第2話

 文子は料理番組の仕事を切られてしまった。ディレクターの千葉任三郎は「苦情の電話やメールが止まらない。マジで迷惑だ、この疫病神!」と邪険にしていた。

 文子の息子の人志は中学3年生なのだが、母親のせいで下駄箱に『人殺し』と赤いスプレーで落書きされたり、プールに突き落とされたりした。しまいには恐喝までされ、人志は不登校になってしまった。

 

 何とか息子を部屋から出そうとノックを何度もしたが、「うるせーよ!」と怒鳴られた。かつて、ひきこもりが母親をサバイバルナイフで刺し殺す事件を思い出し、怖くなり断念した。


 リビングでアールグレイを飲みながら文子は確信した。

 私に恨みのある人間の仕業だ!

 もしかしたら、宮内の仕業かも知れない。文子は神戸にあるレストラン『オーロラ』のオーナーをしているのだが、アシスタントだった宮内逸夫は、不器用な上にゴキブリが入ってるのを気づかずに客にオニオンスープを出す失態を犯したのでクビにした。

 店を副料理長の力丸勇に任せ、文子は宮内の家に出かけた。宮内は神戸の外れにあるアパートに住んでいた。

 文子は事の詳細を話した。宮内は「そりゃ御愁傷様です」と鼻で笑った。

「何笑ってんのよ!?」

「笑ってなんかいませんよ。被害妄想じゃねーの?」

「中野博士が亡くなった時間、あなたはどこで何をしていたの?」

「彼女とラブホにいましたよ。嘘だと思うんならホテルマンに尋ねればいい」

 ラブホに行ってみたが、「個人情報なので教えられない」と門前払いを食らった。

 

 夜遅く、文子は三宮警察署に向かった。

 応接間で事務員が淹れてくれたホットコーヒーを飲んでると、阿藤巡査部長が現れた。メタボリックな40代の男性だ。

 宮内が怪しいと思うこと、ラブホの防犯カメラを確認してほしいことを伝えた。

「私の一存では決めかねますので上に相談してみます」との事だった。

 文子から署から出ると雨が降ってきた。

「傘を持ってくるんだった」

 

 阿藤が刑事部屋に入ると、刑事課長の銀山次郎が「おせーよ!2時間ドラマが見れなくなるだろうが!」と怒鳴ってきた。阿藤の天敵の鷲鼻の男だ。

 阿藤は文子からの伝言を銀山に伝えた。

「他人に罪なすりつけるなんて、どうしょもねーババァだ。いちいちつきあってらんねー。早く、春子を逮捕しろ」

「けど、もし彼女が犯人じゃないとしたら?」

「うるせーんだよ! デブ!!」

 銀山は机の抽斗からオートマチック拳銃を出して、阿藤に向けた。物凄い恐怖感を感じた。それとともに知能指数がグングン上がった。

「あ〜鳥肌が立つ」

 これが阿藤の決め台詞だ。

 真犯人は中野のアシスタントの松永靖子だ。

 阿藤は後輩の備後びんごと例の研究所に向かった。備後は覆面パトカーを快適に飛ばしている。

「その頭、何とかならんのか?」

 備後の頭がモジャモジャなので、助手席の阿藤は言った。

「金があまりないので床屋になかなかいけなくて」

 研究所まで20分かかった。

 

 靖子は意気揚々と働いていた。

「おや、刑事さん今日はどうされたんですか?」

「あっ、実は気になってることがあって……タイムマシンって実現可能なんですか?」と、備後。

「相対性理論の双子のパラドックスを使えばいけないことはありません。双子の兄弟の兄がロケットに乗って宇宙まで行く。そして、折返し返ってくると、地球にいた弟の方がずっと年をとっていたというパラドックスです」

「相対性理論によると、光に近い速さで動くほど、物体の時計はゆっくり進みますよね?」

「随分と詳しいんですね?」

「大学では物理学を専攻しましたから」

「へぇー、刑事さんって大門圭介とかジーパン刑事みたいな武闘派ばかりじゃないのね?加速度さえかければ未来にいけないわけじゃない」

「それじゃ過去には?」

「光速が宇宙最高のスピードで、光速で行かれる範囲がわれわれの世界の限界だからなぁ……ニュートリノを使った実験を何度かやりましたが、失敗に終わりしました」

「中野博士が亡くなられてさぞや、お喜びでしょう?」

 阿藤がそう言うと靖子は苦笑して、「どうしてそういうこと言うんですか?」と言った。

「中野博士を殺したのはあなたですよね?」

 阿藤は靖子が泣きそうになろうが口撃を止めなかった。

「何故、私が博士を殺さないといけないんです?」

「レディーバグの研究を邪魔されたからでしょう?」

「何故、それを?」

 靖子はうっかり口走ってしまった。

 レディーバグは英語でテントウムシを意味する。

 靖子を先頭にエレベーターに乗り込み地下に向かった。テントウムシを巨大化したロボットが保管されてあった。🐞

「けど、秋山文子というあのダイイングメッセージは何を意味していたんですか?」と、備後。

「それをこれから解き明かす」

 阿藤は靖子から受け取ったボタン式のキーで、レディーバグのドアを開けた。  

 コックピットは車の運転席と同じく2人乗れる。

 後部席には3人は座れる。

 阿藤が操縦席、靖子が助手席、備後が後部席にそれぞれ座った。

「秋山文子の秋は、秋分の日である9月23日、山は山の日である8月11日、文は文化の日である11月3日、子は子供の日の5月5日をそれぞれ意味していたんだ」

 キーを2・3・1・1・3・5と押した。するとドゥルルン!と唸りを上げてレディーバグが起動した。

「カッコいいな。コイツはナニモンなんです?」と、備後。

「タイムマシンよ」

 阿藤は1・4・6・7・1・1とボタンを押した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る