第31話 内部事情


「なんですって?! メリエル・アイブラー、そんな事は許されませんよ!」



 いきなり何を言うのかと侍女長ノエルは驚き、すぐにメリエルの発言を止めようとする。しかしメリエルはそんな事は百も承知で、この事に関しては簡単には引き下がりたくはなかった。



「ですが侍女長! 私は今回の事……食事の事も移動の事も納得できないんです! セヴラン様、お願い致します! 公爵様にお目通りを!」


「そんな事でリュシアン様のお時間を割く訳にはいきません。抗議があるのでしたら書面にて受け付けます」


「それが受け付けられるのはいつなんですか! すぐに対応していただけるんですか?!」


「精査するのに時間は頂きます。それまでは本邸での勤務とします」


「ですからそれが納得できないんです!」


「何が納得できないんだ?」


「え……あ、公爵様!」



 セヴランが来た時に開けっ放しにされた扉の向こう側から、リュシアンがゆっくりと入ってくる。


 リュシアンは侍女長にメリエルの移動の件と、メリエルについて詳しく聞こうと思い侍女長室まで来ていたのだが、そこにメリエルがいて何やらセヴランに抗議をしている。何があったのか。不満があれば取り除いてやりたい。リュシアンの頭の中にいるノアを思うと、自然とメリエルへと足が向く。



「騒がしくして申し訳ありません」


「構わない。それでアイブラー嬢、なにが納得いかないんだ?」


「それは……」


「リュシアン様、この件はこちらでちゃんとしますから。お手を煩わせませんので……」


「セヴラン、私はアイブラー嬢に聞いているのだ」


「は……申し訳ございません」



 差し出がましい事をしたと、セヴランはうしろに控えた。それを見計らってメリエルはズイッとリュシアンの前に出る。



「申し上げます。移動の事です。私はなぜ別邸から……シオンお嬢様付きの侍女から本邸への勤務に変更になったんでしょうか?」


「それがアイブラー嬢の為だと思うからだが」


「私の為? それはどういう意味ですか?」


「貴女はあの女……シオン嬢に酷い仕打ちにあったのだろう? だからその職場から開放しようと言ってるのだ」


「私はシオンお嬢様から酷い仕打ちなんて受けておりません!」


「脅されているのか? 誰にも言わぬように言われているのだろう?」


「いえ! そんな事は決してありません! それを言うならここでの皆の対応の方が酷いです!」


「それはどういう事だ?」


「何を言ってるのですか! メリエル・アイブラー! いい加減な事を公爵様に言うつもりですか?!」


「侍女長、私は貴女の意見を聞いているのではありません」


「ですが侍女達の問題は全て侍女長である私の管轄でございます! 公爵様の貴重なお時間をこれ以上頂く訳には……!」


「黙れと言っているのだ」


「……っ!」



 言われて、侍女長ノエルは口を噤んだ。やっと静かになったとばかりに、リュシアンは優しくメリエルに確認する。



「アイブラー嬢、ここで……この本邸で何か酷い事でもあったのか?」


「はい……今日の昼食ですが、食堂に改装工事がはいるだとかで別の場所に移されたようなんですが、誰も私にその場所を教えてくださらなくて……」


「なに?」


「会議室1だと伝えましたわ!」


「それは私が問いただしたからです! それにきっと今行っても、もう昼食は片付けられているんですよね?」


「セヴラン、食堂の改装工事というのはどういう事だ? 私は何も聞いていないが?」


「そ、それは私も聞いておりませんが……」


「これはどういう事なのか。侍女長」


「あ、それ、は……その……」


「私はここに来てすぐに別邸での勤務となりましたので、本邸の内部をよく分かっておりません。急に別の場所に食堂を移したと言われても、それが会議室になったとしても、そこが何処にあるのかも分からなかったんです。しかも毎日場所は変わると言われて、その場所を知らせる用紙も無くなったと言われてしまえばどうすれば良いのか……」



 それを聞いたリュシアンは、眉間にシワを寄せる。聞くだけでも、それは悪質なイジメだと認識できる。しかもそれは一人で行われる事ではなく、使用人達が挙って行ったという事も。



「……侍女長、なぜそんな事を?」


「……わ、私は、あ、の……」


「一人の侍女を皆で虐めていたと言う事か。これがモリエール公爵家の使用人達の実情とはな。情けない」


「それは……っ!」


「何が違うのか」


「…………」


「私一人を虐めていた訳ではありませんよね?」


「それはどういう事だ?」



 ここぞとばかりにメリエルは言わなければと、リュシアンを見てから、目線をセヴランに移す。



「シオン様達の食事ですが、なぜあんなに質素な物を用意なさるんですか?」


「な、何を言ってるんですか?!」


「貴族の……しかも公爵様の奥様です。なのに私達使用人よりも酷い食事をご用意されていましたよね? セヴラン様」


「……そうなのか? セヴラン……?」


「えっと、な、なんの事、でしょう……」



 まさか自分に飛び火が降りかかってくるとは思わず、セヴランは思わず後退る。顔色を悪くして冷や汗をかき、目は何処を見ていいのかあちらこちらへと動いている。


 自分の知らない所で何がこの邸で起こっていたのか、リュシアンは知らなければと思ったのだった。









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