第82話 悪あがき


 ペグシルダム国、ダヴィード・ノルドハイム・ペグシルダム国王はフィグネリアを娘同様に思っていた。


 会えばいつも満面の笑みを浮かべ、分を弁えつつも甘えてくる愛嬌の良さは、実の娘クレメンティナ王女よりも可愛げがあると感じていた。


 加えて稀有な魔法を使え、それを惜しげもなく振る舞うように人々の病や怪我を治癒させていき、この国の至る所に転移陣を設置する事にも尽力してくれた。


 無理を言っても常に笑顔で、それが国王には可愛く思えて仕方がなかったのだ。


 だから今回の事に関しては、すぐにリュシアンの言い分を受け入れる事が出来なかった。何かの間違いだろうと、いや、そうであって欲しいと思っていたのだ。


 しかし堅実なリュシアンが証拠も何の確証もなく、こんなだいそれた事を言う訳がない事は、ダヴィード国王も分かり切っていた。

 そして今回の事に関しては、シオンを守る為にしているのだろう事も分かっている。


 だがそれでも、すぐには納得は出来なかった。したくなかった。頑なにフィグネリアを信じようと、信じたいと思っていたのだが、それは突き通す事が出来なかった。


 聖女という事を前提から覆す証拠をこれでもかと突きつけられたのだ。

 

 証人としてあげられた大司教ルーベンスは、聖職者の中でも大変勤勉で信仰深く、誠実で慈悲深い人物であると、ダヴィード国王もよく知っていた。そのルーベンスがフィグネリアの能力はある少女から譲渡されたものだという証言をしたのだ。


 そして最も被害の多かったルマの街で、その当時を知る人物達からの証言を得て調書を作り、御大層に魔法で制約も課せた物を突き付けられたのだ。

 もし嘘を言おうものなら、二度と口が聞けなくなるかなり厳しい制約だが、集まった調書は多数に及んでいた。

 何よりリュシアン自体が調書を偽造したり、脅して証言をさせたりする人物てはない事は周知の事実で、ダヴィード国王自身も疑う余地はなかったのだ。


 それでもまだ。フィグネリア自身が反省し、ダヴィード国王の元まで自分の罪を認め、謝罪に訪れていたのなら。

 そう思ったからこそ、すぐに捕える事はせずにフィグネリア達に時間を、猶予を与えたのだ。


 だがその温情も無惨に裏切られたとダヴィード国王は捉えた。そしてそれは、リュシアンが予測していた事だったのだ。


 こうなって一番に行く場所はシオンの元だと。シオンであれば懐柔でき、思い通りにできると考えて行動するだろうと。その時でさえ、ダヴィード国王はまだフィグネリアを信じる気持ちはあって、まさかそんの筈はないと思っていたのだ。


 リュシアンからはすぐに出動出来るように待機しておいて欲しいと願われ、半信半疑のまま転移陣の前で待機していたのだが、フィグネリアが公爵家に来た事を従者が告げに来た時は、ダヴィード国王は情けなくて眼の前が真っ暗になってしまった程だった。


 こうして目の前にする今もなお、ともすればフィグネリアを救うために動こうとするかも知れない。そんなふうに騎士に捕らえられたフィグネリアを見つめていた時だった。



「わたくしは悪くないぃぃぃっっ!!」



 フィグネリアが突然騎士達を振り切り、シオンのいる場所まて駆け出して行った。

 


「お前がぁ! お前が生まれてきてから全てが狂っていったのよ! シオンっ!!」



 今にもおそいかかりそうな勢いであったが、後ろ手で拘束されていた為、フィグネリアご自慢の鞭打ちは出來なかった。

 それでも物凄い剣幕で近づいてきたフィグネリアに、シオンは驚き硬直してしまう。


 

「わたくしに懐きもせず! 奇病だがなんだか、いきなり体に傷が発症するとか、マジで気持ち悪いっ! なんでお前みたいな出来損ないがわたくしの娘なの?! なんですぐに死ななかったのよ! あれほど死んでしまえと言い続けたのに! お前がわたくしの代わりに死ねば良いのよ! なんの役にも立たない無学で無知なお前が! わたくしの代わりに死になさいよ!」


「やめないか! フィグネリア!」


「うるさぁぁいっ!! ちょっと名前を借りただけで極刑とか言ってるアンタも可怪しいんじゃない?! わたくしが今までどれ程貢献してきたかわかってる?! ねぇ!」


「陛下、お下がりください!」



 フィグネリアはすぐに騎士達に再び捕らえられた。それでも気が収まらないフィグネリアは、誰彼構わずに食って掛かっていく。次にリュシアンに向かって暴言を吐き出した。



「娶った嫁の実家に支援金や援助金を渡すのは当然の事なのよ! そっちは金持ちなんでしょう?! ならこっち回せって言って何が悪いのよ! わたくしに似て美しい娘をあげたんだから、それくらい当然でしょう!」


「シオンを送り出してくれた事には感謝する」


「その感謝がこれなの?! アンタ、頭を悪いんじゃないの?!」


「もう止めてください!」


「うるさいシオン! お前がシャシャリ出て来るんじゃないわよ! あぁ、気持ち悪い! 娘だからって殴らなかったけど、痛めつけてやれば良かったわ!」


「そうやって何でも自分の思い通りにしてきて、それが叶わなかったらすぐに癇癪を起こして喚き散らすのは、聖女と呼ばれるに相応しい方のする事とは思えないです」


「なっ! 何様なのよ、アンタっ!」 


「私はリュシアン様の妻です! 公爵夫人です! 今の貴女より上の立場にあるんです!」



 何とか勇気を出して、シオンは声を張り上げてフィグネリアに抗議した。だけどやっぱり怖くて、手はブルブルと震えていた。それを察してそっと手を握ったリュシアン。その優しさに力を貰って、シオンは大きく息を吸ってからゆっくり吐き出して、フィグネリアにキチンと向き合う。


 もう逃げない。そう決心して、シオンはフィグネリアと対峙するのであった。



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