カリン、(不本意ながら)ゴブリン山賊団を心酔させてしまう

 私が困惑していると、ゴブリン山賊団のリーダーが起き上がった。

 山賊団のリーダ――アベルと名乗った――は、ひざまずきながら真剣な表情で私を見る。


(ヒエッ……)


 顔面血まみれのスプラッタ。

 軽いホラーである。



「カリン様、悪いのは俺だけだ。家族も、こいつらも悪くない――処分は、どうか俺の命だけで収めてくれ」


 アベルは、必死の表情でそんなことを言い出した。



(ほえ? こいつは、何を言ってるんだ?)


 その瞳に浮かんでいたのは、紛れもない恐怖の色。ポンコツ四天王の私に対してである。

 混乱を隠し、私は尊大な表情を作り出す。


「ふむ。命など必要ない――これに懲りたら、二度と我に喧嘩を売るなどと考えるでないぞ」

「カリン様の寛大なお心に感謝するのですね」


 ぽかんとした顔で、こちらを見るアベル。



 まだ若いゴブリンのようだ。

 その表情は年相応の少年にも見え、微笑ましさを感じさせるものだ。だが、とりあえず血を拭って欲しい。


(怖すぎるんだが!?)

(こ、このまま逃げてくれないかな……)


 さっきまでの殺気が、軽いトラウマになっているのである。



「カリン様は……、俺たちのことを見逃すとおっしゃるのですか?」

「ああ。私が本気になれば、貴様らごとき一瞬で消し炭になることは疑いようもない絶対の真理だが――そちらにも事情があったのだろう?」


 私に敵意はない。

 常に歩みよりの姿勢を示し、相手の敵意を削いでいく。

 これぞ、ポンコツ四天王なりの処世術である。



「まさか……!」

 はっ、と息を飲むアベル。


「ふむ。困ったことがあれば私の名前において、出来る限りの協力は惜しまない。そうだな、カミーユ?」

「万事、お任せください」


「それじゃあ……妹のことも――」

「ああ、カミーユに任せておけば(たぶん)大丈夫だ」


(なんせ、カミーユは凄いからな!)

 私の視線を受けたカミーユが、安心させるように微笑んだ。



(ふう、どうにか丸く収まりそうだな……)

 

「俺たちは、カリン様の命を狙ったのですよ? いったいどうしてそこまで親身に?」


 命を狙われたからだよ!

 どうか、そのまま穏便に矛を納めておくれ。



 ……などとは言えないし、


「うむ。これぐらい四天王たるもの当然だからな」


 私的、困ったとき口にするとどうにかなるセリフナンバーワン――虚勢を張るとき、誤魔化すとき、口癖のように、私はこの言葉を愛用している。



 果たして、アベルは感じ入ったように、瞳を潤ませていたが、


「俺は、この恩をどう返していけば……」

「へ? そのまま何事もなかったかのように立ち去ってもらえれば――」


「さあ? 人に尋ねてばかりいないで、少しはそのミジンコのような脳みそで考えたら良いんじゃないですか ?」


( おい馬鹿やめろ、カミーユ!?)

(どうして丸く収まりそうだったところを煽っていくんだ!)


 焦る私だったが、何故かゴブリン山賊団の面々は、恍惚とした表情を浮かべていた。


 ……私は、深く考えることを止めた。

 ここまで来れば、後はニコニコと愛想良く微笑んでればカミーユがどうにかしてくれるはずだ!



「実は、カリン様はこれから何もない辺境の開拓に向かわれるのです。そう、誰にも明かせない極秘の任務で!」


 ヒソヒソとカミーユが何やら語りはじめた。

 私から見ても、とてつもなく胡散臭い。


(そんな嘘を信じる奴、居るはずが……)


「流石はカリン様!」

「魔王様の信頼が、とても暑くていらっしゃる!」


(えぇ……?)


 あっさり信じ込むゴブリン山賊団の面々。

 初耳でした、と心底驚いている。もちろん、私も初耳である。



「だいたい、 これほどのお力を持つ方を、みすみすリズベット様が追放すると思いますか?」

「確かに!」

「おまけに、自らの命を狙う矮小なる者にも情けを見せる慈悲深さ!」

「まさしく次期魔王の名にふさわしき器――とても噂のようにな残虐な方とは思えませぬ!」


 盛り上がるゴブリン山賊団。

 ポツリ、私は蚊帳の外。


「ふむ。ちっぽけなあなたにも、少しはカリン様の偉大さが分かったようですね」


 満足げにカミーユが頷いていた。

 ちなみに残虐――という噂というは、カミーユがばらまいたガセである。私が武力だけで四天王の地位を勝ち取ったという内容で、地位を固めるために必要だったのだ。


「しかし、いくらカリン様と言えど、さすがに人手が少ないのです――極秘任務なだけに……」

「そ、それは大変だな……」


 何かを考え込むようにアベルがつぶやく。

 なお、カミーユの言葉は、純度100%のでまかせである。あきれた目で見守る私をよそに、カミーユは道を示す伝道師のように、手を広げてこんなことを言い出した。

 


「もし、あなたたちが力を貸すと言うのであれば――あなたたちに、カリン様の偉大なる覇道に馳せ参じる栄誉を与えましょうではありませんか!」


(うわっ、こいつ言いやがった!)

(栄誉、とか私が一番嫌いなやつ!)


 聞こえはいいが、要するに報酬はゼロ。

 なお、一番ブラックなのは、無報酬で命の危機と常に隣り合わせの四天王である。


「おい、カリン! 従うならこいつらは、大切な仲間だ。ただ働きなど断じて許さん――報酬はちゃんと払えよ?」

「おおせのままに」


(ふう、また命を狙われでもしたらたまらんからな……)



「カリン様――なんと心優しい……」


 純度100%の保身のための言葉。

 しかしアベルは、何故だか感嘆したように息を呑む。



「俺、これからの人生はカリン様に捧げます!」

「その息です。カリン様のために、その命を捧げるのです!」

「ふざっけるな!  少なくとも私は命などいらんからな!?」


 カミーユ、実は洗脳魔法でも使ってるのか?


 アベルの変わりように、私は内心ではドン引きだった。

 まあ、類まれなる完璧な演技力で、慈悲深い女神のような笑みを絶やさなかったけどな!



 そうして私たちは、アベル率いるゴブリン山賊団を仲間に引き入れ、辺境の地を目指すのだった。

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