第24話 機械軍の少年兵


――九月九日。


 また勝った。


 長らく続く戦いにも、ようやく終わりが見えてきた――と言うのはさすがに言いすぎか。あくまで均衡が崩れただけだ。気を引き締めないと上官にどやされちまう。


 そうだ、あいつに助けてもらったお礼をしてないや。ありがとうも言ってねぇし、今度メシでもおごってやるか。

 

「……何だ、これ」


 思ったことが口を突いた。首筋を舐められたような気持ち悪さがあった。


 手記につづられているのは文字の羅列。内容から察するに、戦闘行動の合間に記されている。おかしなことは記されていない、はずだ。


 なのに胸騒ぎが抑まらない。文章に付随する強烈な違和感に心が警笛を鳴らしている。これ以上読み進めると、もう引き返せなくなる気がする。


 しかしせっかく得た手掛かりだ。読まないなんてあり得ない。違和感の正体を求めてページに目を走らせる。



――九月十二日。


 アンドロイドが戦場に出てきた。ついに機械軍もヤキが回ったらしい。あれらは軍事用じゃない分、これまでの個体と比べるともろい。戦闘に対する順応性も数段下だ。戦いやすいったらないぜ。


 今日だけで五体破壊した。これだけ戦果を出したら昇進も近いんじゃないか? 小さい機体ばかりだから気分は良くないが、所詮はアンドロイドだ。気にしないように努めよう。

 

 ワクワクする。給料いくら増えるかなぁ。



――九月十三日。


 今日もたくさん壊した。非戦闘用アンドロイド様々だ。こんなに弱いなら、もっと俺のところに来てくれればいいのに。


 しっかしよくできたアンドロイドだ。冷却液に赤い油が混ざってるし、弾が当たればのたうち回る。本当に生きてるみたいでちょっと不気味だ。


 おっと、こんなことを言うとあいつらがうるさいんだった。俺は何も言ってませんよっと。



――九月十五日。


 人間だ。

 アンドロイドじゃない。俺達が撃ち殺してきたのは、人間の子供だった。


 どうして子供が機械の味方をする? 何で俺達に銃口を向けるんだ? 全く意味が分からない。


 皆動揺してる。叫んでる。顔をかきむしって血まみれになった同僚もいる。何だこれは、一体何が起きてるんだ? 


 くそが! これが連中のやり方なのかよ!



――九月二十日


 同僚が減っていく。


 殺されたわけじゃない。皆、急に銃を持てなくなった。PTSDが流行り病になるだなんて笑い話にもならない。前線を張れる奴がいなくなって、今までの快進撃が嘘のように止まった。


 悔しいが、連中の術中にはまっちまったらしい。生物の痛いところを的確に突いてきやがる。使い慣れた銃の引き金が錆び付いたみたいに重い。


 戦友もPTSDで入院した。去り際に、何でお前は撃てるんだって問われた。化け物でも見るかのような目だった。


 ちくしょう、なんだってんだ。



――九月二十二日。


 指令が下った。子供は極力殺さず保護するとのことだ。子供を殺すのは忍びない。反対する者は少なかった。


 後日非殺傷のゴム弾が支給された。ゴム弾は木の幹を貫通しないから、今までのようには戦えない。連中の練度の低さがせめてもの救いだ。



――十月十日。


 子供の保護ペースががくんと落ちた。

 奴ら、撃ち合いが強くなってやがる。ゴム弾になって向こうの生存率が上がったせいだ。


 この前の作戦では、以前撃ち損じた奴を見た。

 見違えるような動きをしていた。あいつだけじゃない。実戦経験を積んだ奴は明らかに動きが違う。やっぱり子供の成長スピードは異常だ。場数を踏まれると厄介極まりない。


 何か、何か手はないのか?



――十月十四日。


 仲間がやられた。


 油断したんだ。気絶した子供を保護しようと近付いたら、茂みから別の奴に撃たれた。きったねぇ。あいつら、俺達が積極的に殺しに来ないと気付いてやがる。


 連中、わらってやがった。まるでサンドバッグにするみたいに、遺体を蹴って遊んでやがった。


 なぁ、あいつはお前らを助けようとしたんだぞ? どうしてあんな目に遭わされなきゃいけねぇんだよ。こんなのあんまりじゃないか。



――十月三十日。


 拠点を奪取された。軽く三十人は死んだ。


 大敗した理由は分かり切ってる。ゴム弾なんて中途半端な物で戦わされたせいだ。いずれこうなるのは目に見えてた。全部上にいる無能のせいだ。首都までもうすぐだったのに。くそ、くそくそくそ!


 あのガキどもめ! 今度会ったらのたうち回るまでゴム弾をぶちこんでやる!



――十二月二日。


 また拠点が奪われた。


 無能な上層部も危機感を覚えたようだ。実弾の運用再開だけでなく、友好派の機械も参戦する旨を伝達された。


 あいつらは人間を攻撃できないようにプログラミングされている。一方で、クソガキどものことは機械軍の一員と認識するから攻撃できるらしい。器用なことだ。やっぱりあいつらと俺達とでは、根本的に何かが違うんだろう。


 それでも頼もしい。

 自分の心に拘束されて仲間を失うのは、もう御免だ。



――十二月七日。


 拠点を奪い返した。

 やっぱり機械がいると心強い。相手をためらいなく殺せるのは大きなアドバンテージだ。


 ガキの死体は見て見ぬふりをした。土を濡らす赤い液体は血じゃない。そう思わなくちゃいけない。立ち塞がるガキどもを蹴散らして、奪われたものをこの手に取り戻すんだ。

 

 仕方ないよな? だって奪ったのはそっちなんだ。奪い返して何が悪い。


 殺してやる。殺してやるぞガキども。



――十二月十一日。


 同僚に殴られた。ガキどもをやりまくったのが気に食わないらしい。


 あのバカ何言ってんだ? ガキどもは敵だ。敵に情けをかけるとか、あいつは軍学校で一体何を学んできたんだ? 


 誰が言ったんだったか。真に恐れるべきは、有能な敵ではなく無能な味方であると。

 

 まさにその通りだ。あいつらが綺麗ごとばかりほざくから、優れた俺達がケツを拭かなくちゃいけない。


 なのにあのバカども、どのツラ下げて俺を非難しやがる。慣れ合う連中が味方と認識しているから排除もできない。無能な味方がこれほど厄介な存在だとは思わなかった。


 もういい。子供に罪はないとか言ってる奴ら、全員あいつらに撃ち殺されちまえ。そうしたら指差して嗤ってやるよ。ハハッ!



――二月二十日。


 ガキどもの射殺を反対するデモが始まった。


 うっとうしい。ハエが飛び交う汚物槽に叩き込まれた気分だ。どうして世の中はこんなにもバカであふれ返っているんだろう。デモの集団に手榴弾を投げ入れれば、世の中もっと平和になるんじゃないか? 


 幸い、同じことを考えてる同僚は結構いる。クーデターを起こして軍政を敷くのも悪くないかもしれない。そうすればあのバカガキどもを殺し放題だ。こんな陰鬱とした気持ちも晴れるに違いない。



 見直してゾッとした。


 これを記したのは本当に俺なのか? まるで猟奇殺人鬼の手記を眺めてるみたいだ。いつからだ? どうしてこんなことになったんだ? 


 俺だってガキどもを助けたいと思ってた。なのに、今は同じ人間すら敵に見える。


 敵は機械のはずだ。子供たちを盾にする卑怯な無機物のはずだ。俺は今何と戦ってる? 機械か? 人間か? 本当の敵はどっちなんだ? 分からない。分からない。


 分からないから、もう少し殺してみることにする。


 俺は俺が知りたい。ガキどもを血の海に沈めて後悔する人間なのか、それとも嬉々としてトリガーを引ける人間なのか。答えは未来の俺自身が教えてくれるだろう。


 さあ出撃だ。殺してヤル。



「…………」


 俺は手記から目を離す。体力と精神力には自信があったものの、さすがに限界が来た。ページを進めるにつれて崩れていく文字が生々しくて、これ以上文字列に目を通すと精神が汚染されそうだった。


「これ、どういうこと? 私達の敵は機械じゃなかったの?」


 ミカナの口調は早い。明らかに困惑を隠し切れていない。


 文章に目を通した限りでは、手記は人類軍兵士の手によって記されている。


 それは事実と矛盾する。手記を落としたのは、ついさっきまで俺達と戦っていた勢力だ。その勢力が人類軍に所属する部隊なら、俺達の所属は機械軍ということになる。今までの価値観がひっくり返る内容だ。


 俺は改めて混乱の原因を観察する。


 手記はところどころが破けて不自然にくねっている。涙や血と思われる滲みが点在し、ページは握り潰されたようにくしゃくしゃだ。怒り、悲しみ、憎悪と殺意。少年兵への悪意がヒシヒシと感じられる。


 俺は焦燥に駆られて、手記とUSBメモリをポーチに入れる。これ以上視界に収めていると頭がおかしくなりそうだ。


「この話はまた改めてしよう。ここで見たことは誰にも言わないように。それでいいな?」

「うん」


 視界の隅で垂れ幕が揺れる。

 

 反射的に振り向くと少女が立っていた。規格化された戦闘服を身にまとっている。質素な装いだけに赤い眼鏡が目を引く。


 仲間だ。機械軍所属と考えれば首を傾げたくなるが、それは俺達も同じ。ひとまず攻撃されることはないと知ってほっと胸を撫で下ろす。


「二人はこんなところで何をしているの?」

「物資がないかと思ってな。周りはどんな感じだ?」

「暇そうにしているわよ。雑談で盛り上がってるくらいにはね」

「そうか。ありがとう、そろそろ号令をかけようと思っていたんだ」


 俺は腰を上げ、ミカナに目配せして少女とテントを後にする。同じ班のメンバーを集めて点呼を取り、車両に乗って帰還した。

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