31

 家に帰るとお客さんがたくさん来ていて、既に宴会は大盛り上がりだった。


「おお、遅かったじ? どうや、祭は面白かったけ?」


 お酒に酔っているのか、伯父さんの顔は真っ赤だ。気多大社に向かう車の中で、お客さんにはお前たちが三人だけで祭りを見に行ったことにしておくからな、と彼が言っていたのをぼくは思い出す。ま、実際、それは嘘ではない。確かにぼくらは祭りを見ていたのだ。空からだったけど。


 もう20:00をとっくに過ぎている。さすがにお腹がペコペコだ。料理はぼくらの分をちゃんと残しておいてくれたらしい。とにかくぼくらはオードブルを食べまくった。評判のお店のものだけあって、とっても美味しかった。


 "サカサイト、サカサッサイット、サカサイト、サカサッサイット、ソレイヤサカサー"


 笛や太鼓の祭り囃子に乗せて、勇ましい祭りの掛け声が聞こえてくる。祭りは深夜まで続くらしい。だけど、だんだんお客さんがポツポツと帰っていって、とうとう伯父さんと伯母さんとぼくらだけが居間に残された。


「どうやら無事に終わったようやな」伯父さんが真面目な顔で言う。「それも、かなりハードな任務だったようやな」


「はい……でも、なんとか完了しましたよ」と、ぼく。


「そうか」満足そうな顔になった伯父さんは、コップを手にとってビールを喉に流し込む。


「ねえ、伯父さん」


「なんや?」


「伯父さんたちの時は、どんなことがあったんですか?」


「ふふん」伯父さんが鼻を鳴らす。「それはまた、いつか話してやるわいや。長い話になっさけぇな」


「そうですか……」


 ちょっと残念だった。


「父さん」と、ヤス。「父さんは、あの『神』ってヤツ、何者だと思う?」


「ヤスヒロ、お前はどう思っとるんや?」


「うーん。分からない。宇宙人とか……かなぁ?」


「そうやな。宇宙から来たのかもしれんな。あるいは、別の次元からか……いずれにせよ、俺たち人間よりは遥かに進化した存在なんやろうな。俺はな……アレの正体は『情報』そのものなんやないかと思っとるんや」


「「情報?」」ぼくとヤスの声が揃う。


「ああ。情報や。でもな、人間……いや、生物というものはすべて、根本的に情報なんや。ほら、遺伝子って学校で習ったやろ?」


「……」ぼくとヤスは、無言でうなずく。


「遺伝子は DNA と呼ばれる分子で出来とる。DNAには体のすべての部分を作るための情報が保存されとるんや。そう……すべては情報なんや。俺たち生物ってのは、みな情報……遺伝子の入れ物に過ぎんのや」


「……」ぼくは言葉を失う。そんな風に考えたことなんて、一度も無かった。


 だけど、ヤスは事も無げに言う。


「ドーキンスの利己的遺伝子説だね」


「……知ってんのかよ!」思わずツッコミを入れてしまった。


「いや、常識だろ?」


「お前の常識は偏りすぎだよ!」連続してぼくのツッコミが炸裂する。


「まあ、それも学説の一つに過ぎんのやけどな」と、伯父さん。「ほやけどぉ、あの『神』ってヤツは、進化しすぎてもはや入れ物としての体も必要なくなって、純粋な情報だけの存在になったんやないかな、と俺は思っとるんや。文字でしかコミュニケーション出来んっていうのもぉ、それっぽい気がするげんな。文字ってのは情報を伝える上では一番手っ取り早いさかいな。俺もこんな仕事しとるとぉ、つくづくそう思うな」


 伯父さんは近くの工場で社内SE(システムエンジニア)をやっている。情報処理のプロなのだ。彼は言葉を続ける。


「例えば、CDは音声だと74分しか記録できんが、文字なら3億文字記録出来る。文庫本なら2千冊分や。一日3冊読んだとしても2年くらいかかる。つまり、人間にとっては文字の方が少ないデータでより多くのことを伝えられる、ってことやな」


「……」


 なるほど。言われてみれば確かにその通りだ。


「お前たちも、最近はLINEとかインスタみたいに文字でコミュニケーションすることの方が多いやろ? そっちの方が手っ取り早いさかいな。そんな風にして究極的に進化したのが、あの『神』ってヤツなんかもしれんな」


 伯父さんがそう締めくくった、その時。


 ゴツン、と鈍い音がしたかと思うと、


「痛っ!」


 ぼくの隣でシオリが悲鳴を上げる。どうやら寝落ちした彼女は、テーブルに顔面をぶつけたらしい。鼻が赤くなっている。


「大丈夫か?」


 ぼくがシオリを振り返ると、鼻を押さえながら、それでも彼女は笑顔を作ってみせる。


「いたたた……でも、大丈夫やよ」


「疲れたんやな」伯父さんが笑顔になる。「みんな、今日はもう風呂入って、早う寝まっしま。まだ明日があるんやさけぇな」


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