第二十五話 迷宮トラップ、始動ッ!
エイニーちゃんたちが出発した。ついに、あの暴君ワイバーンを討伐しに行ったのだ。
まだ早いかも、とか思ってたけど、サガーラちゃんの一押しで踏み切った。勇者もそろそろ動き出すだろうし、どうしても戦力の増強は行いたかったのだ。
確かにあの人数でワイバーンに敵うかと言われたら、少し微妙なところだ。本音を言えば、燕蜂は100人くらい連れて行かせたかった。
けど、それでは過剰だとシャルルに怒られてしまったのだ。彼の見立てでは、あの戦力が大主神アストラに認められる限界。これ以上増やせば、アストラからの承認は得られないそうだ。
レベルこそ低いが、蜂は数が増えれば明確な脅威となる。だからこそ、数を減らさなければ進化には踏み切れないのだ。
……ただし注意しなければならないのは、あのワイバーンも強くなっているということ。
エイニーちゃんが私の眷属になった時点では、ワイバーンはまだランクBに進化したてだった。
それがこの数週間で、もうLv100を超えているのだ。
あのワイバーンは間違いなく強敵。安全措置としてシャルルもついて行っているけど、そもそも彼だってLv90だ。『女王の加護』で補正がかかっているとはいえ、ワイバーンに勝てる確証はない。
……よくよく考えると、あの時エイニーちゃんの提案を却下して良かった。
まだ長肢蜂しか眷属がいなかったころ、エイニーちゃんがワイバーン討伐を進言してきたのだ。
しかし当時の戦力では、シャルルを含めたとしてもワイバーンに勝てるわけがない。あの時討伐に踏み出さなくて本当に良かった。
「みんなが心配ですか、レジーナさま」
「サガーラちゃん……。正直ね、すっごく心配なんだ。誰も死なずに帰ってくればいいんだけど」
サガーラちゃんに教えてもらった。彼女たちの忠誠心というものを。だから私も、こんな危険な命令を下すことにしたんだ。
だけど、だからこそ、私の心配はどんどん大きくなる。
今朝、出発していくエイニーちゃんの目を見て思ったのだ。この娘は、私のためなら本当に死ねてしまうんじゃないかって。
危ない目をしていた。この戦いで、死ぬ覚悟をしていた。
確かに、ワイバーンに挑むなら絶対に必要な覚悟だ。けど、『死んでもいい』とは思わないでほしい。
誰にも死んでほしくないから、ワイバーンよりも強い勇者と戦ったとき、犠牲になってほしくないから、私は戦いに行かせたんだ。今ここで死んでしまっては元も子もない。
「大丈夫ですよ、レジーナさま。みんな強いですから。それに、レジーナさまはここからでも、みんなを強くできる力を持っているじゃないですか」
朗らかな笑みで、サガーラちゃんはそう言った。
その声音は、私に全幅の信頼と期待を寄せている。そう思えた。
「そうだね、私には私のやるべきことがある!」
サガーラちゃんの言うとおりだ。誰にも死んでほしくないなら、みんなを強くするしかない。
そして私には、『女王の加護』がある。私がレベルアップすれば、みんなにも補正がかかるのだ!
「そうと決まれば早速行動だ! このためにみんなを外に出したんだもんね! 探索に出ている子たちが帰ってき次第、全員第七階層に集合。子どもたちの世話係はそのまま続行として、残りのみんなは最奥の間に!」
「承知しました、レジーナさま!」
私はサガーラちゃんに指示を出し、一足先に最奥の間へ向かう。
世界樹に空いた無数の近道を利用し、ほぼ一直線に上へ。ここは昆虫サイズでなければ通れない抜け道。迷宮のあらゆる罠を無視できるのだ。
最奥の間にたどり着くと、私は人間の姿に変身し目を閉じた。なんとなく、こっちの方が集中できる気がするのだ。脳の体積も比べ物にならないし。
『世界樹の支配者』に意識を向けると、そこに統合されたあらゆるスキルが映し出される。それは世界樹が、それこそ無限にも等しい時間をかけて集めたスキルたち。
正直、多すぎて今でも良くわからない。『解析』のレベルも上がって使い勝手は良くなってるけど、世界樹に関してはむしろ疑問が深まるばかりだ。
いったいどうやって、これほどの数のスキルを手に入れたのか。
(それに、Lv150程度の私が、Lv2800オーバーの世界樹を支配できているのも意味わからないしね)
アクシャヤヴァタ。この神樹がいったいどれほどの力を持っているのか、どんな意味を持っているのか。たぶん、一生をかけてもわからないだろうな。
「レジーナさま、全員集まりました!」
数分間世界樹と向き合っていると、最奥の間に数多くの燕蜂が集まってきた。長肢蜂は、ほとんど子育てに夢中になっている。
とにかく全員、最終階層に避難できたようだ。超巨大に作った最奥の間には、この数じゃ似つかわしくないかもしれないけど。
早く子どもたちを増やしたいなぁ……。
って、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「コホン、え~、今から始めるのはデモンストレーションです。私たちの迷宮が如何に強力なものか、みんなわかっていないようですから。では、コレを観てください」
私は最奥の間の天井に、『感覚共有』で作り出したディスプレイを表示する。
ここに集まった皆がそれを見上げ、何が始まるのかと期待していた。
映し出されたのは、この迷宮の入り口。朝になって大きく口を開けた、世界樹の大穴だ。
そしてそこには、今までではあり得ない光景が映し出される。
……トカゲだ。オオトカゲだ。2m級の巨大なトカゲが、興味ありげに迷宮の入り口を見ている。
アレはこの森に住む魔物で、樹上性のトカゲ。大きな木と豊かな水場を好み、時に燕蜂の巣を破壊してでも木を占領する。
その光景に、事前に説明を受けていたみんなも動揺していた。頭ではわかっていたが、世界樹の内部まで接近してきたトカゲに、違和感を隠し切れないのだろう。
そう、混乱の魔力は私が取り払った。この世界樹は、誰にも手が付けられていない資源の塊。
周辺の草花は世界樹の魔力で猛々しく成長し、昆虫の活動がなかったために土はやせ細っている。
一度生物の介入があれば、世界樹以外簡単に滅ぶであろう土地。そこに現れた侵入者。
「では、デモンストレーションの開始です!」
安全を確認しつつ、凄まじい勢いでオオトカゲは迷宮へ侵入する。奥へ奥へ。奴はきっと、自分が世界樹に一番乗りしたと思っているんだろう。
……そのつけ上がった鼻づらを、巨大な槍が突き刺すまでは。
世界樹の地面から伸びた槍。先端には当然、無数の種類の蜂毒が入っている。
毒は易々とトカゲに侵入し、神経を直接刺激。穿たれた鼻からはとめどなく血が流れ、オオトカゲは身をよじって逃げ出そうとしている。
……そこに追撃の槍。天井から、壁から、地面から。四方八方上下左右、あらゆる場所から槍が放たれ、抵抗むなしく最初の侵入者は息を引き取った。
私は自分のレベルが上がったのを感じ、みんなに告げる。
「これが、この迷宮の力です。今皆さんが住んでいるのは、これほど強力な迷宮なのです! 見ての通り、侵入者などまったくの無力。皆さんが恐れることは、何もありません!」
迷宮蜂でない彼女たちは、それまで自分の巣に外敵が侵入することを恐れていた。
それは、種族の壁。生物としての本能。
しかし私に仕える以上、それは克服してもらわなければ困る。ではどうすればいいのか。
徹底的で圧倒的な力を見せつける。
侵入者がどれだけ強かろうとも確実に屠れる。そんな強さを見せつければいい。
ディスプレイには、次々と侵入者が映し出されては殺されていく。
オオトカゲもイノシシも、昆虫類でさえも、自動生成された罠の前に屈していった。
第二階層以降も万全の用意を整えていたけど、第一階層を超えられる者すら現れそうにない。
「わかりますか、これが私の力です! これが、貴女たちの力です! 迷宮に侵入してきた者など、一方的に嬲るものに過ぎない。それが、迷宮蜂という種族なのです!」
私の言葉に、皆が歓喜の声を上げる。これが力、これこそが迷宮蜂。
哀れな侵入者を屠り、安全にレベルを上げ進化する。それが私たち、迷宮蜂なのだ。これこそが、私たちが最強種と謳われる所以なのだ!
……その時、私の『感覚共有』にエイニーちゃんの叫びが入り込む。
やはり、彼女は死ぬ覚悟を決めていた。死んでもいいと思っていた。映し出されるのは、絶望の光景。
「私が、それを許すと思った?」
迫る風の刃。彼女の命は、もはや風前の灯だろう。
「……けど、私の方が速い! 『サテライトキャノン』ッ!」
世界樹の周辺に集まり、物珍しいものを見学しに来た愚か者たち。
彼らは餌だ。私の家族を守り養うための。
世界樹を中心に、超高熱量の魔法が放たれる。それは一瞬にして外敵を殲滅し、排除し、私にレベルアップをもたらした。
「私は絶対に、家族を死なせたりしません。絶対に守り通すと誓います。だから、怖がらないでください。目を背けないでください。そして……受け入れてください!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます