心霊スポットに呼ばれた理由

ウチの向かいにあるお寺の和尚さんは近所の人たちから慕われていた。

和尚さんは霊が見える人で、悪霊による霊障で悩んでいる人がいれば無償で除霊をして人助けをしていた。


しかし僕は、そんな和尚さんのことが怖かった。

その原因は母にあって、幼い頃、母の言うことを聞かずに我儘を言うと必ず母が除霊の話をしたからだ。


「言うこと聞かない子は悪霊が憑くって和尚さんが言ってたでしょ!」


「憑いてないもん」


「和尚さんに除霊をしてもらうからね」


「それ、なに? 」


「目を閉じてお経を聞くと悪霊がいっぱい出てくるんだよぉ~」


「いやだ、やりたくない! 」


「言うことを聞かない子は、怖い顔がいっぱい出てくるんだからね~」


「いやだいやだー! うわーん」


僕をしつけるために怖い話をでっち上げたのだろうけど、これがちょっとしたトラウマになってしまったのだ。

得体のしれない除霊という魔法を使う和尚さんは、きっと怖い人に違いないと幼心に思い込んでいた。


とはいえ、さすがに僕も大学生だ。和尚さんと目が合えば普通に挨拶もするし、時には友達感覚で世間話をすることだってある。


「和尚さんは昨日の心霊スポットのテレビ見た? 」


「あんなのはテレビ局の作り話だぞ、悪霊なんて滅多にいないのさ」


「実はその心霊スポットが大学の近くで、明日みんなで行こうって言ってるんだけど、どう思う? 」


「うむ、面白半分で行くのは感心せんな」


和尚さんは、若者がよく行く心霊スポットめぐりについては良く思っていなかった。

万が一のことがあった場合、霊を祓う術(すべ)を知らないと危険だと言うのだ。


「やっぱりそうか。でも和尚さんなら、その場所に霊がいるか霊視できるでしょ?」


「実際に行ってみないことにはなんともなぁ……。おまえさん、本当にそこへ行くのなら前もって除霊をしてやろう」


「え、いやだよ、なにも憑いてないよ。除霊って怖いんでしょ? 絶対無理」


除霊と聞いて、幼い頃に母から聞いた怖い顔の話を思い出し拒否すると、和尚さんは本堂から何かを持ってきて僕に渡した。


「じゃあ、お守りだけでも持って行きなさい」


そう言って和尚さんは特製の魔除けのお守りを僕に渡してくれた。



次の日、友達のタツヤとマサヒロが待つ大学のカフェテリアに着くと、あれだけ忘れないようにと思っていた和尚さんのお守りを家に忘れてきてしまったことに気が付いた。已む無く僕は心霊スポットに行くのをやめると二人に伝えた。しかし、僕が行かないとなると冒険を楽しみにしていた二人の落胆はすさまじかった。


「お前のリアクションが見たいんだよ、Youtubeに上げるんだから頼むよ!」


一番の怖がりでもある僕が激しく怖がる姿をどうしても動画に取りたいと言うのだ。酷いやつらだ。

結局、必死にせがまれて、心霊スポットに行く羽目になった。


その心霊スポットは暗い山奥にあるわけでもなく、ましてや廃墟でもない。大学から車で十分ほどの住宅街にある小さな寂びれた公園だった。

テレビ番組によれば、公園のブランコに小さな女の子の霊が座っているという目撃例が十数年前から続いているとのこと。どうもその女の子は借金苦のために一家心中した家族の一人娘で、死ぬ前日までブランコに乗って一人で遊んでいたというのだ。しかも面白半分でここに訪れた若者が謎の死を遂げたそうで、番組では絶対に行ってはいけないと念を押していた。

……と、いかにもどこにでもありがちな陳腐な幽霊話であり、これが実話かどうかは疑わしい。


公園に着くと、マサヒロがスマホのカメラを作動させて一部始終を動画に取りはじめた。タツヤは辺りを見渡してマサヒロに言った。


「寂しい住宅街だな。歩いてる人もいないし、住人はいるのか?」


「昭和にできた古いニュータウンだから高齢化で人が減ったんだよ」


「普通過ぎてつまんねえよ。寒いし、帰るか? 」


「おい、もう飽きたのかよ! 」


僕は二人のバカ話を聞きながら思った。一見して人が少なくて、寂しそうな雰囲気の場所に、テレビ局の専属作家が怖いストーリーをでっちあげたに違いないと。

和尚さんが言っていた通り、テレビ放送される心霊スポットなどというものは所詮こんなものかと思い、ベンチに座って一息つこうと辺りを見渡すと、公園の入り口に自販機を見つけたので二人にコーヒーをおごってやることにした。


「おまえら、ホットコーヒー飲む? 」


「おう、サンキュー。」


自販機の前まで歩き、コインを投入しようとした時だった。なんとなく後ろの住宅街から誰かが見ているような気配を感じた。

一瞬気になったが、ちょうどその時に北風が僕のパーカーのフードを揺らしたので、きっと風を人の気配と勘違いしたのだろうと思うことにした。


が、しかし……、やっぱり気になったので念のため誰もいないことを確かめようと振り向いてみると……。


やはり誰もいなかった。


そこには昭和の雰囲気を残す古びた一軒家が建っているだけだった。それは築四十年くらいの建物で、トタンの外壁は錆び、玄関前には雑草がたくさん生えていた。家屋の横にあるスチール製の物置も錆びて朽ち果てており、恐らくだれも住んでないのだろう。言っちゃ悪いが薄気味悪い家だった。


僕は自販機にコインを投入してホットコーヒーのスイッチを押した。ガタンという音とともに、ホットコーヒーが出てきた。続けてマサヒロの分、タツヤの分とホットコーヒーを購入し、ガタンガタンと三つの缶コーヒーが取り出し口にたまった。

ところが、缶コーヒーを手に取ろうとした時だった。


「うわあ!」


手に触れた時の感触に驚いて手を引っ込めた。


「なんだよ、これ……。」


僕の奇妙な声に気が付いたタツヤが心配そうに声をかけた。


「おい、どうした? 」


「すまん、まちがって冷たいやつ買っちゃった。」


「まじか! このクソ寒いのに! お前ひとりで飲め!」


仕方なしに缶のフタを開け、真冬に冷たいコーヒーをすすった。

しかし、驚くことに、それは冷たいコーヒーでもなかったのだ。


「ぷっ、これ、オレンジジュースだし!」


コーヒーと間違えてオレンジジュースを買うなんて、過去にここまでの初歩的ミスはしたことがなかった。まちがいなく暖かいコーヒーのボタンを押したはずだった。


「もしかしたら『ここから立ち去れ』という悪霊からのメッセージじゃね?」


「ははは、自分のミスを幽霊のせいにしたらダメだろ」


二人は笑っていた。

しかし、再び背後から視線を感じたので、今度は素早く振り返ったが、やはり誰もいなかった。

先ほどの古びた気味の悪い家屋があるだけだった。


「おい、どうしたんだよ、さっきからキョロキョロして。後ろに誰かいたか?」


僕はピンときた。もしかしたら自販機の背後にある古びた気味の悪い家が、その女の子の家だったのではないかと。


「あの家から視線を感じたんだ」


僕が二人に言うと、今まで退屈そうにしていた二人が息を吹き返したように興奮し始めた。


「おいおいおい! 怖いこと言うなよ! もしかして、あのボロい家がお化け屋敷ってか?」


「おい、見ろよ、表札が剥がされてるし空き家だから可能性あるぞ。おまえ窓から中を覗いてこいよ」


良からぬことを企む二人をたしなめようとした時だ。タツヤが指さす窓から、神経質そうな痩せた中年の男ががこちらを見てにらんでいる姿が突然目に入り、ゾゾっと鳥肌が立った。


「お、おい、今窓から誰かこっち見てたぞ!」


僕が叫ぶと二人は大いにはしゃいだ。


「おいおいおい! オマエ何言ってんだよ! おれらずっと窓の辺を見てたけど、誰もいなかったぞ」


「まさかビビりのオマエが、オレらを怖がらせようとしてるのか? ナメられたわ~。あはは」


確かに二人が言うように、もう一度じっくりと窓を見ると誰もいなかった。そもそも窓は日焼けして色あせたカーテンが完全に閉まった状態でピクリとも動いておらず人がいるわけがなかった。でも、確かに男が僕らのいる公園の方をじっと睨んでるように見えたのだ。


(おかしいな)


僕は腕組して目を閉じた。すると、なぜだか不思議なことに瞼の裏にその不気味な男が公園を見つめるイメージがぼんやりと浮かんできた。それは40歳くらいの大人の男で、体はやせ細り病弱そうな印象。とても神経質そうに、かつ心配そうな顔で公園の方をにらんでいたのだ。


(うわ、キモっ!)


自分の想像したイメージがあまりに鮮明に脳裏に映し出され、怖くなって目を開けた。

しかし、その鮮明さゆえに、その男が見ていた視線の先をたどることができた。その家の窓から覗く不気味な男の目線を直線状に伸ばすと、僕がいる自販機を超えて遊戯施設のあるエリアだ。

なるほど、予想通りだ。問題のそれがそこにあったのだ。


(ブランコだ!)


その男は女の子の霊が目撃されるというブランコの方をじっと見ていたのだ。


(やっぱりブランコに何かあるんだ!)


ブランコを確かめようと恐る恐る二、三歩踏み出したときだった。

急にクラっと眩暈がして、思わず右手で眉間のあたりを抑えた。


(立ちくらみなんて珍しいな……、風邪でも引いたかな……)


一瞬立ち止まり体勢を整え、視界を遮っていた右手を眉間から外した時、それは突如として現れた。

ブランコにうつむき加減で悲し気に座っている幼い少女の亡霊だ。


「うわぁ、いたよ……。本当にいた……」


僕がブランコを見て急に怯え始めたせいで二人は驚いたようだ。


「お、おい、急にどうした?」


「え、ブランコ? ブランコがどうした?」


どうやら二人には見えてないようだが、僕には少女の霊がはっきりと見えていた。少女はブランコに腰かけて悲しそうに下を向いていた。


「おまえら見えないの? 女の子がいるだろ? ブランコに乗ってうつむいてるだろ!」


「は? マジで言ってる?」


僕の真剣な顔つきのせいので、さっきまでヘラヘラしていた二人も顔の表情がこわばりはじめた。

間違いなく良からぬことが起こると直観的に感じた僕は、早急にここを立ち去るべきだと判断した。

和尚さんから持たされたお守りだって家に忘れてしまったのだから。


「おまえら、これはマジモンだ。撤収しよう」


「冗談で言ってるのか本気なのかわかんないんだけど?」


「もしかして、呪われて頭おかしくなっちゃったんじゃね……?」


「バカ言うな、撤収だよ、今すぐ撤収!」


二人に語気を強めてそう言った瞬間だった。


『パパなの?』


なんと、少女が僕に語り掛けてきたのだ。

この声は恐らく僕だけに聞こえたのだろう。


(わぁー、ちがうちがう、ちがうから!)


僕は心の中で必死で何度も否定した。


(わかった、窓から公園をにらんでいたのは女の子の父親だったんだ。女の子は僕をお父さんと勘違いしたんだ!)


『パパ、ジュース買ったの?』


女の子はうつむいたまま語りかけてきた。恐らく言葉ではなく僕の頭に直接語りかけているのだ。

僕は手に持ったオレンジジュースをさっと後ろに隠した。怖さは限界に達した。


「まじで、逃げるぞ!」


「お、おい、待てよ! まだ撮影中なんだよ!」


僕が突然走り出すと二人も血相を変えて一緒に走ってついてきた。

僕たち三人は公園近くの草地に停めておいたマサヒロの車に乗り込んだ。


「おい、何やってんだよ、早く車を出せって。」


後部座席の僕は運転席のヘッドレストをボンボンと叩きながらキレ気味にマサヒロに叫んだ。

しかしマサヒロは慌てながらも冷静さを装おうとしていた。


「ちょ、ちょっと待て焦るな!」


「早くしないと呪われるぞ! やっぱり心霊スポットなんて面白半分で行くんじゃなかった!」


「だから落ち着けって。番組でも言ってただろ、ここを見物に来た若者が死んだって」


確かにテレビ番組では、遊び半分でここへ来た若者が死を遂げたと言っていたことを思い出した。

マサヒロに何度かたしなめられてやっと我に返った僕は、極度の恐怖で冷静さを完全に失っていた。


「確かに焦って事故起こしたらマズイよな。すまん……」


「でも、どうしてオマエだけ見えたんだ? 」


「さあ、わかんない……でも幽霊話は本当だったということだ……」


「うーん、本当かどうか、ネットで調べてみようぜ」


タツヤはスマホを取り出して、この怪談話が事実なのか、女の子は何者なのか、インターネットで情報を検索し始めた。

いろいろ調べると、先日のテレビ放送に反応した近所の住人と思われる書き込みが一つ二つと出てきた。彼らの話によれば、その一家心中事件は二十年前、ちょうど僕が生まれる直前の事件だったようだ。

家族は父親と女の子の父子家庭で、病弱な父親の失業と借金による生活苦のため一家心中したと書かれていた。なるほど、恐らく目張りした部屋の中で女の子と父親は練炭自殺でもして命を落としたのだろう。女の子は睡眠中に亡くなったため、自分が死んだことに気が付かず公園のブランコでお父さんを二十年間もずっと待っていたのだ。そう一人で納得した瞬間だった。


『ちがうよ、車がね、どーんて、ぶつかっちゃったんだよ』


再び女の子の声が僕の脳内に響き渡った。


(うわぁ、女の子が車にいる!)


その瞬間、体が金縛りにかかって動かなくなり、声も出なくなった。


(おい、体が動かないよ! もうだめだ、女の子に憑りつかれた……)


タツヤが操作するスマホを後部座席から身を乗り出し気味に見ながら僕の体は固まった。そのタツヤと、彼のスマホを覗き見る運転席のマサヒロの二人に声をかけようと思っても声が出なかった。


(助けてくれ、おい、おまえら、無視すんな、おい!)


二人は僕の心の声に気が付くはずもなく引き続きスマホを見ていた。


(なんだこの感じ……。女の子がどこかにいるぞ……。どこだ……)


車のどこかに女の子がいるとすれば、その場所は一か所しかなかった。

そうだ、助手席の後ろ、後部座席に座る僕の隣だ……。


『パパ、ブランコ一緒にやろうよ』


(うわぁ、いた!)


隣の座席に座ってうつむく女の子の霊。厄介なことに女の子は僕のことをお父さんだと勘違いしているようで、このままでは延々と付きまとわれてしまう。

早く二人に伝えたいのだが声が出なかった。でも、伝えた途端に怖がってアクセル全開で逃げ出すだろうし、暴走した車は確実に事故って僕らは死ぬのだ。実際、女の子は『車がどーんとぶつかった』などと言っていたから、僕らを道連れに死へ導くつもりだろう。


(まだ死ぬのは嫌だ! なんとかお父さんじゃないことを伝えよう!)


死を覚悟で一か八か、うつむき加減の女の子に心の声で話しかけてみた。


(ど、どうして僕らについてきたの?)


その瞬間だった。今までずっとうつむいていた女の子が初めて顔を上げてこちらを見た。

僕は身構えた。


(……!)


しかし、そこに見たのは顔から血を流した幽霊でも、おぞましいゾンビの顔でもなく、とても可愛らしい笑顔の幼い少女の顔だった。


(おぉ、食べちゃいたいくらい、かわいい……)


しかも、その表情は昔どこかで出会ったかのように懐かしく、そして少女が僕を見る目もとてもキラキラと輝き親愛に満ちていた。さらに、よく見ると身近な誰かに似たような顔をしており、その雰囲気は他人とは思えなかった。とはいえ親戚の子でもないし、いったい彼女は誰なのだろう。思い出せそうで思い出せない。

すると不思議なことに、なぜか女の子の名前だけがすっと頭に浮かんだ。


『きみは、め、芽依ちゃん……』


その瞬間だった。大量の情報が僕の脳内に流れ込んだ。

なにもかもすべて、かけがえのない僕と女の子のすべての歴史を一瞬で思い出したのだ。一気に感情が高まり目に涙があふれた。

女の子は紛れもなく僕の子供で、かけがえのない一人娘だったのだ。


『芽依ちゃん、ごめんね、ずっと置いてきぼりにさせちゃったね』


『ううん、そんなことないよ、パパはすぐに来てくれたよ』


もちろん僕はまだ大学生だし結婚もしてなければ子供などいない。なのに僕の心は完全に女の子のお父さんになっていた。


『私ね、パパと一緒に公園でブランコしたかったの』


僕の両目にはたくさんの涙があふれて、いまにも感情が爆発して声を出して泣き出しそうだった。どうしてこんなに愛おしい我が子を公園に一人置き去りにしてしまったのだろう。どうして僕はこんな酷いことをしてしまったのだろう。


すると、あの日の記憶が鮮明によみがえった。僕は我が子と二人暮らし。病弱だった母親を早くに亡くした我が子には、いつもさみしい思いをさせた。毎週土日には必ず遊園地や買い物、食事に一緒行くことが親子二人の楽しみだった。その日も我が子とテーマパークへ行くためにドライブ中だったのだ。

ところが事件は起こった。とても見通しの良い交差点に、赤信号をありえないスピードで暴走してきたトレーラー。僕らは楽しく話をしていて、トレーラが迫っていることなどまったく気が付いていなかった。交差点に差し掛かった時、ドーンという大音響とともに僕らは一瞬にして命を失ったのだ。何も苦しまず、どこも痛まずに逝ったのだ。

事実はテレビ番組やネットで伝えられているような失業、借金による一家心中でも何でもなかった。あとから話に尾ひれがついたのだろう。見物人が呪われて死んだ話もホラー番組の演出のため、あとから脚色されたに違いない。こんなにも幼くてあどけない我が子が人を呪うことなど不可能だ。


そして、不慮の事故に会い一瞬にして命を奪われた僕は何が起こったかわからずに、ただすべてが解放された気分になって、フワフワと上へ上へと昇って行った。そこには太陽のように光り輝く何かがあって、そこで僕は次の生を得たのだ。そう、今の僕として生まれたのだ。


『パパは新しい命を神様からもらったんだ。芽依ちゃんも神様にちょうだいって言いに行こうか?』


『うん、いいよー。どうやって行くの?』


『上の方をみてごらん、キラキラ光ってるよね? あそこに一緒に行こう』


『やだよ、私、ブランコで遊びたいんだもん』


『そうか、それでずっとここにいたんだったね、ごめんね。じゃあ、一緒にブランコで遊ぼう』


『うん、いっぱい、いっぱいこいで、ぶーんぶーんってやろうね』


僕は二人だけの空想世界の公園で、膝に我が子を乗せてブランコをこいだ。ブランコは少しずつ勢いをつけて、ゆっくりと高いところまで上がっていった。芽依はきゃっきゃとはしゃいで楽しそうだ。それを見て幸せになる僕。できることならずっとこうしていたかった。

一時間、二時間と時が過ぎていく。そして、時とともに天に輝く眩しい光は徐々に僕らに近づいてきた。


『ほら、光ってるところまで来たよ』


芽依は神々しい光に照らされながら、キラキラした瞳で僕を見た。その瞬間、僕の膝はすっと軽くなり、芽依は光り輝く天上界へと煌めきながら消えていった。


『パパ、ありがとう』


その時だった、金縛りが解けて体が動くようになった。

まるで一眠りして長い夢を見ていたようだ。しかし、この白昼夢を見ていたのは恐らく時間にして数秒だったはずだ。なぜなら、まだマサヒロとタツヤはスマホで情報を検索していたからだ。

全ての話のからくりがわかった僕は、怯えたような顔をしてスマホを見つめる二人が滑稽でたまらなくなった。


「なあ、よく考えたら女の子が呪ってくるわけないし、もう帰ろうぜ」


「お、お、おい、なんだよ! おまえが女の子の霊が見えたとか言って一番怖がってたくせに!」


「ははは、すまんすまん、でも面白い動画は取れただろ?」


「おまえ、もしかして芝居だったのか?」


「まじか、まんまと騙されたよ。ははは!」


もしも心霊スポットに行く前に除霊を受けたり、和尚さんのお守りを持って行っていたらどうなっていただろう。除霊を避け、お守りを家に忘れたおかげで浮遊霊となった我が子と再会し天国へ成仏させることができたわけだ。もしかしたらこれは、我が子を救うために前世の自分が仕込んだシナリオだったのかもしれない。


気持ちが落ち着いてからこのエピソードを和尚さんに話すと、僕が女の子を成仏させたのは一種の除霊の才能だと褒められた。大学を出たら弟子にならないかと冗談半分にスカウトされたが、もちろん、丁重にお断りした。

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