第4話 母の功績


 夕食時間になると、セヴランが別邸へとやって来た。

 邸内を見渡し、灯りが漏れ出ている部屋を見つけて辿り着いたようだ。 


 それはすっかり陽も暮れ、シオンの部屋の掃除と片付けを終えて、やっと二人で一息つけた頃だった。

 


「シオン様、お食事はこちらにご用意、という事でよろしいでしょうか」


「ありがとう、それで充分よ」


「……ではお持ち致します。食堂はこちらの部屋より出て左側奥にございますが……」


「自室で頂くわ」


「かしこまりました。ではそのように」


「あ、あの、セヴラン」


「はい、なんでございましょう」


「リュシ……いえ、公爵様はいつ頃お戻りになられるのかしら」


「今回は急な討伐命令であった為、お戻りは何時になるか正確には分かりかねます。ただ、現地は隣の領地ですが転移陣を使って行かれるので、最短で一日程で戻られるかと」


「転移陣……」


「えぇ。よくご存知でしょう? 転移陣はシオン様の母君であらせられる、元聖女フィグネリア様の功績でございます」


「母の……功績……」


「フィグネリア様は慈悲深く人々の病や怪我を治すどころか、そうやって転移陣を各地に設置し、移動を容易くさせてくださいました。この地の領民は皆がフィグネリア様を崇めていらっしゃいます。女神のような素晴らしい母君をお持ちで羨ましい限りでございます。……シオン様も出来れば見習って欲しいところですが……」


「貴様! 言葉が過ぎるぞ!」


「ジョエル! やめなさい!」



 苛立ったジョエルが今にも腰に携えた剣を抜き出しそうだったが、それをシオンは慌てて制す。セヴランは眉をピクリと動かし、仕方がないとばかりにため息をついてから軽く礼をして、シオンの部屋から颯爽と出て行った。


 

「あの女狐が女神のようだと?! ありえない!」


「ジョエルっ!」


「……申し訳ありません。仮にもお嬢様の母親でしたね。まあ、母とは呼べるものではないてしょうが」


「それでも……わたくしを生んでくれたのは事実だわ」


「はい。ですがそれだけじゃないですか」


「そう、ね……」



 シオンの母親、フィグネリアは聖女と呼ばれていた。人々を癒やす力を持ち、病や怪我を治療する事ができる、神とも言われる程の類稀なる力を持っているとされていた。それ以外にも魔法陣を展開し、転移させるという前代未聞の事を成し遂げたのだ。


 過去形なのは、今はその能力はもう使えないからだ。


 それでも人々の尊敬は止まず、フィグネリアは今も聖女のように敬われているし、その栄光にフィグネリア自身も当然の如く肖っていた。


 モリエール先代公爵はフィグネリアの恩恵を受けた一人だった。


 その昔、モリエール家の領地であるレサスク領に疫病が蔓延した。その疫病にモリエール先代公爵自身も侵され、致死率80%以上と言われたこの疫病の猛威になす術なく死を待つばかりの状態だった。

 

 しかし、それを救ったのはフィグネリアだった。


 奇跡の力をレサスク領全体を覆うように発動させ、全ての人々の病を浄化させたのだ。勿論そこにはモリエール先代公爵も含まれていた。


 大きく力を使いすぎた事により、フィグネリアの奇跡の力は失われてしまったとされたが、自身と領民全ての病を一掃し、これ以上の蔓延を阻止したとして国王もフィグネリアに栄誉を讃えた。

 その事からモリエール先代公爵はフィグネリアに多大な恩恵を受けたとし、どんな事があろうとも後ろ盾となり支える事を誓ったのだ。


 その一つとしたのが、フィグネリアが嫁いだルストスレーム伯爵家への支援。そしてもう一つ、将来生まれるであろう子同士の婚姻。それは国王も認め契約書として残し、今も王室に保管されている。


 シオンとリュシアンの婚姻は王命とも言える程のものであり、誰がどう足掻いてもそう簡単には覆せない。


 ルストスレーム家が落ちぶれて没落しそうになっても、嫡女であるシオンの評判が頗る悪く酷い醜聞にあっていようとも、またそれが嘘でも本当の事であったとしても、覆す事はできないのだ。


 だからこの婚姻は本人同士の感情等一切考慮されずに、決定事項として実施されたのだった。





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