22
翌朝。
朝ごはんを食べた後、ぼくらはみんなグッタリしていた。
無理もない。昨夜は大活躍だったんだ。その疲れがまだ残っている。
それに、今日は石崎奉燈祭。この日の夜、石崎の家ではお客さんを招いて宴会をするのだそうだ。そのために午後からみんなで大掃除をすることになっていた。そうなったら大忙しだ。だからそれまでゆっくり休んでおいた方がいい。
しかし。
洋間のソファーにもたれていたシオリが、突然起き上がる。
「どうした、シオリ?」
ぼくが声をかけると、シオリは不思議そうな顔で振り返る。
「うん……なんかね、ウチ、また呼ばれとるような気がして……」
「って、まさか、『神』に?」
「うん……」
「何ぃ? まだなんかあんのかよ……」居間の座椅子に座ってマンガを読んでいたヤスが、うんざりした顔になる。
「わかんない。けど……ウチ、ちょっと神社まで行ってみるよ」
「だったらぼくも行くよ」
居間の座布団の上に寝ころんでいたぼくが立ち上がると、ヤスもしぶしぶという様子で後に続く。
「しゃあねえなあ。おれも行くか」
---
まだ午前九時だというのに、気温は30℃を越えていた。突き刺さるような日差しの中、ぼくらは八幡神社に向かって歩く。夜はここにキリコが並び乱舞することになるだろう。
だが。
ぼくはすぐに異状に気づく。
なんだか、風景が少し歪んで見えるのだ。
ただ、それは本当に微妙で、よく見ると歪みが消えていたりする。だから気のせいか、それとも疲れているからかと思っていたのだが……なんだか、どこかでこんな風景を見た事があるような……
「なんか、おかしいな」ヤスだった。「なんて言ったらいいのか……この辺り、空間がおかしいみたいな感じがする」
……!
やっぱり、ぼくだけじゃない。ヤスにも風景が歪んで見えているんだ。
「ぼくも、なんか風景が歪んで見えるよ。だけど、これ、どこかで見たような気がするんだけど……」
「ほら、昨日、こっちでも向こうでも、ワームホールがいくつも開かれただろ」ヤスが応える。「あの時、空間が歪んだのか、ワームホールの周りも歪んで見えた。それと全く同じだ」
「!」
思い出した。言われてみれば確かにそうだ。この風景の歪む感じ、ワームホールの周りと同じなんだ……
八幡神社に着いた瞬間、シオリがピクリと反応する。
「!……お兄ちゃん、カズ兄、来たよ!」
昨日と同じように、シオリはぼくとヤスの手を握る。すると、例のゴシック体で文字が視界に浮かび上がった。
"お前たちに頼みがある"
「やれやれ。そんなことじゃないかと思った。まったく……人使いの荒い神様だぜ……」
そう言って、ヤスがため息をついた。
『頼みというのは?』スマホに入力。
"昨日ワームホールを大量に作った影響で、どうやらお前たちの時空が不安定になってしまったようだ。いままでこんな短時間にこれだけ大量のワームホールを作ったことはなかったから、そうなるとは予想出来なかった"
……。
おいおい、しっかりしてくれよ、と思わず言いたくなってしまう。ま、「神」も決して万能ではない、ってことなのか。
「神」からのメッセージは続いていた。
"現在、お前たちの時空の石崎では、何もしなくても突然ワームホールが生成されそうな状態になっている。今はまだ大きく成長する前に、お前たちの世界で言う「ホーキング
「ちょっと待てよ!」ヤスだった。「そんな……今夜は石崎奉燈祭だぞ? ものすごい数の観光客がやってくるんだ。そんなところに直径数十メートルのワームホールなんかがボコボコ大量に出来てみろよ……大変なことになるじゃないか!」
全く同じことを、ぼくも考えていた。シオリを見ると、彼女も顔が青ざめている。
『そうか。それを防ぐために、ぼくらの力が必要なんだね?』
ぼくはそう入力した。
"察しがいいな。その通りだ。ワームホールが"
そこでいきなり文字が途切れる。
「あ、あれ? なんか、文字が途中で止まったよ?」
「ウチもや」
「おれも」
しおりとヤスも、キョトンとした顔になる。
だが、しばらくしたら続きが表示された。しかし、今までのように滑らかに、ではなく、なぜか途切れ途切れだった。
"成長する前に、お前たちにその成長を止めて蒸発させてほしい"
『どうやって?』
"ワームホールに、お前たちの世界で言うエキゾチック物質を投げ込めばいいのだ"
「エキゾチック物質?」そんなの、聞いたこともない。「ヤス、分かる?」
「ああ」
事も無げにヤスがうなずいたのに、ぼくはちょっと驚いていた。ほんとこいつ、科学に関することは何でも知ってるなぁ……
「エキゾチック物質って言うのはな、質量……つまり重さがマイナスの物質だ。ワームホールは原理的にはアインシュタイン方程式の解であるブラックホールと、その時間反転バージョンであるホワイトホールをつなげたものだ。そして、ブラックホールにもホワイトホールにも質量があり、それが大きければ大きいほどその直径も大きくなる。だけど、質量がマイナスのエキゾチック物質を投げ込めば、引き算されてワームホールの質量が減るわけだ。そうなるとワームホールの直径が小さくなって、ホーキング輻射による蒸発に持っていけるってことなんだろう」
……。
やばい。ヤスが何を言ってるのか、全然わからない。
「ごめん。チンプンカンプンなんだけど……ホーキング輻射ってなに?」
「ええと……ブラックホールってのは決して永遠に存在するわけじゃないし、物質を吸い込むだけでもないんだ。ブラックホールからも物質やエネルギーが放出されて、いつかは蒸発してなくなってしまうことを、イギリスの物理学者のスティーブン・ホーキングが証明したんだよ。車いすの天才物理学者、って有名だった人だ。もう亡くなってしまってるけどね」
「へぇ……ブラックホールにも寿命があるんだ」
「そういうこと。だけど、問題はエキゾチック物質だ。理論的には存在すると考えられているけど、そんなものは未だに世界のどこでも見つかっていないし、作り出すこともできない。でもそれがなかったらワームホールを小さくすることもできない。どうしたらいいのか、聞いてみてくれ」
「……分かったよ」
スマホに入力。だが、反応が遅い。
ようやく返答が来た。
"お前たちの西に、お前たちの世界で言う「乗り物」がある。それを使え"
乗り物?
『乗り物ってなに? ぼくらの西って、どの辺なの?』
だが、いくら待っても反応がない。
「あ……なんか、『神』様とのつながりが、切れちゃったみたいや。どうしたんやろ」
シオリが首をかしげる。
「西に、乗り物がある……どういう意味だ?」ヤスも思案顔になった。
「分かんないな。とりあえず、家に戻ってネットとか本で調べてみようよ」
ぼくがそう言うと、二人ともうなずいた。
「そうだな」
「うん」
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