第42話 受け取ったもの


 遠目に見えたのは熊型の魔物、アウルベアだった。凶暴で我を忘れて襲いかかる獰猛な魔物である。


 リュシアンは直ぐ様腰に携えた剣を抜き、馬でアウルベアの元まで駆けていく。アウルベアが襲いかかろうとしているのはシオン達三人で、威嚇し近づいてくるアウルベアに三人は恐怖で動けなくなっている状態だった。


 一触即発の状況で、すぐにアウルベアの攻撃がシオン達を襲いかねないところまで迫っている。


 馬を走らせ近づいたリュシアンは、駆ける馬の鞍に足を掛け踏み台にして飛び上がり、炎を這わせた剣でアウルベアの首元目掛けて勢いよく斬りつけた。


 アウルベアの首元から鮮血が飛び散り、それは一瞬にして炎に包まれていく。


 たったの一太刀。あれ程騒がしかった広場は、一瞬のうちに静まりかえった。


 着地と同時に剣を鞘にもどしたリュシアンは三人の無事を確認する。

 颯爽と風のように現れ助けに来てくれたリュシアンを見て、シオンは頬を赤らめた。


 さっきの剣捌きは見事だった。噂のように炎を這わせた剣で、舞うように体を回転させて斬りつけた姿は美しかったし、とても格好良かった。


 うっとりとリュシアンを見つめるシオン。あれが自分の夫なのだと思うと、嬉しくもあり何だか恥ずかしくもあり、それから誇りにも思えた。

 

 皆がリュシアンの活躍を見て、脅威は去ったと安堵した。


 しかし、リュシアンの横で火だるまとなっていたアウルベアだったが、まだ終わっていないとばかりに

『グォォォォォォォォォォォッッ!!!』

と再び吠え叫び出し、最後の一撃とばかりに前進し、大きく腕を振り上げたのだ。


 その先にはまだシオン達三人がいて、その咆哮に驚き、また動けなくなってしまった。


 

「危ないっ!!」



 慌ててリュシアンは駆け寄った。そして、戸惑って立ち止まって動けなくなっていたのを手を取って庇うように抱き寄せたのは、メリエルだった。


 勢いよく振るわれたアウルベアの炎にまみれた熊爪がリュシアンの肩をザクリと切りつけた。

 そしてそのままアウルベアはドォォンッという大きな音を立てて倒れて動かなくなった。


 

「うぐっ……!」



 左肩にアウルベアからの攻撃を受けたリュシアン。


 その光景を、シオンは信じられないものでも見るように見つめていた。


 リュシアンがメリエルを抱き締めている。


 魔物からメリエルを庇った。


 シオンは何も考えられずに、ただただ二人の様子を黙って見つめていた。


 肩に傷と火傷を負ったリュシアンだが、その傷はみるみるうちにひいていく。それはリュシアンにとっていつもの事だった。


 だがーーー



「あぁっ!!」


「お嬢様っ!」



 突然、シオンが悲鳴のような声を出して崩れ落ちる。それを何とかジョエルは支えた。


 リュシアンの胸に抱き寄せられているメリエルは、一体なにが起こっているのか分からなかった。呆然とされるがままだったのだが、シオンの悲痛な声を聞いてハッとする。



「シオンお嬢様?! どうしたんですか?!」



 すぐにリュシアンから離れてシオンのそばに行くと、シオンは肩をおさえて震えていた。そこから血がジワジワと滲み出てくる。



「早く……! 早く医師を呼んでください! 公爵様っ!」


「な、なんだ? どうしたと言うんだ……?」


「いいから早くっ!!」


 

 ジョエルは必死になってリュシアンに懇願する。アウルベアの攻撃は自分が防いだと思っていたが、シオンにも何かしらの攻撃が至ってしまったのだろうか。それならば、これは防げなかった自分の失態だ。そう悟ったリュシアンは、すぐに公爵家のテントへシオンを連れて行く事にする。


 一瞬の事で、何がどうなったのか分からない。あの時庇ったのはメリエルだった。ノアを守ろうとしたが為に無意識にとった行動だったが、その時は冷静な判断は何も出来ていなかったし、他には何も見えていなかったのかも知れない。


 不本意だが、それでもシオンは自分の伴侶となったのだ。妻なのだ。それなのに自分は他の人を庇ってしまった。

 ノアを守った事に悔いはない。だけどシオンを守れなかった事にリュシアンは深く反省し、動揺した。


 テントに運び込まれたシオンは、大会用に待機していた医師に診て貰う事になった。


 メリエルはシオンが心配でテントの中にいたのだが、ジョエルは追い出されてしまった。そしてリュシアンもテントの外で待機する事となった。


 ジョエルはシオンが心配で仕方がなかった。またリュシアンのせいで傷を負ってしまった。それもメリエルを庇って。

 メリエルが悪い訳では無い。無事で良かったとも思っている。


 だけど、それを庇ったのがリュシアンだと言うことに納得がいかなかった。そうして気安く怪我を負っても、それはリュシアンにはなんの影響も受けないのだから。


 シオンは怪我をする度に

「リアムに怪我がないのなら、それでいいのよ」

と笑っていた。

 そんな事も知らずに、会う度にいつもシオンを睨み付けるリュシアンを腹立たしく思っていたし、許したくなかった。


 リュシアンへの苛立ちと、シオンを守れなかった自分への苛立ちで唇を噛み締めているジョエルに、リュシアンが近づいてきた。



「聞きたいのだが……あの時、シオン嬢に何があったのか。私は見えていなかったので教えて貰いたいのだが……」



 尋ねるように聞いてくるリュシアンに、ジョエルの苛立ちはMAXとなった。

 リュシアンの胸ぐらを掴み、そばにあった木にドンッと背中を押し付ける。



「貴方にはっ! 迂闊な行動をしないで頂きたい!」


「……は? 何を言っているんだ?」



 凄い剣幕で言い放つジョエルの様子に、リュシアンも流石に苛立った。



「何も知らず分かろうとせず! 噂だけを信じて真実を知ろうとせず! 貴方が……っ! 貴方が誰に守られているのか何も分からないくせにっ!」


「貴様……何が言いたいか知らんが、無礼だぞ」



 胸ぐらを掴んだジョエルの手首をグッと握り、自分から引き剥がす。

 

 今にも二人は殴り合いでもしそうな程切迫した状態だったが、それはテントから出てきた医師の言葉で遮られた。



「奥様の治療が終わりました」

 

 


 

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