第17話「男ふたり街をゆく」

「ラスティア、すごく歓迎されていたみたいだったね。もう五日も経つけど、あの時の光景はちょっと忘れられそうにないよ」

 街へと向かう道をフェイルと共に歩きながらシンが言った。


 テラはいつの間にか飛び去ってしまっていた。よほどフェイルのことが苦手らしい。それが少しおかしかった。


「ま、そうは言っても単純に喜んでばかりもいられねえのさ」

 そんな言葉とは裏腹に、フェイルはなぜか薄い笑みを浮かべていた。

 

「どうして?」

「この前レリウスが話してただろ。本来レリウスとラウル王は、ならなるべく目立たない形でラスティアを王室に迎え入れるつもりだったのさ。そのはずが、なぜか他の勢力から自分たちを脅かす存在になると思われちまった。先の襲撃事件がいい証拠だわな。しかもラスティアの件に絡んでバルデスのザナトス侵攻なんてことまで起きた。こうなってくるとこそこそ動き回るより全員に知らしめてしまった方がいいってんでザナトスを発ったときに触れを出したってわけだ。二日後には王女戴冠の儀ってやつも始まるみたいだし、そこで大々的にお披露目されるんだろうよ」


「本当ならもっと楽なはずだったのにってこと?」


「だな。しかしまあ、いくら目立たないつっても王位継承権を持つことやアルゴード侯自ら迎えに出向いたとなれば、結局は無視できない存在と思われるんだろうが……その時期があまりにも早すぎたってことだな。ラスティアを女王にするまでにはやることが山積みだってのに。アインズ国民から好意的に迎え入れられたことは良かったにしろ、十分目立っちまったせいで秘密裏に動ける時を失ったんだよ、レリウスは。ラスティアの命を狙った黒幕を探り当てるだけでもやっかいな話だってのによ」


「……ラスティアたちを襲わせた人って、その四人の王子と王女のうちの誰かなのかな?」


「そんな簡単な話じゃないだろうぜ。なにせ事は一国の王位継承者争いだからな、周りが盛り上がっているだけで当の本人はまったく関与してないって可能性もある。もちろん、その逆もな。おまえのおかげでラスティア暗殺が未然に防げたとはいえ、誰が指示したのかについてはまるでわかっちゃいないのさ」


「もしかしてラスティア、また危ない目に遭ったりするの」

 咄嗟とっさに訊いていた。自然と表情が強張ってしまう。


「さすがに王宮内で直に襲撃してくるようなことはねえだろうよ」フェイルは笑って応えた。「ヴァーレイと呼ばれる国王選定の儀が近づけば何が起きてもおかしくはない、そうレリウスは言ってたけどな」


国王選定の儀ヴァーレイって確か、リヒタール侯爵も言ってたよね。半年後に迫ってるって。どんなことをするの?」


「簡単に言うと、十三人の領侯たちが王位継承権をもつ者の中から一人を名指しする場らしい。そこで過半数の支持を得たやつが次期国王ってわけだ。ま、他にも面倒な儀式とやらがいろいろあるらしいけどな」


「でも、今の王様ってもう危ないんでしょ? 早く次の王様を決めないといけないと思うんだけど、半年も先なのはいったいどういうわけ?」


「お、いい質問じゃねえか。俺も思ったからちゃんと聞いたぜ?」フェイルがシンの肩を軽く小突いた。「ヴァーレイってのは儀式的な意味合いが強いらしく、そのための日取りもちゃんと決まってるらしい。アインズ全土に知らしめるってんで、そこで名前を呼ばれたらもう後戻りできない、つまり事実上の最終決定ってわけだ。実際的には王の国政に支障が生じた時点で決めちまうもんらしいが、今回の場合ラウル王が次期国王を示していなかったことや、四人の王子王女にそれぞれ複数の有力な支持者がついたせいで簡単にはいかなくなったってわけだ。リヒタールも残り時間的な意味合いで口にしたんだろうよ」


 そうこう話しているうちに二人は豪奢ごうしゃな城館が立ち並ぶ区画を過ぎ、巨大な街路樹が立ち並ぶ通りを歩いていた。きらきら光る木漏れ日を浴びながらそこを抜けると、これまでの閑静な雰囲気とは打って変わり、シンが始めてオルタナにやってきたときの喧騒が一気に溢れた。


 あらゆる人種の、さまざまな恰好をした人々が、ほとんど隙間もないような状態で街路を行き来している。それでもシンと似た顔つきや同じ髪と瞳の色をもつ人間は一人として見ない。


 ザナトスを歩いたときのように外套ローブが必要かと思ったが、フェイルいわく「ここまででかい街になると他人のことなんていちいち気にしねえよ。せいぜい二度見されるくらいだ」、とのことだった。


「さあて、これからどこへ行ってくれようかねえ」

 フェイルが両手の関節をボキボキと鳴らす。


「フェイル、ホント何しに来たの?」

 心底疑問に思って聞いた。これまで一度も姿を見せなかったことを考えると、先ほど口にしていた「それなり」の忙しさとは到底思えない。


「気にすんな、これも仕事のひとつみたいなもんだからよ」

「おれと街を出歩くのが?」

「もちろんそれだけじゃねえよ。けどまあ、細かいことは気にすんな。俺もせっかくだからゆっくり堪能たんのうさせてもらうぜ、オルタナって街をよ!」

「フェイルも初めてだったんだ――どこか行きたい場所でもあるの?」

 シンはフェイルに身を寄せるようにして訊いた。行き交う人の群れはいよいよ多くなり、そうでもしないと声が聞き取れないくらいの混みようだった。


「おまえこそどっか行ってみてえ場所とかねえの?」

「……一応、あるにはあるんだけど」


「へえ!」

 フェイルは一瞬目を丸くさせたが、すぐに好奇な視線を向けてくる。

娼館しょうかんだろ? えぇ? 俺にはわかってるぜおい。おまえくらいの年齢ならそろそろ行ってみたくて仕方ねえだろ?」


「しょうかん?」

「とぼけるなって! ラスティアには黙っておいてやるからよ、これからいっちょ、どこかいい店を探しにいこうぜ。いいかシン、こういうのは店と女を選んでときが一番楽しい――」

「女ってちょっ、何言ってんのさ。そんな店行けないよ」

「え、なんで?」

 フェイルが心底不思議、みたいな顔で訊いてくる。


「おれ、まだ十六だから! それに人のお金でそんな店――」

「え、おまえもう十六にもなってんの。その見た目で?」

「悪かったよ、子供っぽくて」

「俺、十三の頃にはもう経験済みだったからなあ……俺の金なら行く?」

「……いかない」

「お、今ちょっと考えただろ」

「考えてない!」

「いや絶対考えたね、素直になれって」

「そういう店行きたいのフェイルだろ!」

「そうだよ、なんか文句あっか!」

「どこが仕事のひとつなんだよ!」

「男の、仕事のひとつだよ!」

「意味わっかんねえよ!」

「おっ、おまえ今まで猫被ってやがったな。それとも本心見抜かれてムキになったとか?」

「もう知らん」

 そう言って、人混みを掻き分け前へ進む。


「わかった、からかって悪かったよ。ちょっ、待てって――」

 慌ててフェイルがついてくる。


「すみません、どこへ行くのか教えてもらえます?」

 馬鹿みたく丁寧な言葉で訊いてくる。余計腹が立った。


「……ルド」

「なんだって?」

「ギルドって言ったんだよ」

「ギルドっておまえ――、ギルドだよな。エーテライザーの」

 先ほどとはまた違う驚きの表情で訊いてくる。


「そうだよ」

「何しに行くつもりだ」

 突然の鋭い質問に戸惑うが、隠すことでもないので素直に言った。


「まあ……働き口を探しに、かな」

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