第6話 刻まれる痕
ジョエルはルストスレーム家で下人として働かされていた。雑用や、主に人が嫌がる汚物の処理等をさせられていた。
そしてフィグネリアのストレスの捌け口にもされていた。
特に何か粗相をしたわけでもないのに、毎日のように呼び出されては鞭打ちや殴る蹴るの暴力を受けていた。
シオンは暴力を受けてグッタリしているジョエルに、誰にも見つからないように密かにいつも手当てをしていた。
その当時シオンは暴力こそ振るわれなかったものの、育児放棄というある種の虐待を受けていた。使用人もシオンをいないものとして扱い、令嬢として接する者は誰もいなかった。シオンもまた、孤独で寂しく息を潜めるように生きていたのだ。
そうして幼い二人はひっそりと、寄り添うように仲良くなっていった。
しかしフィグネリアの暴力は日々増していく。それを見かねたシオンはその状態を止めさせるべく、邸をこっそり抜け出し、幼い足で何時間もかけて街まで行った。
その街には各地に駐屯している王都より派遣されている警邏隊がいて、シオンは迷子になったから送って欲しいと泣きつき、ルストスレーム家まで同行させたのだ。
そうして警邏隊を連れ帰り、いつも躾と言ってジョエルを鞭打つ離れの小屋へと素知らぬ顔で案内した。
聖女と敬われていたフィグネリアが幼いジョエルに暴力を振るっている現場を発見した警邏隊は驚いた。その後ルストスレーム家は監査に入られる事となった。
元聖女だと言うことを考慮され公にされる事はなかったが、それでもルストスレーム家は国王より厳しく警告されたのだ。
そんな経緯があり、ジョエルはシオンを恩人だと敬い、一生仕えると心に決めたのだった。
テラスから外を眺めると、明るく月がシオンを照らす。
食事は豪勢だった。しかしきっと、シオン達に与えられたのは使用人達が口にするような食事だったと思われる。肉が殆ど入っていない野菜の切れ端がメインのスープ。パサついたパン。サラダの横に申し訳程度に添えられた鳥肉のロースト。
貴族にしては実に質素過ぎる食事であったが、幼い頃よりまともに食事を与えられてこなかったシオンにとっては、こんな食事であっても豪勢だと思えたのだ。
しかも食前酒に安物のワインと食後のお茶まであった。ここは天国か、とも思える程だった。
ちゃんと食事を与えて貰える。食べ物の心配をすることなく過ごせる。空腹に耐えながら眠る必要もない。喉の乾きと飢えに夜目覚めることもない。これがどれ程すごい事か。
シオンは感謝の思いを胸に手を合わせ月を見上げ、魔物討伐という危険な仕事に赴いているリュシアンを想って目を閉じた。
「痛っ!」
「お嬢様?! どうされましたか?!」
お茶を用意していたジョエルが、シオンの声に驚き、すぐさま駆け寄る。シオンはフラリとしながらも倒れる事はなかったが……
「どこですか?! 見せてください!」
「大丈夫よ。ちょっとした打撲だと思うから」
「いいから見せてください!」
ジョエルはシオンの手を取りソファーに座らせると、シオンはオズオズとドレスの裾をそっと捲った。ジョエルは片膝をつき、赤くなっていく右足首を確認すると、すぐに先程片付けた救急用具から軟膏と綿布、包帯を取り出し即座に処置をしていった。
その手際は素早く慣れたもので、あっという間に治療は終わった。
「いつもありがとう、ジョエル」
「いえ。今日は酷くなくて良かったです」
「そうね……」
「全く……どうしてこんな事になるのか……本当に気をつけて頂きたいものです!」
「そうは言っても仕方がないわ。今回はマシよ。軽い打撲ですんでるもの。すぐに良くなるわ」
「私は気が気じゃありません!」
「……ごめんなさいね……」
「これはお嬢様が謝る事ではありませんから!」
「それでも……こうやっていつも貴方に頼ってしまう事になるから……」
「私の事は良いんです! あ、その……申し訳ありません。怒っている訳じゃないんです。ただ……」
「分かっているわ」
シオンがニッコリ微笑むと、ジョエルは泣き出しそうな顔をして下を向く。そんなジョエルの頭を、幼い子を慰めるようにシオンは何度も優しく撫でるのだった。
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