永遠の異邦人

晴田墨也

永遠の異邦人

「今日も来たのか」

「ここくらいしか来るとこないもん」

 まどかはにぱっと仁に笑いかけて見せた。仁はフンと鼻を鳴らして彼女にメニューを放る。

「相変わらず態度悪いな〜」

「文句があるなら他所へ行け」

「行きようがないんじゃんね。……あれ、またメニュー減っちゃったんだ」

 残念、好きだったのに、と呟いてフルーツタルトの写真を細い指でなぞる少女に、仁は渋い顔をする。

「材料がない」

「とってきたげよっか」

「吐かせ。そんなことができるならとっとと出ていくことだ」

「手厳し〜い」

 まどかはひょいとメニューから顔を覗かせる。仁はわずかに視線を落とし、汚れてもいないグラスを布でそっと拭っていた。耳たぶで金の細い鎖が揺れる。

「今日のピアスも綺麗だね。わたし、そういう揺れもの系好き」

「……注文は」

「ん、アイスのカフェラテとおすすめ焼き菓子をひとつずつお願いします」

「今日はマドレーヌだ。チョコとプレーン、選べ」

「プレーン!」

「わかった。足をバタバタさせるな、大人しく座っていろ」

「はぁい」

 香ばしいコーヒーの香りが立ち込める店内はいつ来ても自分と仁しかいない。

 飴色のカウンターがまどかの気に入りだった。つるりとして、多くの人をここでもてなしてきたカウンター。赤い革張りのスツールといい仁の背に並ぶチョコレート色の木棚といい、実に味のある建物だった。二人占めにはもったいないくらいに。

「豆挽くとこからやってくれるの、嬉しいなあ」

「……来る客はお前しかいない。朝まとめて挽くより毎回挽いたほうが美味い」

「愛じゃんね」

「うるさい」

 コーヒーミルがゴリゴリと豆を粉にしていく。まどかはそれを眺めながら口許を緩めた。仁は愛想もないし口も悪い男だけれど、喫茶という一事に対してだけは真摯で、どこまでも心を砕く男だ。そういうところを気に入って、こうして毎日入り浸っていた。

 流れるような手つきでコーヒーを落とし、氷と共にミルクを注いでカフェラテを仕上げ、皿にマドレーヌを二つのせてまどかの前に置く。

「どうぞ」

「いただきます」

 習慣的にアルコール消毒をし、手を合わせてまずはカフェラテから。

「いい匂い」

「挽きたてが一番香り高いんだ」

「ねえ、ニィさんも飲もうよ」

「……まあ、いいか」

 仁は小さく頷き、残った粉でもう一度コーヒーを淹れる。まどかが彼につけたあだ名は随分親しんでしまって、もはやいちいち気に留められもしない。

「マドレーヌ、半分いる?」

「チョコのがあるからいい。……食うか」

「んーん、大丈夫。ありがとね」

 カウンターの向こうで仁もスツールに腰掛け、冷蔵庫から取り出した焼き菓子を二つに割って片方を一口で頬張った。

「ん、美味しい。ニィさん、焼き菓子も上手だねえ」

「気に入ったんなら包んでやる。まだあるし」

「あ、じゃあ後でお願いします。やーりぃ」

「代金は払えよ」

「はーい」

 甘さ控えめのクリームが添えられたマドレーヌはしっとりと柔らかく、アーモンドが香って美味しい。甘いものを食べていると口許も心も柔らかくなるような気がする。

「今日は天気がいいねぇ」

「そうだな」

「表の看板さ、銀文字が掠れてるじゃない? あれに陽が当たってすごく綺麗だったんだよね」

「そうか」

「あとさ、斜向かいの——っと」

 クリームをマドレーヌですくって味わっていると、不意に地面が揺れる。まどかはすぐに菓子から手を離し、グラスをなるべくカウンターの奥へ押し込んでから、その下に潜り込んだ。仁も手慣れた様子で戸棚のロックをかけ、壁にかけられたヘルメットを被る。

 地震は、数十秒で収まった。

「ちょっと大きかったね」

「ああ。だいぶ活発になってきているな」

「困っちゃうよねえ」

 とりあえず破損したものがないのを確認し、二人は再びスツールの上へ落ち着く。

「そういやさ、髪色また変わってるね。ショッキングピンク、かっこいいよ」

「ふ、……そうか」

 おや、とまどかは目を瞬かせる。この無愛想な男が笑うのは本当に珍しい。見たのは二ヶ月近く入り浸って、これが二度目かそこらだ。いいもん見た、と心の中でひとりごち、そっと視線を彼の耳たぶに移す。そういえば、ピアスもゴールドというよりピンクゴールドだし、長髪を括っているのも黄色みがかったピンク色のシュシュだ。

「ピンク、好きなの?」

「割と。人生で一度はピンクでフルコーデしたいと思ってたくらいには」

「似合うねぇ」

「そりゃどうも。褒めても今日は何も、……あー、ガトーショコラは出る。お前、好きだろ」

「え、いいよぉ。今日はチョコの気分じゃないし」

「そうか。珍しいな」

「んー……まあ、たまにはね。でもどうしても食べて欲しいってんなら包んでもらおっかな」

「そこまでしないでもいい」

「うそうそうそ! 食べたいです! 包んでよ、ニィさん」

「はいはい」

 彼の動きに合わせて、しゃらりと揺れる耳飾りが線を描く。少し低めのカウンターにかがんで箱を組み立て、焼き菓子を丁寧に詰める姿を目で追いながら、まどかはようやっと、軽口以外の言葉を音にする決心をした。

 何しろ、ふた月も通い詰めていたものだから、情が湧いて仕方がない。それでも言わぬわけにはいかなかったから、ひとつ深呼吸をして、そっと声をかける。

「ね、ニィさん」

 シールで封をした菓子箱を受け取り、まどかは仁を見つめた。

「何だ、追加注文か」

「ううん。あのさ、……わたしの船、直ったんだよね」

 時が止まったようだった。仁はぴくりとも動かず、まどかを凝視する。まどかもそうした。驚いたような仁の顔を目に焼き付けるように。

「……出ていくのか」

「うん。そうしないといけない。まだ仕事の途中だから」

「そうか」

 そうか、と。噛み締めるように仁は呟き、それから手もとに視線を落とした。

「……少し待っていろ」

 背を向けた仁が木戸を揺らしてバックヤードに消える。それを眺めるともなしに眺め、まどかはひとり小さく笑った。だって、台詞も動作もまるきり出会った日の再演だったから。



 まどかはある船団の中で生まれた。船団は、かつて住んでいた星を大規模な星殻変動によって失った民のものだった。新しく住む星を探しながら住民みなで旅をし続けて、もう数百年になる。もう、かつての母星を知る者は一人もいない。

 ある程度の年齢になると、船員達は仕事を割り振られる。仕事の種類は様々だ。船の中での生活を豊かにするものだったり、船の維持を受け持つものだったり。数百年かけて作り出された船団の秩序だった。

 規定の年齢になったまどかに与えられたのは、入植地探しの仕事だった。小さな宇宙船で船団を離れ、皆が移り住むことができる星を探す。無論、早々済む仕事ではない。済まないから数百年彷徨っている。しかし止めることもできない仕事だった。

 タチの悪いエンジントラブルに見舞われて不時着したこの星で、部品の調達中に見つけたのがこの喫茶店だった。

「こんにちはー」

「あ? ……えっと、お客さん?」

「え、うん。開いてますよね?」

「ああ……ま、一応。一名様でいいのか」

「うん。コーヒーとか飲めます?」

「少し待っていろ、すぐ用意する」

 その頃オレンジ色の髪をしていた仁は、客がいないのをいいことに本を読み耽っていたらしい。慌てた様子でバックヤードに戻しに行ったのを見て、おかしくて笑ってしまった。

 態度はそんな具合だったけれど、香り高いコーヒーと綺麗で美味しいフルーツタルトは絶品で、褒めちぎって通い詰めているうちによく話すようになった。人気のない店内で、まどか自身の話をすることもあれば、仁の話を聞くこともあった。

 この店はもともと彼の店ではない。彼はもともとこの建物の上にあるアパートに住んでいたのだという。まどかがやってくるほんの少し前に、大家が道楽でやっていた店を引き継いだらしい。

「調理の免許は持ってるから安心しろ」

「お菓子作りとか、どっかで勉強したの?」

「してない。趣味。免許もバイトの頃にとっただけ」

「ふぅん。ピアスも趣味?」

「そう」

 素っ気ない返事をしながら、仁はぽつぽつと装飾品が好きだという話をした。菓子作りにせよ、アクセサリーにせよ、店を継ぐまではあまりしないようにしていた、という話も。

「別に、大層な理由はなかったんだがな」

 ひょいと肩をすくめてそう言ったのは、出会ってからひと月経った頃だ。脱色してまどかとよく似たホワイトブロンドになった長髪が、さらりと流れたのがやけに目についた。

「この星で普通の勤め人をやるなら、男は髪が短いほうがよくて、化粧っ気はないほうがよくて、アクセサリーもつけないほうがよかったから、そうしていた。今はもうどうでもよくなったから、好きにやっている」

「いいじゃん」

「いいだろう」

 にっ、と笑ったのを見たのは、その日が初めてだった。



「なにそれ」

 戻ってきた仁が何やら箱を持っていたので、まどかは首を傾げた。

「俺のジュエリーボックスだ」

 ぱちんと小さな留め具を外し、仁がカウンターのこちら側へ箱を開いて見せる。

「わぁ……」

 思わず声が出る。外見は飾り気のない木箱だったけれど、中は布張りで所狭しとアクセサリーが並んでいた。宝石や金属でできた指輪やネックレス、ペンダント。チェーンのないペンダントトップは一箇所にまとまり、ピアスやイヤリングは一組ずつ丁寧にかけられている。シュシュやヘアゴムもやわらかく詰められていて、まるで装飾品のための子供部屋のようだった。

「あ、これ昨日してたやつ」

「ああ。俺の持っているのは皆ここに入れてある」

「すごいね。綺麗に整頓されてる」

「性分だ」

 触っていい? と問うと、仁は黙って頷いた。そっと一本の鎖を摘み上げると、トップにぶら下がる小さなルビーが揺れてきらきら光る。

「綺麗」

「やる」

「え?」

「お前にやる。好きなのは全部持っていけ」

「え、や、そんな」

「いいんだ」

 まどかを遮り、仁はちらと窓の外を見る。

「じき、消える星だ。俺が持っていても仕方がない」

「…………」

 思わず、チェーンに引っ掛けた指に力が入る。

 滅んだ星の末裔の辿り着いた星が、もうじき同じ理由で滅びるらしいと知ったのは、不時着してすぐのことである。

 何でも、もう半年以上前から言われている話であるらしい。その証らしく、地面が揺れない日はここに来てから幾日もなかった。いつ崩れるかもわからぬ砂上の楼閣じみた星が、あとどれだけ保つのかは誰もわからない。ただ、一刻も早く星を脱出しなければ、星が破損した時の衝撃で消し飛んでしまうことだけは確かだった。もとのオーナーが仁にこの店を譲ったのもそれが理由である。

「……ニィさんは出ていかないの」

「生まれ育った星だ。……それに、ちょうどいいと思った」

「何が?」

 仁はひょいと肩をすくめる。

「他所の星へ行ったって似たり寄ったりだろう。人の住む星は大概、同じような社会的規範でもって回っている。お前と俺が翻訳機ひとつっきりで会話できて、他の価値観は大した説明もなく共有できているように。だったら、どこへ行ったって俺は自分を誤魔化して生きることになる。たかがファッション、たかが趣味でもな。……だったら、もういいかと思ったんだ。星と命運を共にし、消え失せるまでの間は好きに生きる。それがちょうどいいんじゃないかと思ったんだ」

「……そっかぁ」

 まどかは唇を尖らせた。それからふすんと鼻を鳴らし、足をぱたぱた揺らす。仁は咎めなかった。ちゃり、と黒真珠のイヤリングをつまみ、こっちのほうが似合いそうだな、とか、どういうのが好きなんだ、とか、いつになく饒舌に少女へ話しかけていた。まどかは、何も答えず、曖昧な笑みを浮かべるほかなかった。

 絶望が共感の得られないものであることを、まどかはよく知っていた。ある誰かにとっての絶望は他の誰かにとっては他愛ないことで、別の誰かにとって取るに足らないことが他の誰かにとっては絶望であること。魂の束縛が肉体の自由を上回ることがあり、また、逆のこともあるということを、よく知っていた。

 だって、まどかの生まれ育った母船団でも、自分達が永遠に「母星」を得ることはないのだと悲観して自ら命を絶つものがあったから。数百年入植地を見つけられないまま広い宇宙を飛び続け、異邦人として彷徨ってきた自分達の歴史を、途方もなく孤独なものとして絶望の目で見つめた人がいると、理解していたから。

 きっと仁は、緩やかな絶望を、閉塞感を、ずっと抱きながら生きてきたのだと思う。自分のしたいことをしないこと、封じ込めること。あるいは、否定する言説を口にすらしてきたかもしれない。男がアクセサリーなんて、と言う誰かに同調の笑みを作ったことがあったのかもしれない。まどかには知る由もないことだった。

 だけど、と思う。だから、と思う。

「ねえ、ニィさん」

 何があったのか、何を思って星とともに散ってもいいなんて気を起こしたのか、なんて聞きはしない。ただ、好きに生きたいと言う相手に対して、こちらも好きに振る舞おうと思う。

「わたしと一緒に行こうよ」

 まどかはずいっと身を乗り出して仁に顔を近づけた。

「は?」

「だってほら、わたしの仕事は入植地を探すことでしょ。そこそこ大きくてたくさんの人が住めるように整備できるような土地がある星を探すのには時間がかかるし、ここみたいに人のいる星に寄ることもたくさんある。その中には一つくらい、ピンクの髪でネックレスつけてお菓子作って生きてっても奇異の目で見られない土地があってもおかしくないじゃん。探してみようよ、一緒にさ」

「探そうって」

 仁は呆れた顔で少し身を引く。

「前にお前、自分の仕事は一世一代じゃ終わらないって言ってただろう。見つからないままずるずる生きることになったらどうするつもりだ」

「その時は、わたしの船の料理長になって」

「乗組員二人の船のか」

「そう。よくない?」

「お前に養われろ、と?」

「養うっていうか、雇用だね。わたし、ご飯作れないから、母船団を出てから基本的には栄養食以外食べてないし。いい感じのご飯、作ってくれる人を雇えると助かる」

「ずっとか?」

「もちろん降りたくなったら降りてもいいし。住みやすそうな星が見つかったらそこでおしまい、でもいい。だからおいでよ、一緒に行こうよ」

「栄養食以外を食べていないのはずっとか、と聞いたつもりだったんだが……いや、それはこの際置いておくとして」

「停泊地以外ではずっとかな」

「おい。……じゃなくて」

 仁は視線を僅かに泳がせ、ぽつりと呟く。

「なんでそんなに、連れて行きたがるんだ。……同情なら見当違いだからやめてほしいんだが」

「同情じゃないよ」

「じゃあ、なぜ」

 まどかはちょっと首を傾げ、少し薄まったカフェラテに口をつける。

 仁の絶望に同情はしなかった。だって、それはまどかには理解できないものだから。彼のこれまでの歩みに、手を差し伸べるつもりもなかった。知らないのだから、そんなことをする理由もできる道理もない。

 では、なぜこんなにしつこく彼をこの星から引っ張り出そうとしているのか、といえば。

「……フルーツタルトが美味しかったからかなぁ」

 多分、それに尽きるのだった。

「は?」

「コーヒーが美味しくて、フルーツタルトが美味しくて、また食べたいから。あと、ファッションセンスが割と好き。アクセサリーの話とか鉱石の話とか聞くのも楽しかったし……まだ理由が足りないんなら、顔が好みとかも追加しておいてもいいけど」

「そんな理由で人ひとりの命運をどうこうしようって気なのか」

「猫ちゃん拾うのと変わんないよ」

「立派な大人なんだが?」

「あはは」

「あははじゃない」

 けれど、多分まどかにとってはそれくらいの話に過ぎない。

「あとは、うーん、一人で仕事を続けるのは途中で飽きそうだから、誰か一緒にいたらいいなって思うけど。ごめんね、思いつくのはそれくらい」

「は、……そんな理由で」

「拾うのかって?」

「危機感がなさすぎやしないか」

「ふふ、まあ最悪銃もあるし」

「……抜かせないようにはする」

 ふいとそっぽを向かれ、告げられた言葉にまどかはきょとんとした。

「……来てくれるの?」

「誘ったのはお前だ」

「いや、どうしても爆発四散したいなら止めなかったんだけど」

「拾ったんなら責任を持って面倒を見ろ」

「そりゃあ、もちろん。でも無理するくらいならここで死んでも私は気にしないよ」

「…………」

 仁は口をへの字に曲げてみせる。

「……別に」

 無理はしてない、と呟いた男が人差し指でネックレスをつつく。

「じゃ、なんで」

 仁が答えるのを躊躇おうとした瞬間、また地震が起きた。無言のうちにまどかはカウンターの下へ、仁はヘルメットを被って身を守る。そうして収まればもう、勿体ぶる気など起こらなかったらしい。

「……俺の菓子が好きな奴のためにもう少し作ってやってもいいと思っただけだ」

 ぶっきらぼうに言い捨てて、男は少女のほうを見る。

「荷物をまとめたら乗り込みに行く。お前の船はどこにあるんだ?」

「もうすぐそこに移動させてある」

「……連れていく気満々だったんじゃないか」

「へへ」

「……まあいい。あと、これは先にお前が運べ。大したものもないからすぐだとは思うが、万が一ここが爆発しそうならさっさと出ろ」

「了解。じゃ、これだけ飲んじゃったら持っていくね」

「ああ」

 かくして、実に呆気なく彼はまどかの船にやってきた。ものの三十分もせず船へとやってきて、きょろきょろと内部を見渡しているのがどうにも、現実味がない。

「一応わたしの部屋以外にもう一部屋あるんだけど、ごめん、色々置いてあるから今日はこのセントラルルームで寝てくれる? 折りたたみベッドだけ持ってきとくから」

「承知した。……おい」

「ん?」

「名前は」

「うん?」

 大きめのトランクと小さなジュエリーボックス。それに、よく使い込まれた製菓器具とコーヒーミルだけが彼の持ち物だった。それらを床に下ろした仁は、操舵室に入ろうとしたまどかに問う。

「俺は、名札にもつけていた通り、仁・フォーゲルという名前だ。雇用主、お前は」

「ああ、えっと、安良木まどかだよ」

「ヤスラギ。そうか、よろしく」

「うん、よろしくね、フォーゲルさん」

 そう口にしてみて、二人は同時に噴き出した。名前も知らぬまま、命運だけを拾い上げたし、拾い上げられたのだ。奇妙な話だった。滑稽な縁だった。けれど、互いだけはそれを良しとしあったのだから、何も問題はなかった。

「じゃ、行くよ」

「ああ。よろしく頼む、船長」

「任せて」

 旅が始まる。

 故郷を永遠に失った男を乗せて、船は飛び立つ。

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