第27話 工作員
俺は図書室に足を踏み入れる。書物が収まった棚の横を擦れ違い、奥にある透明なドアの前に立つ。
現出した電子パネルに軍人手帳をかざす。
ピッと電子音が鳴った。透明なドアがスライドして壁に吸い込まれる。
俺はドアの向こう側へと靴先を入れる。歩を進める内に、左右でいくつもの光が伸びた。
赤、黄、緑。様々な色合いの長方形が視界を飾る。情報を内容ごとに分類するそれはホロシェルフ。アクセスして情報を読み取るための技術だ。本を読むだけなら実体のある棚でいいが、俺の目的は閲覧制限のあるデータ。特別区画に踏み入らないと目的を果たせない。
俺は毒々しい色のホログラムに触れる。
半透明な赤紫のパネルが現出する。指定したカテゴリの題名がずらっと並ぶ。それらを一つ一つ視線でなぞり、人差し指で下へスクロールする。
鍵マーク付きの文献を見つけた。閲覧制限の掛かったデータだ。
「いよいよか」
俺はまぶたを閉じる。意識して肺を膨らませ、科学的に気を落ち着けてファースト・マントの特権行使を宣言する。
【人間相手における『精神的ゆさぶり』の検討】。嫌な予感しかしない文字列を人差し指で突く。
長方形のポップアップが表示される。『権限が不足しています』の文字にアクセスを拒否された。
「一回じゃ閲覧できないってことか?」
レオスに決闘を強制した一回。たった今使った一回。
残された特権はあと一回。最後の特権を使って再チャレンジするか、権限レベルの低そうなデータを狙ってアクセスするか。選べるのは二つに一つだ。
アクセスに失敗すれば裏を取れない。かといって、権限レベルの低そうなデータを選ぶのもリスキーだ。セキュリティの甘い文献に、俺達の推測を裏付けるデータが記されているとは思えない。
「……よし」
改めて口を開く。
選んだのは前者。残された最後の特権を行使し、さらなる権限レベルの上昇を申請する。
固唾を呑んで結果を待つ。
「……よし!」
アクセス許可が下りた。思わず手をぐっと握る。
新たなホログラムウィンドウが展開され、内に秘めた文字列がさらけ出される。皮剥ぎ、アシッドアタック、水分と脂肪分を合成樹脂に置き換えるプラスティネーション。小さな子供を誘導しての爆殺に、試した戦場や時刻。人類軍の反応や改善点などが論文形式で細かく記述されている。
写真もあった。俺は込み上げる不快感を呑み込み、最後の句点まで視線でなぞる。
「……決まりか」
『考察とその後』の記述に『我々機械軍は』と記されていた。
俺達の敵は機械軍だ。人間を対象にした実験データを、少年兵育成施設に保管する意味はない。プランテーションの実態は、少年兵を用いた精神攻撃を研究する場なのだろう。
見つけた。
見つけて、しまった。僅かな歓喜とちょっとした後悔が泉のごとく湧き上がる。
この場が人類領だと信じたかった。俺の推測は全部的外れで、多大なリスクのある脱出劇などしなくてもいい。そんな未来を期待していた。
忘れていた。現実はいつも俺に苦難ばかりを押し付ける。夢のような時間が続いたせいで気を抜いていた。
カサッと後頭部に何かがぶつかる。振り向くと、床の上に白い物が落ちていた。
丸められた紙。認識してむっとした。くしゃくしゃにした紙を後ろから投げ当てるなど、なんて幼稚な悪戯なのだろう。レオスとの決闘を見て、まだ俺にちょっかいを掛ける同僚がいたことに呆れと感激を覚えた。
床に腕を伸ばして拾い上げる。何が書かれているのかと紙を広げて息を呑む。
『騒ぐな』。紙にはそう記されてあった。
「集中しすぎよ。もっと周りを気にしなさい」
凛とした声が響いた。
見られていた! いつから⁉ とっさに機密文書を閉じて部屋を見渡す。
特別区画の奥。離れたテーブルに少女が腰掛けていた。艶のある黒髪に赤フレームの眼鏡。ありふれた小物だけど、少女が着用しているとファッショナブルな物に見える。
その人影には見覚えがあった。
「君は、確かテントの中で」
「ついてきて」
少女が踵を返す。
論ずる時間はないと言われたように感じて、俺も口を閉ざして華奢な背中を追う。
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