらいまでだぞ。
そして、今にも襲い掛かりそうなアミメニシキヘビは全長10メートルはゆうに超えているように見える。あくまで目算だが、15メートルはいっているかもしれない。
って、そんなに呑気してる場合じゃないな。つい怪物じゃなくて実際にいる蛇だと分かって気が抜けてしまったみたいだ。
「ああ、蛇神様、わたくしの食卓へおいでくださりありがとうございます。この者たちが本日のメインになりますわ」
蛇女房は鉈を後ろ手に隠しながら、巨大蛇に言葉を掛ける。
「ねぇねぇ。ところですごく気になるんだけど、後学の為に教えてくれない?」
ネルの言葉にあきらかに不機嫌なオーラを纏う。
「後学? まだ生き延びられると思っているのですか? あなたに与えられるのは冥途の土産くらいですよ」
「じゃあ、それでいいから教えてほしいんだけど、蛇女房さんは襲われないの?」
「わたくしが? 蛇神様に? 襲われる訳ないでしょ。この卵のスポンジ。これにはレモンの匂いが染み込んでいて、握ると匂いが出てくるの。蛇神様はレモンの匂いがするものは捕食しないようにしてくれているから、こうしてあなたたちだけ――あれ?」
蛇女房は卵型のスポンジを揉むが、何やら首を傾げている。
「レモンの匂いしないけど、大丈夫?」
「おかしいわね。100回くらいなら匂いがするはずなのに」
あ~、もしかしてだけど、バチェラーの参加者に配ったやつ、そのまま使いまわしてるのかな?
それだと、俺、緊張して100回くらい揉んだ気が……。
たまたま、それが蛇女房のところに?
「あ~、1回目の合格のときに渡された卵も2回目もオレ、めっちゃ揉んじゃった。しかも、人のまで……、なんというか、ごめんっ!」
揉み心地良かったもんな。気持ちはわかる!
「このっ! クソ野郎がっ!!」
しゅるる。という蛇の声、そして、唾液がぼたぼたと蛇女房の足元へと落ちる。
「へ、蛇神様?」
ひゅっと空気を裂く音が聞こえたかと思うと、蛇女房の体に細長い尾が食い込む。
蛇女房の体から空気が無理矢理漏れ出るような音が微かに聞こえると共に、身体が宙を舞う。
どさりと土の上に落ちた蛇女房は体をピクピクと痙攣させている。
「ひっ、ひぃ!! 蛇女房さんっ!!」
スタッフは蛇女房を助けようと近づくと、獲物を盗られると思ったのか、スタッフの女性にも尾で鋭い一撃を加えた。
「先に逃げ出せそうな獲物から動けなくするのは理にかなっていますね」
しみじみと大蛇の行動に関心する川鉄さんに、
「えっと、まさか、こんなことになるとは。化けて出て来てくれるならウェルカムだから、そんときはよろしく!」
申し訳なさそうな物言いだが、自分の欲望MAXなネル。
蛇神様と呼ばれる大蛇は、そんな2人に向き直り、口もとからダラダラと涎を垂れ流す。
そんなに2人が美味しそうなのか? これはそろそろ助けに行かないとな!
俺は売店で買った蚊取り線香をバラバラにしてから、それぞれに火を着けアミメニシキヘビの元へ投げた。
「おや、これは助けが来たみたいですね。城条さん、ありがとうございます。ですけど、蛇が蚊取り線香の匂いが苦手というのは迷信ですよ」
「そうだぞ。万二っ!! 蛇はレモンとか柑橘系は嫌うみたいだけど、蚊取り線香は実証されていないんだ!」
いや、だから詳し過ぎるんだって!!
それくらい詳しいなら自分たちで対処してくれ!!
「でも、火が苦手なのはどんな動物も共通だろっ!」
俺は投げた蚊取り線香にアミメニシキヘビが気を取られている間に、2人の元へ駆けより、ライターの火で縄を燃やして切った。
「あとは蛇をどうにかすればいいだけだな」
正直なことを言えば、廃墟の幽霊とか呪いのビデオのレイコとか相手にするより、ただデカイだけの蛇を相手にする方が100倍楽だわ。
虫よけスプレーを蛇に向かって噴射しながら、ライターの火をくべる。
簡易的な火炎放射器となって、大蛇を燃やす。
だが、流石に15メートルもある巨体はそれくらいじゃ負けず、こちらを捕食しようと首を持ち上げ、見下ろしてくる。
「あ~、失敗したな。相手が木のお化けだと思ってたから炎しか準備しなかった。蛇だって分かってたら包丁も持ってきたのに」
「鉈ならあるぞ! ほいっ!」
いつの間にか、蛇女房のところまで駆け寄っていたネルから鉈が投げ渡される。
「刃物を投げるなっ! 危ないだろ!!」
なんとか無事にキャッチし、鉈の握り心地を確認する。
うん、なかなか良い持ち手だ。刃も綺麗だし。これなら充分包丁の代わりになるな。
「包丁って言えば調理器具だろ。目的なんてさばく以外ないだろ」
アミメニシキヘビは噛みつこうと、頭を俺に猛スピードで突っ込んで来る。
空気を裂く程の早い動きだが、初動も分かり、しかも、狙いも俺に狙いを定めているのだから、避けるのは容易だ。
俺はその頭をかわすと、鉈を目へと打ち込む。これで、俺と同じで左目が見えなくなったな。
蛇が痛みに暴れる隙も与えず、俺は首に左腕を回す。蛇特有のざらざらとした感触が腕全体に伝わることなど、人生においてほとんどありえない経験を今している。
相手の力も強く、上下左右へと逃げようとするのを必死に力で対抗していく。
大蛇も頭を使ってか尾で俺を攻撃しようとするが、そこは鉈で迎撃し、ここが危険地帯だと知らしめる。
「蛇って食べれるの?」
ネルの質問に俺は答える。
「鶏肉みたいでおいしいぞ。これだけあれば、かなり食べがいがあると思うけど」
自衛隊時代。森の中をナイフ一本だけで進軍する訓練。あのとき蛇は貴重なタンパク源だったし、味も木の根っことか虫とかより各段良かったんだよな。
「人喰ってる蛇だけど、旨いのか?」
あ、確かに
という訳で、殺しても食べられないし、ここの土着信仰的にも問題ありそうだし。
殺したら完全に俺らを殺すまで村の人たちがやってきそうだし。そっちのが蛇が襲ってくるよりホラーだよな。
俺は腕を解くと、すぐさま蛇の鼻っ柱に一撃加え、怯んだところに簡易火炎放射器で、周囲を燃やし、煙で視界を、蚊取り線香の匂いで一応嗅覚を。そして熱で蛇独特の熱を感知するピット器官を封じた。
「良し、逃げるぞ!!」
ときおり、周囲を燃やしながら逃げたんだが、村人からの追手は一切無かった。
蛇女房も倒れていたし、それどころではなかったのだろう。
それに、あれだけ林を焼いてしまったし、消火作業が必要だよな。
本当なら俺も参加するところなんだけど、流石に犯人が消火活動とかしてたら、村人にボコボコにされそうだし、そんな大きな火でもなかったし。
車に対しても村人の見張りはおらず、完全に村総出で消化活動に当たっているのだろう。
そうして俺らは各自、車に乗り込み、編目村を後にしたのだった。
後日。この村の火事は新聞になった。
幸いなことに死者は0名。行方不明者は村人にはいなかったそうだが、救助に訪れた村外の消防士が数名行方が分かっておらず捜索中らしい。
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