@SNALEKILL

第1話

「あついな」


「まあ、燃やしてるしな!」


「もうちょっと気の利いたこと言えねえのかよ」


「……」


 炎は僕の目の前で激しくその身を躍らせ、一時たりともじっとしてはいなかった。オレンジ、イエロー、カーマイン、ゆらめく陽炎かげろうを挟んで、その上部から噴き出すグレーの煙と、ブラックの煤。炎は意思を持った存在のようにうごめき、僕の目を飽きさせなかった。


「燃えちゃってるな」


「何度言えば気が済むんだ?」

僕は非難の色を込めて黎人れいとに向かって言った。

「せいせいする」


 黎人れいとは僕を見遣った。


「本当によかったのか?」


「よかったに決まってるだろ」


「ならいいんだが」

 言葉を続けようとして、黎人はハッとしたような表情を見せた。


「これでよかったんだ。これでやっと諦められる」


 目頭が熱かった。黎人はそっと、僕から視線を外した。河川敷を黙って歩いていく。薪を探しているような素振りをしていた。


「これから僕はまっとうな社会人として生きるんだ」


 炎の中で、キャンパスが、画布が、スケッチブックが燃えていた。僕が15年あまり熱中したもの、その成果物が灰と化していきつつあった。

 ぐにゃりと視界が歪んだ気がした。頬に生暖かい液体が垂れてくる感触をおぼえてはじめて、ああ僕の両目が涙を流している、そう気づいた。


「煙が目に沁みるな」


 春だというのに、今、僕の身を吹きさらしている風は冷たかった。

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