第103話 ハドレ侯爵

二分乃命ジ・アビス


水、闇魔法レベル10で唱えることができる複合魔導。


その効果は、それまでにかかっていた全てのバフ、デバフを無効化し、レベルを半分にした後、下がったステータスを更に半分にするというもの。


HP、MPやSTR、VITはもちろんのこと、レベルや魔法レベルさえも半分にする究極のデバフ魔法である。


丘の下で構えていたバドラキアの兵士達は皆一様に倒れ、何が起こったのか分からずにもがいている。


突然ステータスが半分になったのだ。鎧など重くて持てないし、身体もいうことを聞かない。


そんな中でも何とか動けるのは軽装備の魔法使いくらいだろう。だが、ただでさえ少ないHPを下げられた挙句に半分にされたのだから気分は相当悪いはずだ。


何故なら、俺自身がそうだから。


そう。この魔法のデメリットは、詠唱のみことのりにもある様に、詠唱者のステータスも半分にしてしまうことだ。一時的なものとはいえ、身体は重くなるわ、少なくなったMPを更に減らされて気持ち悪いわ、HPは減るわで唱える方も大変なのだ。


普段、高いレベルとデバフを無効化する魔力吸収を持つ俺の唯一の隙と言ってもいい。


何故この魔法のデバフが魔力吸収で吸収されないのかは俺にもよく分からない。普通のバフ、デバフならレベル10の魔法でもちゃんと吸収されるのにも関わらず、この魔法を含め、いくつかのデメリットがある魔法は何故か吸収されない。

ただ、それらの魔法に共通しているのは、みことのりに捧げますとか奉納しますとかの文言がある時だ。


きっとそこに何か秘密があるのだろう。


思わず思考の底に入りそうになったが、背後から聞こえて来た突撃の合図を聞いて我に帰る。


そうだった。油断するのはまだ早い。この件については帰ってからゆっくり考えるとしよう。


突撃命令を下したスクナを筆頭に、俺が製作に携わった戦車隊が突撃を開始する。


もっとも、一番早く敵陣を攻撃したのは戦車上から放たれた、スクナの攻撃魔法、炎巨人ムスペッル


豪炎を体に纏わせた体長五メートルほどの巨人が猛ダッシュで突撃し、未だ盾すら構えられていないバドラキア軍を吹き飛ばしている。

近くにいただけでもその身を焼かれるほどの炎。事実、触れていないはずの兵も顔を抑えて暴れている。


次にバドラキア軍を襲ったのは、全身を闇のオーラで覆ったミリー・シュタルタルである。


あの闇のオーラは触れた相手のVIT、STRを大きく下げる魔法で、ただでさえ減らされている彼らのステータスはきっともう0にまで下がっていることだろう。

ミリーは、そんなバドラキア軍相手に容赦なく巨大な大剣を振り回して蹴散らしている。


何か叫んでいるが、ここからだとよく聞こえない。きっと散りゆくバドラキアの兵達を憐んでいるのだろう。たぶん。


旗が沢山並んでいるところにいるのがバドラキアの本陣だろう。指揮官クラスは後々交渉材料になりそうなので、捕まえる様に言ってある。何とかもがいて逃げようとしているが、肝心の馬が地面に倒れ伏しているので逃げるのは不可能だ。

ミリーが気付かないうちに、スクナが本陣に行って彼らを捕らえてくれることを祈ろう。


それとハドレ城の近くで杖を支えに何とか立ち上がり、周りを指揮しているのが、バドラキアの天才アイゼリック・カウント・ド・アロンだろう。

何でも無詠唱に闇魔法、火魔法まで使えるらしい。相当な使い手だ。彼も捕縛対象だ。だからミリーが近づかないうちに馬を回して彼を捕縛する様に命じる。


ハドレ城の城壁の上でも、こちらの戦車隊が掲げるポルネシアの国旗とオリオンの紋章旗を見たハドレ軍が息を吹き返し、城壁上のバドラキア軍を押し返している。


城壁の上のバドラキア兵はデバフされていないので少し苦労するだろうが、壁の上だけ見れば圧倒的にハドレ軍の方が多い。士気が最高潮まで高まっている彼らが負けることは考えられない。


戦車隊が蹂躙し、血と臓物が舞う戦場を見下ろしながら俺は次の指示を送る。


騎馬と歩兵を用いて敵を囲み、降伏させるのだ。


僅か一時間。それがバドラキア軍約十万の兵達が壊滅したのにかかった時間だ。


その二時間後……。


ハドレ城前には降伏したバドラキア兵達が武器と装備を押収され、縄で後ろ手に括らされ並ばされている。


その数約六万。


想像以上に生き残った。戦車の数が足りなかったせいで、半分くらいで勢いを無くしてしまったのが原因だ。


その後騎馬と歩兵を突撃させても良かったのだが、それだと殺しすぎてしまうし、捕らえた方が後々交渉材料に使えると思ってのことだ。


俺の兵とリュミオン兵、ハドレ兵で協力してバドラキア兵を整理している中、俺とスクナ達は城内に入り、人に会っていた。


ドレーク・マーキュアイズ・ド・ハドレ。


このハドレ城の主人であり、ハドレ侯爵家の当主その人だ。横には第一夫人のリセドラ様や第二、第三夫人とその娘、息子達が並んでいる。


「やあやあレイン君、久しぶり。壮健かな?」


数ヶ月ぶりに会ったドレーク様はあいも変わらず若々しい。まあお父様と同年代で30前半なのだから、まだまだ健康そのものだ。


「お久しぶりです、ドレーク様。日頃からお世話になり……」

「硬い硬い。もっと気軽に話してくれてもいいんだよ? 私と君の仲じゃないか」


何度も会ってるし親同士は仲が良いが、俺とドレーク様は仲とかいうほどのものはないはずだが。


「はぁ……、私とドレーク様の仲、ですか。それは……」

「君は大事な娘の婿。つまり私は君の父親同然と言っていい。そうだろ?」

「え、ええ、そう、なのでしょうか?」


そう。ドレーク様の横に並んでいる娘の中で一番年上の、俺と同年代の可愛らしい顔の女の子は俺の許嫁。名前はプリシエラ。

俺が産まれる前から二人、いや四人の間で決まっていたことだ。


「あれ、まさかとは思うけど……プリシエラとの結婚、破談させるつもりじゃないだろうね?」


困っている俺を見て、先程までとは打って変わり眉を顰めて怖い顔で聞いてくる。


「いえそのようなことは。私には勿体ないくらい可愛らしく素敵な女性です故、大変嬉しく思っております」


これは普通に本心だ。お淑やかで可愛らしく、プリムやアリアとは違った華やかさを持つ美少女だ。喜んで婿になるさ。


「そうかそうか、それは良かった。良かったな、プリシエラ!」

「はい、お父様。うふふ、レイン様、私もレイン様の様な素敵な男性の許嫁になれてとても幸せに感じております」

「ありがとうございます、プリシエラさん」


頬を赤くして口を手で隠しながら話すプリシエラには、奥ゆかしい和を感じる。髪は茶髪だけれど、それもまたいい。


「さて、ところでレイン君。一つ聞きたいのだけれど、先程放たれた闇……あとは水も入ってるのかな? あれは君が放ったのかい?」

「流石はドレーク様。ご慧眼恐れ入ります。確かにあの闇と水の複合魔導は私が放ちました」

「ほう! まさか一人でかい?」

「はい。私の保有MPで賄いました」


そう言うと、ドレーク様は顔を綻ばせ、子どものように手を叩きながら喜ぶ。


「聞いたかいリセドラ! 私の家族達よ! 英雄、いや神話級の天才がこの国に生まれたぞ! プリシエラ! 彼はお前の婿だ!」

「ドレーク、興奮しゅぎっ!」

「はいお父様! 私もお聞きいたしました」


リセドラ様は一見落ち着いてみえても、頬を見れば赤くなっており興奮しているのがわかるし、プリシエラも顔を赤くしてこちらを見てくる。

他の夫人や子ども達も興奮してざわめき立っている。


「いえ、神話級などとんでもない。まだ未熟者でございます故」

「あれだけの魔法を一人で放って謙遜なんてするもんじゃないよ! いやぁ素晴らしい! プリタリア様程ではないが私も魔法が大好きでね。今度また何か見せてくれないかい?」

「はい。ご機会があれば」


無難に回答していく。


「ドレーク、そろそろ……」

「ああ、そうだったね。レイン君は明日来るロンド、オリオン西部将軍が来るまでここに滞在するんだよね?」

「はい。そのつもりです」


機転を利かせてくれたリセドラ様が、ドレーク様を急かしたことで話を元に戻していく。


「じゃあ少しの間だけどもてなすよ!」

「ありがとうございます。ただその前に、まだ魔力の余ってる魔法使いを集めていただけませんか?」

「ふむ? 何故だい?」

「魔力吸収でMPを回復して怪我人を治そうかと思います」

「なるほど! さすがはレイン君だね。すぐに集めさせよう!」


すぐにドレーク様が部下に指示を出して魔法使いを集めさせた。


「では、すみません。少しお手洗いに行かせてもらいたいと思います」

「分かった! 城門前に集めておくから来てくれ!」

「はい」


そう言って俺は少し早歩きでトイレに向かう。漏れそうなのではない。そろそろ時間だからだ。


トイレの手洗い場にやってきた俺は、備え付けの巨大な鏡を見る。


そして……。


「グフッ! ガハッ! ゴホゴホ!」


洗面台に吐血する。

これがこの魔法最大のデメリット。効果が切れるとSTRやVIT、レベルなどが元の値に戻る。同様にHPやMPも一緒に戻るのだが、戻るのはHPやMPの最大値のみで、減った分の可変の数値は元には戻らないのだ。

元に戻った俺のHP残量は、最大値のおよそ四分の一以下にまで下がっている。


「オールヒール! オールヒール!」


流石に心許なくなってきたMPをかき集めてオールヒールを自分に使う事でHPを回復していく。そして、すぐにHPを全回復になった。


「ふぃー、全く。相変わらず欠陥だらけの才能ですね……」


そっとため息を吐きながら俺は城門へと歩いて行った。

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