第19話「フロッパーの輝き」

「すみません、つい話が逸れてしまいました――所属申請を、ということでしたが、それはあなた様が?」

 ワルツの視線がシンとフェイルの顔を二、三度往復した。


「はい、僕がそうです。シンと言います」

「シン様、ですね。あの、所属や家柄を示す名はお持ちですか」

「いえ。いけませんか?」

「そのようなことはまったくありません。ギルドの扉はいかなる方にも開かれております。もちろん、その資格をお持ちでさえあればですが」

「資格、ですか」

「ええ。相応の根源エーテルを宿す器を保持しているか、またそれを扱うことができるかという――そのため申請にあたっては、根源器フロッパーによる計測が必要となっております」

「ふろっぱー?」

「ただいまお持ちいたします」

 ワルツは軽く一礼し、カウンターの奥へと引っ込んでいった。

 

「おいシン」フェイルがカウンターに身を預けるようにしながら耳元で囁く。「ギルドに所属できれば食うに困るようなことなんてないんだろうけどよ……何かと面倒なことも多いんだぜ?」

「面倒なこと? たとえば?」


「能力や実績によって階級分けされているから完全な実力主義みたいに思われているがな、案外そうじゃない。ギルドに持ち込まれる依頼は審査会によってアエルから白金プラティウスの四段階に振り分けられるってのは知ってんだろ?」


「うん、基本的なことは前にラスティアと一緒に聞いたから」


「階級が低いうちはアエル程度の依頼しか受けられないけどよ、その中でも難易度や報酬には歴然とした差がある。まあ、依頼主も依頼内容も違うんだから当然だわな。自然と競争も激しくなるってわけだ。だから他のやつらを出し抜くには迅速かつ精度の高い情報ってのが必要になるのさ。どこの誰がどんな依頼を持ち込んだか、あるいは持ち込もうとしているのかってな。そうじゃなきゃ残りものの依頼しか受けられないだろ?」


「あー……そうなる、かも」


「情報を得られない奴らは何日もギルドに貼りついて依頼が掲示されるのを待つしかないのさ。できなくもないが相当効率が悪いうえ、評判も落ちる。だからギルドに所属してる奴らってのはだいたいが情報屋を雇うか、パーティを組む」


「ぱーてぃ?」


「つまり効率よく依頼をこなしていくための仲間だな。情報収集だけでなく依頼達成までの全てを協力し合うパーティも多いぜ。報酬は山分けになっちまうが、断然効率はいい。なもんで、依頼の『直待ち』をするような奴ってのは駆け出しか、無能か、変わり者しかいないって言われてるくらいだ」


「無能とまで言われるのはちょっと――てかフェイル、どうしてそんな詳しいのさ」

「その情報屋ってやつをやっていたことがあるからさ」


 シンがさらに口を開きかけたとき、ワルツが戻ってきた。

 両手で支えるようにしている台座の上に、緑色の水晶玉のようなものが置かれている。それをそっと、カウンターの上に降ろす。


「お時間をとらせました。何分、所属申請に来られるような方は滅多にいないものでして」

「これは?」

「先ほど言っていた根源器フロッパーです。核光石の結晶を特殊な製法によって加工したものですね。西方諸国で認められている数少ない核光技術のひとつなんですよ」

 ワルツが少し誇らし気な顔で微笑む。


「これが、核光技術かあ」

 初めて目にしたそれは、シンがなんとなく思い描いたようなおどろおどろしい物体なんかではなかった。むしろ見る者を惹きつけてやまない美しい宝石のようだった。


 フェイルは以前見たことがあるのか、特段反応を示すようなこともなく事の成り行きを見守るようにしている。


「こちらに両手を添えるとその身に宿るエーテルの量に反応して輝きが増す仕組みになっておりまして、明度が高ければ高いほどその総量が多い、ということになります。明度の段階については審査する者の主観になってしまいますが、この測定はあくまでエーテライザーたる素質があるかどうかを判断するためのものですので。エーテルの多い少ないに関わらず所属試験を受けていただくことに変わりありませんし、ギルドに所属できた後はルナイの階級となるのは皆様同じですから」


「あ、そうなんですか」

 エーテルの量が多いと何か特典でもあるのかと思っていたため、少し残念な気がした。


「では、こちらの方に両手を――」


⦅気を付けろシン⦆

 思わずびくりと肩が跳ねた。


「ど、どうなさいました」

「シン?」

 ワルツとフェイルが驚いた様子で聞いてくる。


「あ、なんでもないです」

⦅突然話しかけてくるなっていつも言ってんだろ!⦆

⦅そんなことよりおまえ、根源器などで測定されたら間違いなく怪しまれるぞ。最悪化け物扱いされるかもな⦆


「進めさせていただいても?」

 ワルツがいぶかしげに聞いてくる。


「あの、ちょっ、緊張してお腹が下っちゃったみたいなんです」

 咄嗟にそう言って腹をさする。


「あ、それでしたらあちらの角を曲がったところに――」

「すみません、ちょっと行ってきます。フェイルごめん」

「おまえそんないきなり――」


 呆気にとられたような二人をその場に残し、駆けだす。


⦅おい、化け物ってなんだよ!⦆

⦅前に言っただろう。おまえはこの世界エルダストリーで唯一エーテルを宿さない存在だと。根源器の反応が弱いどころか無反応なんてことになれば間違いなく大騒ぎになるだろうよ⦆


 二人の視界から隠れる場所まで走ってくると、壁に背中を預けるようにしてテラへと語りかける。


⦅エーテルは扱えるのにエーテルがないって……どうすればいいんだよ、ギルドには所属できないってこと?⦆

⦅簡単な話だ。自身のエーテルではなく、その辺のエーテルをかき集めて根源器に注ぎ込めばいい。アーゼムでもなければ気づくようなやつもいないだろう⦆

⦅なら最初からそう言ってくれよ、化け物とか言い出すから焦っただろ⦆

⦅わざわざ忠告してやったんだ、感謝しろ⦆

⦅勝手に入り込んでおいて偉そうに――いるならいるでちゃんと言ってくれよ⦆

⦅なるべく、そうしよう⦆

⦅いつも、そうしてくれ⦆


 少し時間を置き、落ち着いた様子を装いながら二人の元へ戻る。


「おまえ、大丈夫かよ」

 フェイルが眉間にしわよせながら訊いてくる。

 シンが数回うなずくとも、ワルツが「では、こちらへ」と言ってシンを促す。


 シンは周囲に満ちるエーテルの存在をこれまで以上に感じとり、意志した。


(――集まれ)

 

 周囲のエーテルが一気にシンの手元へと集約し、眩いばかりの輝きを発した。自分以外の者には見えないとわかってはいても、その輝きの強さにはいつも戸惑ってしまう。


(――いけ)

 集めたエーテルをフロッパーへと注ぎ込んだ、その瞬間。


 キーン、という耳をつんざくような音とともにフロッパーが発光し、眩いばかりの輝きとなって周囲を照らしだす。


(エーテル自体は見えないはずなのに、このフロッパーってやつを通すと明るく見えるってことか……なんだか電気みたいだな)


 シンが目を細めながら感心したようにフロッパーを見つめていると、どこがでカエルの鳴き声のようなものが聞こえた。

 ふと視線をあげると、目を覆うようにしてたシュワイツが、喘ぐような表情でフロッパーとシンとを交互に見つめているのだった。


⦅おい⦆

 再度テラの声が飛んでくる。


⦅まだいたのか、なんだよ⦆

だ⦆

⦅やりすぎ?⦆

⦅その辺にしておけ。これでは忠告した意味がない⦆


 意味がわからなかったが、反射的にフロッパーから両手を離し、集めていたエーテルを開放した。


 周囲がもとの明るさを取り戻したとき、今まで喧騒の中にあったはずのギルド内が静寂に包まれていることに気づく。


 そして、その場にいた大勢の人々の視線がすべて自分のもとに集まっていることを知り、唖然とした。


⦅どちらにせよ、化け物呼ばわりされることに変わりなかったようだ⦆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る