第33話 確信
ユーリから今ここで起こっている事を聞いたリュシアンは、情けなさと苛立ちで胸が締め付けられていた。
シオン付きの侍女となった事で、メリエルがここの使用人達から虐めを受けている。それはメリエルがシオン達の事を悪く言わないから徐々に起こっていった事で、別邸に移り住んでからは余計に酷くなっていったようだった。
ノアは優しい子だった。人を疑う事を知らず、誰にでも優しく接する子だった。風邪をひいても、迷惑がかかるからと一人で黙って耐えていたり、孤児院で他の子が強請れば自分の食事を分け与えたりもしていた。
そんなノアの姿がメリエルに被って見える。
きっと酷い事をされても、誰にも言えずに一人で耐えていたんだろう。今回はきっと自分以外の者にも影響があったから憤ったのだろう。
それがあのシオンの為だとは……
納得がいかなかった。けれど、メリエルの意志を尊重してあげたかった。しかし本当に別邸では、シオンには何もされていなかったのか?
言葉巧みに良いように使われているのではないか。利用されているのではないか。そんなふうに考えると、やはりシオンの事をすぐに害のない女であるとは思う事はできないのだ。
「別邸はどうだ?」
「そうですね。ここ最近ルストスレーム嬢は部屋に籠もっているようですが、以前はよく庭の手入れをされていました。侍従のジョエルという者が甲斐甲斐しく世話を焼いていましたよ」
「甲斐甲斐しく、か……」
「えぇ。大切に丁寧にルストスレーム嬢を扱っている感じです。まぁ、はたから見れば、その……二人は恋人同士のように、見える、と言いますか……」
「遠慮しなくていい。形だけの夫婦だからな」
「そうでしたね。おそらく二人はそんな関係なのかと思われます」
「そうか……」
「それ以外は特に気になる事は、今のところございません」
「分かった。それと以前から探すよう伝えていた物たが……」
「あぁ、それならやっと一つ、見つけましたよ」
「本当か?! それはどこでだ?!」
「王都の商店で、です。こちらです」
そう言うとユーリは小さな紙袋を一つ、リュシアンに手渡した。受け取ったリュシアンは、すぐに紙袋から中身を取り出す。
それは一枚のハンカチーフで茶色の猫の刺繍が施されてあった。それを見て、リュシアンは嬉しそうな、そして泣きそうな表情になる。
「ありがとう……ありがとう、ユーリ。また頼む」
「畏まりました」
ユーリは軽く一礼すると、瞬時にその場から姿を消した。
リュシアンは手にしたハンカチーフを大切そうに、そして優しく刺繍された猫をそっと指でなぞる。茶色の猫の瞳は緑色で、それは孤児院に住み着いた猫を思い出させた。
幼い頃ノアとリアムは二人で自分たちの食事を少し残しては、住み着いた痩せた仔猫に餌を与えていたのだが、ノアはいつもその猫を
「毛色と瞳の色がリアムと同じだね」
と、嬉しそうに言っていた。
その猫の名前を、二人の名前からとって『ノアム』としていて、ノアが黄色のハンカチを首輪代わりに巻いていたのだが、刺繍にはそれもちゃんと施されてあった。
「やはり、ノア……君は生まれて来てくれていたんだね……」
確信したように呟き、リュシアンはハンカチーフを胸に抱く。
市場に時々売り出されていた、丁寧な刺繍の入ったハンカチーフやハンカチ、小物入れが人気で入手困難となったのは、それが単なる刺繍された物だというだけではなかったからだ。
それを持っていると体調が良くなっただとか、長患いの病が改善されただとか、傷を負ってもすぐに治るだとか、風邪をひかなくなっただとか、そういった噂が実しやかに流れ始めたからだった。
製作者は誰かは分からなかったが、時折出回るその商品の販売元も不明となっていて、入手できたら幸運の女神が微笑んだ、とも言われる程だった。
たまたまその商品、ハンカチーフを手にしたリュシアンは、そこから僅かに微量の魔力を感じた。それはリュシアンが多大な魔力保持者で魔法に精通していたからであって、魔力の無い者や一般的な魔力保持者ならば気づく事はないほど微量なものだった。
だがリュシアンはその魔力がノアの持つ魔力とよく似ている事に気づいたのだ。
それからはその刺繍の施された物を探し出す事に尽力してきた。しかしここ最近、2、3ヶ月程前から、それらが市場に一切売り出される事がなくなってしまったのだ。
持っている者を見つけて、高値で譲って欲しいと言っても、やはり健康には代えがたいと手放す者は殆どいなかった。
そんな入手困難となったノアの刺繍したと思われる布製品は、リュシアンの手元にこれまでに三つあって、今回手に入れた物を合わせて四つとなった。
今までに入手した物の刺繍の図柄は、花、教会、鳥とあって、それらは自分達がいた孤児院を彷彿とさせるものだった。
教会はどこも似たような造りになっているから、刺繍されたものが育った教会だと決定づけられなかったが、花は教会の庭に咲いていたものであったし、朝の目覚まし代わりの小鳥の囀りを思い出させるのは、教会の庭の木にいた刺繍された鳥だった。
そして今回の猫の刺繍を見て、それらはやはりノアが刺繍した物だと、リュシアンは確信したのだった。
「ノア……この時代に……僕のいる世界に生まれて来てくれてありがとう……」
嬉しそうに口から溢れ出た言葉。その時リュシアンが思い浮かべていたのはメリエルの笑顔だった。
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